容疑者の全員が殺意に満ちあふれている殺人事件

春海水亭

一人だけが、犯人

「うわーっ!やなもん見ちゃったなぁ!」

 ゴールデンウィークを利用して、土管土管人殺洲どっかんどっかんひところす村に旅行に訪れた少女探偵 名瀬園なぜその子妙 こたえであったが、事件のほうが彼女を逃さなかった。

 土管土管人殺洲の観光スポットであるバブル期に製造された黄金の大仏像へ向かう途中の民家が大爆発を起こし、住民が爆死したのである。


「まぁ……ただの爆発だし、特に私が何かするわけでもないかな……」

 名瀬園は善良な市民の義務として通報を行い、事件現場の周辺で芸能人がキャンプを行う動画を見ながら待機。日本の警察のなんたる優秀なことか、動画冒頭の広告が終了するよりも早く、パトカーの姿が見えた。

 時速六〇キロの車から飛び降りる警察官、運転手を失った疾走する鉄の塊は慣性の法則で緩やかに減速しながら走っていき、停車していたタンクローリーに衝突して大爆発を起こした。


 地上に現れた太陽のような業火を背に、制服で覆われていない肌の部分に擦過傷を刻み込んだ警察官が名瀬園に頭を下げた。


「通報を受けてやってきました、生急いきいそぎ巡査です……なんでも家が爆発したとか」

「今、何かしらの爆発が増えたような気がしますが……」

「すみません、本官が修理用の予算を着服しているのでパトカーのブレーキが効かないんです……基本的に慣性の法則で一時停車してます」

「まぁ、永遠に停車しちゃったみたいですけど」

「事件に比べればパトカーの一台や二台はどうでもいいことです、それよりも……何が起こったのかを聞かせていただけますか」

「まぁ、何が起こったのかも何も、私が歩いてる途中に家が爆発したってだけなんですけどね」

「近くに怪しい人影などは見ましたか?」

「いえ、私以外には誰も歩いていませんでしたが……」

「では、通報してもらって悪いのですが……アナタが犯人ということでよろしいでしょうか」

 生急が名瀬園の両手に手錠を掛ける。

 そこに一切の躊躇はなく、生急の目には何一つ濁ったものがない。

 ウユニ塩湖を思わせる澄んだ瞳をした警察官は言った。


「本官が好きなのは権力と暴力であって、事件ではないんです」

「嘘でしょ……」

 自身の両手首を繋ぐ鎖を見ながら、名瀬園は唖然として呟く。


「いや、ただの事故かもしれないですし、事件だったにせよ時限爆弾でもなんでも、私以外の誰にでもどうにでも出来るんじゃないですか!?」

「確かにアナタの言うことは正論です!しかし本官は正しさを優先しません!正しくあることは面倒くさいので!」

「令和の時代にもここまで真っ直ぐな目をした汚職警官っているんですね」

 生急はある意味感心するほどの純粋な濁りそのものであったが、しかし、いくら感心したからと言って、名瀬園に捕まってやるつもりはない。


「私が犯人を捕まえるので、なんとかなりませんかね」

「犯人を捕まえる……?民間人が?」

「いえ、たしかに私は身分的には民間人ですが、色々と事件を解決してる少女探偵ですから。名瀬園子妙って名前を知りません?」

「知りません」

 断絶がそこにはあった。

 ゼロ距離で向かい合っているというのに、二人の間に目に見えぬ巨大な穴があるようであった。


「じゃあ、一万円払うんでちょっと事件の調査をさせてもらっていいですか?」

「なら、いいですよ。本官は金の味方ですから。二十四時間以内に犯人を逮捕できなかったら、アナタが犯人爆殺事件になりますがね」

 どうしようもない断絶を金で渡り、名瀬園は調査を開始した。


 被害者の名は、モタレテンゼ・エッレェーサッツィ。

 外国から土管土管人殺洲村に引っ越してきた中年男性である。


「モタレテンゼが死んだァ?俺が殺してやりたかったなァーッ!!!」

「あの男は私の父と母を……できるなら私が殺してやりたかった……」

「俺が落ちぶれたのもアイツのせいだ……クソッ!あの世で殺してやる!!」

「オデ……人間を殺害するの好き……お前もアイツのように死にたいか……?」

 地道に聞き込みを行う名瀬園、土管土管人殺洲村の住民は死んだモタレテンゼを除いて千人。

 現在聞き込みを完了した九九九人の内、モタレテンゼは生急以外の全員に殺意を持たれていた。そして、全員がアリバイとなると露骨に言葉を濁す。

 情報は得られず、ただ容疑者のみが増えていく聞き込みの中――最後の老婆の言葉で事件は進展する。


「祟りじゃよ……あの男は土管土管人殺洲村の祟りで死ぬことになったのじゃ」

「……祟り?」

「土管土管人殺洲村には、代々このような歌が伝わっておる……」

 スマートフォンで動画を再生する老婆。


『人に恨みを持たれしもの、家が大爆発して死ぬ』

『人に恨みを持たれしもの、十キロの鉄アレイでボッコボコに殴られて死ぬ』

『人に恨みを持たれしもの、家が大爆発して死ぬ』

『人に恨みを持たれしもの、家が大爆発して死ぬ』

『人に恨みを持たれしもの、家が大爆発して死ぬ』

『人に恨みを持たれしもの、十キロの鉄アレイでボッコボコに殴られて死ぬ』

『人に恨みを持たれしもの、十キロの鉄アレイでボッコボコに殴られて死ぬ』

『人に恨みを持たれしもの、家が大爆発して死ぬ』

『人に恨みを持たれしもの、十キロの鉄アレイでボッコボコに殴られて死ぬ』

『人に恨みを持たれしもの、家が大爆発して死ぬ』


 土管土管人殺洲村に伝わる歌は、公式アカウントで八千回再生されており、各種音楽配信サービスでも絶賛配信中である。当然、サブスクリプションにも対応している。


「こ、この歌は……」

 一番の歌詞が第一の被害者の死因に酷似している。

 動揺を隠せぬ名瀬園を老婆がから笑う。


「キィ~~~~ヒッヒッヒ!!!!そしてこの儂もモタレテンゼに殺意を抱くものだよ!?」

「かなり直接的なタイプの見立て殺人用の歌を聞かされた上に容疑者が一人増えた!」

「キヒヒ……そんなことよりじっとしていて良いのかねぇ……?」

「なんですって!?」

「第二の被害者はまもなく出るだろうよ……歌の通り、鉄アレイでボコボコにされてねぇ……」

 老婆が妖しい笑みを浮かべた瞬間、名瀬園のスマートフォンが振動する。

 生急からの連絡である。


「名瀬園さん……第二の被害者が出ましたよ!鉄アレイでボコボコに撲殺された死体が発見されました!」

「なっ……」

「一度始まったら、歌が終わるまで止まらないよォ~ッ!!!キィ~~~~ヒッヒッヒ!!!」


 新たなる惨劇――第二の被害者の名は二番目弐にばんめに殺受動太郎ころされたろう、流石に撲殺である以上爆弾のようにオートで殺人を行うわけにはいかない――距離的に容疑者が絞られると思った名瀬園であったが、その期待は無残に裏切られることとなる。


「二番目弐が死んだァ?俺が殺してやりたかったなァーッ!!!この瞬間移動能力を利用してなァーッ!!!」

「あの男も私の父と母を……できるなら私が殺してやりたかった……このテレポートを利用して……」

「俺が落ちぶれたのもアイツのせいだ……クソッ!あの世で殺してやる!!あの世までこのワープで追いかけてやる!!」

「オデ……人間を殺害するの好き……お前もアイツのように死にたいか……?この超高速移動でどこまでも追い詰めてやるぞ……?」


 聞き込みにより、全員が瞬間移動能力もしくは高速移動能力を持つことが判明した上に、全員が二番目弐に対しても殺意を持っていることが判明した。

 二番目弐が死んだことで幸いにも容疑者が一人減ったが、二番目弐が最初の事件の犯人であることを否定する材料もないため、残り容疑者は相変わらず九九九人である。


「……なんて事件だ!」

 次の被害者を特定して現行犯逮捕という手段を取ろうにも、話を聞く限りこの村の住人は全員が憎しみ合っている――むしろ、何故この村がこれまで存続できたのか不思議なぐらいだ。

 名瀬園が思考を巡らせる内に、家が連続で爆発を起こす。

 歌の通りに人が死んでいく――探偵に出来ることは何ひとつとしてないのか。

 諦めかけた名瀬園であったが、気分転換に開いた小説投稿サイト『カクヨム』が彼女にヒントを与えた。


「そうだ……こうすれば犯人が特定できる……!!!」

 思い立ったが吉日、彼女は村中の人間を公民館に集めた。

 その数は九九一人、村民を集めている途中に結局最後まで見立て殺人は完了した。

 そして、東京の満員電車を遥かに超える人口密度で公民館の一室に集まった生き残った村民達。

 人口密度が高すぎるのか、名瀬園は窓に追い詰められるようにして話し始める。


「お集まり頂きありがとうございます……」

「一体何で俺たちを集めたっていうんだよ探偵さんよォーッ!!」

「ギョボボボボッ!!!ギョボッ!!人間!!コロズ!!!」

「推理ショーを殺人ショーにして差し上げましょうか……?」

 思い思いに声を上げる村人たち、その大半は大量の人間に圧迫されてもがき苦しんでいる。


「犯人がわかったんですか……?」

 生急が、澄んだ声で名瀬園に尋ねた。

「いえ、犯人はわかりませんでした……しかし、これからわかります」

「どういうことですか」

「……村中の全員が犯行可能であり、全員が殺意の塊であり、全員が殺したがっていた……この事件の犯人は特定不可能であると思われました……しかし、逆に考えました……アナタがやったように犯人がわからないなら犯人を作れば良い……」

「な、何を考えているんだ……!?」

「容疑者全員で殺人トーナメントを開催し、生き残った最後の一人を犯人にします」

「本当に何を考えているんだ!?」

 思わず驚愕の声を上げる生急を後目に、名瀬園は言葉を続ける。


「良いですか?皆さんは殺したがっていた獲物を取られ……このままではただの負け犬です……しかし、ここで私は皆さんに復活の手段を提供したい!十人連続見立て殺害者の栄誉を掛けた殺人トーナメントを開催します!優勝者が十人を殺した……そういうことにしましょう!」

「だ、誰がそんなものに参加するんだ……!?」

 困惑する生急、しかし室内のあちらこちらから歓喜の声が上がる。


「ウォーッ!!ちょうど全員ぶっ殺したかったところだぜェーッ!!」

「死んだやつの中に殺人犯が混じっていても、この中には最後のアイツを殺した殺人は確実に混ざってるわけだから確実に仇は取れるわ!!」

「最後に生き残った奴が犯人……ちょうどいいじゃねぇか!どうせ優勝過程で連続殺人犯になるわけだからな!」

「ま、待て……落ち着け愚民ども!」

 生急の制止を無視して、村民が荒ぶる。

 これから起こる戦いの予感に――世界最大規模の殺人トーナメントに。


「いいか!十人連続殺害犯は、バレないようにこっそりと殺人を行った……なら、トーナメントに参加して目立つような真似はしないんじゃないか!?」

「確かに生急さんの言う通りです……しかし」

「しかし?」

「そんなことは村の人達だって思っているでしょう……つまりトーナメントに参加しなければ、村民の私刑を受けて死亡。参加すれば優勝して犯人になるか敗北して死亡。どうなったって、犯人は捕まることになります」

「なっ……」

「というわけで事件は解決したので私は失礼します……」

 公民館の窓から脱け出す名瀬園。

 生急は彼女を追おうとするが、あまりの人口密度に身動きすら取れない。

 かくして、土管土管人殺洲村見立て殺人事件は――これから解決を迎えるのだ。


 犯人を求める探偵の物語は、唐突に終わりを迎えた。

 そこには闘争の場を求める修羅だけが残る。


 【終わり】

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