CODE30 決戦(4)

 煙を巻き上げながら、魔神の中心へ着地する。

 顔を上げると、車椅子に座った藤田博士と目が合った。車椅子に座った博士の目は真っ赤に光っており、明らかに尋常では無かった。


「…………!!」

 博士が、入ってきたぼくに言葉にならない叫び声を上げた。その途端、四方八方から煙でできた獣の顎が襲いかかってきた。

 口にくわえた剣でそいつらを斬り刻む。煙の顎に、何度も床に叩きつけられながら博士を目指す。


 もう少しで博士に剣が届く。その寸前で魔神の両腕が現れ、ぼくを跳ね返した。アルファベットの粒子が渦巻き、更に全身が現れる。

 外側の巨大な体とは別にいるというよりは、こちらが本体なのだ。それほどに、目の前の魔人の放つエネルギーは強力だった。


 体の中心に、真っ黒な虫のようなマーク2がいるのが分かる。

「ココマデ、俺タチヲ追イ詰メルトハナ……」

 魔人がそう言うと、足下から現れた触手がものすごいスピードでぼくに巻き付き、自由を奪った。


 ぼくは、体を動かし、拘束を逃れようとしたが、一瞬遅かった。魔人の体から、幾つも生え出た赤い棘がぼくを狙っている。


「オ前ダケハ殺ス……」

 魔神と博士が同時に言った。

 次の瞬間、幾つもの赤い棘が、まっすぐぼくに向かってきた。

 ギリギリのところで避けようとしたが、触手の拘束がそれを許さなかった。ぼくは、必死に頭を動かし、急所を外そうとした。


 その時、スローモーションのように、光の粒子が渦巻いた。本当は一瞬のことだったのだろうが、ぼくの目には徐々にそれが現れたように映った。

 光の粒子が、人の形をとる。

 ほっそりとした白い肌に薄いピンク色のパジャマ。黒く長い髪が、柔らかくなびいている。


 ギンッ!

 片手に持った剣を素早く振るうと、魔神の放った棘を弾き飛ばした。返す刀で、触手を切り落とす。

 信じられなかった。そして、相変わらず美しかった。また、こうして一緒に戦えるなんて、それも現実世界で……。


「ほら、ボケッとしない! 一緒にやっつけるわよ」

 ミサが高らかに宣言すると、瞬く間に戦闘用の鎧が出現し、装備される。

 ぼくはうなずくと、魔神に突撃した。

「ワオ! 奇跡だっ!」

 ムサシボーが、遠くで叫ぶのが聞こえたが、そっちを向いている余裕はなかった。

 次々と襲い来る棘をミサが叩き落とし、ぼくは魔人の体につながる触手を攻撃した。


 だが、そこに見える藤田博士に攻撃が届かない。魔神も一時的に霧散するのだが、すぐに元に戻る。飛ばしてくる棘や触手も相変わらずの威力だった。

「ケイタ! ほら、あのおばあちゃんの!」

 ミサが大声で叫んだ。


「何のことだ?」

「ネックレスよ!」

「それがどうしたんだ?」

「藤田の乗っている車椅子。あれに付いているコンピュータをつぶさないと、魔神は死なないんだわ……あれには護身用のス…ン…ンが付いてるの!」


 棘を弾き飛ばす音で肝心なところが途切れたが、ぼくは全てを悟った。今、この状態のぼくには、ミサの考えていることは全て伝わる。

「おばあちゃん、全く……最後まで世話になるよ」

 僕はそう言うと、ネックレスを外し、手に握り込んだ。


 ミサが作ったわずかな隙を狙い、ぼくは捨て身で博士に近づいた。

 直前で、顔の中心に飛んできた棘を歯で噛みつぶすと、博士に向かって剣を突き込んだ。

 魔人がその前に立ちふさがったが、関係ない。魔人ごと剣を突き立てるとネックレスのハートのチャームを強く握り込んだ。


 ――同時に、握り込んだハートのチャームに隠されていたスイッチが押され、発射形のスタンガン弾が射出された。

 バチ、バチッ!

 と、音を立てて電撃が奔った。

「バ、馬鹿ナッ」

 魔人と博士の驚きの声が、同時に上がった。


 まさか、自分たちが本当の物理的な攻撃を受けるとは、夢にも思っていなかったに違いない。

 博士の体が硬直し、魔神の体が霧散した。


 車椅子のコンピュータ部分にスタンガン弾が突き刺さり、音を立てて爆ぜた。スタンガンの電流は、博士の車椅子に備え付けられたコンピュータを破壊したのだった。

 ぼくは魔人の中心にいたはずのマーク2を探した。

 ――魔人と一緒に消えたのか?

 そう思い、ふと目を博士から離すと、少し離れたところに力なく漂っているのを見つけた。


 必死に逃げようとしているのだろう。

 ぼくは、マーク2に追いつくと、思い切り噛みついた。ワシャ、ワシャと足を動かすマーク2を床へと引きずり下ろす。もう、すっかり力は残っていないようだった。

「ヤ、ヤメロ……」

 マーク2が、切れ切れに呟く。


 ぼくは、マーク2を空中に放り投げた。その瞬間、マーク2の生への執着、哀しみのイメージが脳裏に雪崩れ込んできた。

 ぼくとミサは、並んで剣を振った。


 マーク2を断ち割る手応えと同時に剣が消えた。曲がった背中がまっすぐにもどり、筋肉も急速にしぼんでいく。


 これで終わったのか……。

 魔神と融合した藤田博士の自分勝手な欲望。

 魔神の抱える孤独や生存欲求。

 反感と共感が入り混じった不思議な感傷が胸を満たした。


 ミサが突然抱きついてきた。

 ぼくはよろけながら、何とか踏ん張ると、頭をかいた。生身のミサとふれ合えたことが照れくさく、嬉しかった。

 電気の弾ける音が、そこら中から聞こえ、残っていた煙の巨人の幻影が霞むように消えていく。

 部屋の中央にあるスーパーコンピューターから炎が上がっていた。


(うおおお! /パネェ! /よっしゃ! /やったぜWWW/ざまあ!)

 LODDのプレーヤーたちの勝ちどきのテキストが辺りを巡った。そして、両手を挙げたまま、徐々に消えていった。


 ふと、傍らにいるミサの体が薄くなっていっていることに気づいた。ミサの体が光の粒子へと変化していく。

「おいっ、ミサ!」

 ぼくは慌ててミサの腕をつかもうとしたが、指がすり抜ける。背筋が凍り付くような感覚がぼくを襲った。


 馬鹿な。煙の魔神は倒したんだぞ。

 ミサが笑顔を作った。

 口が何かを言っているが、声が聞こえない。

 光の粒子は、細かなアルファベットと数字になっていく。

 最後に、小さな光の文字が顔の周りをかすめるように回り、消えた。


「ミサ、待ってくれ! 行かないでくれ!」

 ぼくは膝を折り、その場にひれ伏した。

 この場にミサがいなきゃ何の意味も無い……。


 ――涙が頬を濡らし、足に力が入らなかった。

 どれくらいの時間が経ったのだろう。誰かが、肩を控えめに叩いた。

「あ、あのう」

 その聞き覚えのある声に、ぼくはものすごい勢いで振り向いた。


「ミサッ!」

「さっきまでのは、私の体そのものじゃなくて、データって言うか、意識って言うか……」

 ぼくはミサに抱きついた。嬉しくて仕方がなかった。

「この人たちが体を博士のところから助け出してくれて……もう苦しい!」

「あ、ご、ごめん」

 ぼくは慌てて手を解くと謝った。


 ムサシボーとキクがニヤニヤと笑って手を叩いた。

 ぼくは歯をむいて2人を牽制し、そして笑った。

 離れたところにいた特戦研のメンバーがやってきて、倒れている藤田博士を担ぎ上げる。

「早く外に出よう」

そう言ったムサシボーの頭がパシンと叩かれた。


「痛いって! 何すんだよ?」

「あんたこそ、なんでここにいるのよ?」

 ミサがムサシボーに向かって言った。


「どういうこと?」

「こいつが、私の弟なの……」

 あっけに取られるぼくに向かってミサが言った。


「マジ?」

「うん」

 ミサが照れくさそうにうなずく。


 て、ことは、だ。

 こいつ……自分の父親をあんなふうに操作して化け物どもと戦わせてたのか! まさにこの子にして、この親ありってやつだ……。

 ぼくは呆れて二の句が繋げなくなっていた。


「まあ、まあ。詳しいことは後にして……、今は、早く行くぞ」

 ごまかすように言葉を被せてくるムサシボーの顔は、さすがにばつが悪そうで、呆れ顔のぼくに背中を向けると頭をかいた。


 ミサがふと気付いて、倒れている加納博士に駆け寄った。

 博士は部屋の壁の片隅にもたれかかるように気絶していた。ムサシボーが操っていたのが、いつの間にか力尽きたのだろう。

「お父さん、起きて。逃げるわよ」

 ミサが、加納博士の肩を揺らす。


「う、うん……」

 焦点の合わない眼で、加納博士がぼくらを見上げ、頭を何度も振った。

「一階に逃げよう。煙が充満したら危険だ」

 ぼくはそう言うと、みんなに立ち上がるように促した。


 ぼくらは皆で階段へと急いで歩いた。

 入れ替わるように大勢の消防職員が火災消火用のホースを持って乗り込んできた。

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