2-A.終わり、そして始まり

  ◇ ◇ ◇


 十歳に満たない茶髪の少年と、同じくらいの年頃の黒髪の少年が、お互いに木刀を持って戦いを繰り広げている。

 その戦いは、子どもの戦いとは思えないほど熾烈なものであった。

 茶髪の少年が剣を振るうと、その衝撃で地面が抉れ、木刀同士がぶつかると、それだけで周囲に突風が発生する。


 そして、戦況は誰が見ても茶髪の少年が優勢。決着が付くのは時間の問題と思われるが、黒髪の少年がギリギリのところで食らいついている。


「さすがは勇者だな。神童ではもう歯が立たなくなっている」


「そうだな。かくいう神童も昔の成長速度には恐れ入ったが、今では凡人と変わらんレベルだ。やはり我々の悲願を成すのは、勇者オリヴァーだな」


「あぁ。とはいえ、神童でも勇者の盾くらいにはなれるだろう」


 少し離れたところで、戦いを眺めながら数名の大人たちが会話をしていると、ついに二人の決着が付いた。

 黒髪の少年が地面に仰向けに倒れ、茶髪の少年が肩で息をしながら、切っ先を黒髪の少年に向けている。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「いやー、負けた。もうオリヴァーには勝てないな。ははは……」


「――っ! なんで本気を出さないんだよ、オルン! お前の実力はこんなもんじゃないはずだ! 前のお前はもっと凄かった‼」


「……買い被りだよ。俺は全力・・だった。確かに前は俺の方が強かったかもしれないけど、オリヴァーが成長して俺を追い抜いた、ただそれだけだよ。天才のお前に勝てる道理が無い」


「そんなの信じない! 俺はまだ、お前に勝ったなんて思わないからな! いつか本気のお前に勝ってやる‼」


「だから、これが今の全力なんだって……」


「うるさい! 今に見てろよ。絶対お前に本気を出させてやるからな!」


 オリヴァーと呼ばれた茶髪の少年がそう告げると、オルンと呼ばれた黒髪の少年に背を向けて何処かへと歩いていく。


「………………その機会が無いことを祈るよ。俺は、――お前を殺したくない・・・・・・俺のせい・・・・でお前が死ぬなんて絶対に嫌だから……」


 オルンは、オリヴァーの背を見ながら、彼に聞こえないほど小さな声でそう呟く。


  ◇


「シオン様、そろそろお帰りのお時間です」


 数名の大人たちとは別の場所で二人の戦いを眺めていた銀髪の少女に、侍女らしき人が声を掛ける。


「うん、わかった。それじゃあ、私はオルンに挨拶してくるね」


「畏まりました。私どもは馬車を用意して参ります」


 シオンと呼ばれた銀髪の少女がいまだに寝転がっているオルンの元へと向かう。


「オルン、お疲れ様。残念だったね」


「シオン? 居たのか。これは格好悪いところ見せちゃったな」


 オルンが居心地の悪そうな表情をしながら、起き上がる。


「そんなこと無い。カッコよかった、よ? それに私はオルンの本当の実力を知ってるからね」


「本当の実力も何も、これが今の・・俺の実力だよ」


「でも、それは――」


「うん。それは俺の心が弱くて、周りの俺に対する畏怖の視線に耐えかねて、泣きついたから。その結果、オリヴァーには重荷を背負わせることになった・・・・・・・・・・・・・・。だから俺がオリヴァーの分も――」

「私がオルンを一人にはさせないから!」


「……シオン?」


「私がオルンの隣に立てるくらい強くなるから! 一緒に■■を倒せるくらいに! 私だってオルンと同じ■■■■なんだから。私はずっとオルンと一緒にいる! オルンがはるか遠くに行ったとしても、絶対追いついてみせる! だから、一人で背負わないでよ……」


 シオンの言葉にポカンとするオルンだが、その顔が徐々に赤み出し、瞳が潤み始める。


「シオンはそろそろ帰る時間だろ? 馬車のところまで送るよ」


 オルンがシオンに背を向け、馬車の方へ歩きながら、早口に言葉を発する。


「あ、待ってよ! ……あれ? ねぇ、オルン? もしかして、嬉しくて泣いてるの~?」


「そんなわけないだろ。俺をからかうのは、本気・・の俺に追いついてからにしろ」


「ん~? さっきの戦いがオルンの実力なんじゃないの? だったら私はもう追い越していることになるな~」


「ぐっ……。揚げ足取りやがって」


「あはは!」


 二人は楽しげに話をしながら、馬車の止まっている場所に向かって歩いていく。


  ◇


 二人が馬車の元に到着すると、シオンが振り返ってオルンの顔をしっかりと見つめる。


「さっきは冗談みたいな感じになっちゃったけど、私は本気だから。本気でオルンに追いつくから。だから今は、私の道しるべで居てよ。いつか、その場所を二人で肩を並べて歩けるようになってみせるから!」


「……わかった。迷子になるなよ?」

「迷子になんてなんないよ。私方向音痴じゃないもん。――それじゃあ、またね、オルン」


「うん、またな。シオン」


 シオンは挨拶を終えると、オルンに背を向けて馬車へと乗り込んだ。


「それではオルン様、私どもはこれにて失礼いたします」


「はい。道中お気をつけて」


 最後に侍女がオルンにお辞儀をしてから、馬車の中に乗り込み、馬車が動き始める。


「オルン~、バイバーイ!」


「シオン様! はしたないですよ!」


 シオンが侍女の指摘を無視して、馬車から顔を出すと、オルンに向かって手を大きく振る。


 オルンもそれに倣って、シオンに大きく手を振って見送る。




 この数時間後、その場所は激しい戦いの跡のみが残る更地となっていた。

 そして、この場に居た者は全員――。

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