第二章 魔都ソラリスでのドラゴン退治

第11話 人類の平和のため仕方なかった

「死ぬっ!死ぬ死ぬ死ぬ!

 勘弁してくださいもうマジで死んじゃいますって!」


「いいから構えろ!時間がないんだよ!

 本番で死なないために今死ぬ思いをするんだよ!

 わかったら立て立て立てぇーいっ!」



 泣き言をわめくミズキを、訓練用の木刀でシバき倒す。

 実際時間がないのは確かだ。

 この・・実戦形式の戦闘訓練は一日のうち、僅か5分しか実行できないのだから。



「だからって本気で叩くことないじゃないですかぁー!

 もう限界です!コンビ解消です!

 痛いのも苦しいの嫌だって言ったじゃないですかぁっ!」


「なめてんじゃねえぞ!こら!

 痛い思いをせず強くなりてぇだと!?なれるわけねぇだろうが!

 戦闘訓練ってのはなあ、苦痛から始まるんだ!

 ボコボコにぶちのめされてメシも食えずひとりで便所にも行けず熱にうなされ浣腸を入れるんだ!

 鼻が折れたらたまった血を抜くために鼻の穴に注射器を刺すんだ!

 ぶちのめされた気分はどうだ!?てめぇの非力さを恨め!」


「うわぁぁっ!奇人になっちゃう!毒蛭観音開きみたいになっちゃう!」



 別に嗜虐趣味に目覚めたわけではない。

 最速で最強になるための論理的かつ実践的な訓練を実践しているだけだ。



 バリデラ市ーーーーワイトキングの洞窟のあった辺境の街、から次の目的地であるソラリスの街への道中。

 俺達は、世界中で俺達だけにしかできない訓練方法で、来るべき戦いに備えて戦闘能力を向上させていた。




 ーーーー




「え?ソラリスまで徒歩で移動……するんですか?

 たしか、馬車を乗り換えて2か月はかかる旅になる距離かと思うのですが」


「ああ。このバリデラ市から直通の馬車が出ていないからな。

 無駄な動線で移動するのも癪だし、いっそ最短距離を歩いていっちまおうぜ」



 ソラリスへの旅の出発前。

 荷造りをしながら、俺はミズキに提案していた。



「ム、ムムム、ムリですよぉっ!

 どんだけ距離があると思ってるんですかっ!千キロやそこらじゃ効かないんですよ!?

 それに道中、山やら川やらをいくつ超えることになるかかわってるんですか!滅茶苦茶です!

 急がば回れですよ!文明の利器、文明の利器を利用しましょうよっ!」


「急がば回れ?へえ。いい言い回しだな、それ。ミズキが考えたのか?

 まさにそれだな。『急いでソラリスに到着すること』を最優先に馬車で移動するより、この方法で鍛えながら進んだほうが、結局は楽ができることになるんだな。


 ミズキは勇者権能が弱すぎて体験してこなかったんだろうな。

 俺が勇者式鍛錬法を叩き込んでやるよ。

 最短最速最高効率で強くなるための方法だ。

 ……注意点があるとすれば、”死ぬなよ”。それだけだ」


「なんか最後滅茶苦茶怖いこと言ってませんでしたかっ!?」



 そんなわけでソラリスまでの徒歩の旅に出発したのだった。



 一日のルーティンを解説すると。

 まず、朝は5時に起きて、軽い運動。


 それぞれの得意武器ーーーー俺は刀、ミズキは斧を10分ばかり素振りする。

 訓練用の木製の武器はそれなりに重量があるが、それぞれの勇者権能や冒険者スキルが発動しているので、その声に身を任せているだけで基本動作が染みついてくる。


 そのあとは10分ばかりの魔術の稽古。

 これまた勇者権能や冒険者スキルに従って魔力を丁寧に練る作業だ。

 この辺は”訓練”というよりは、「今持っている力を普段使いできるようにするための備忘動作」って感じだな。



「なんだ。思ったよりも楽勝じゃないですか。

 さんざん脅かされたんで、ビビって損しましたよ!」



 その後朝食をとってから、移動開始だ。

 数か月分の食糧や物資、テントなどの大型の荷物も含めて背に担ぎ、走る。

 一度に走るのは、大体4時間ぐらいだろうか。



「ちょっと……!ペース早すぎぃぃぃぃぃっ!

 フルマラソンの世界新記録どころじゃない速さですよこれは!荷物もあるのに!

 死んじゃう!死んじゃいます!」


「身体能力が6.8倍まで上がっているから大丈夫だ。スピードも持久力もな。

 荷物だって重いテントは俺が持ってやってるし、パワーも6.8倍だから荷物だって本来の6.8倍運べるだろ」



 そんで、一旦昼食……というには少し時間が早すぎるが、とにかく食事と一時間の休憩。

 その後、再度武術の鍛錬と魔術の鍛錬。

 そして4時間走って移動。



「ヒィー!ヒィー!

 もうダメです!もう無理です!限界です!

 朝の時点で体力全部使いきってますから!」


「大丈夫大丈夫。

 回復力も6.8倍だし、消化力も6.8倍で食事から十分栄養取れてるはずだから。

 その内身体のほうが勝手に慣れてくるって。順応性も成長力も6.8倍のはずだから」



 2度目のランを終えたら昼過ぎの時間だ。

 ここで再度食事と休憩。

 日の高いうちに活動すると体力が余計に削られるので、2時間の昼寝を入れる。



 そしてまた同じことの繰り返し。

 武術の鍛錬と魔術の鍛錬。4時間走って移動。



「……なるほど、わかりました。

 これが勇者式の鍛錬法なんですね……!はは、”死ぬなよ”とか言うわけですよ。

 一日12時間も走るとか普通に頭おかしいし……でももう逃げられないのですね……」


「ん?何か勘違いしているか?」



 時刻は21時過ぎ。

 3度目のランを終え、食事を済ませ、野営の準備を終わらせた状態だ。


 ミズキがなにやら「本日はこれまで」感を出してきたので、釘をさす。



「今日やってきたことは別に鍛錬じゃなくて、単なる移動だぞ?

 勇者式鍛錬は今これから始めるんだよ」


「……はぁぁぁぁっっ!?」



 この世の終わりみてえな顔しやがるなこいつ。

 いや、そりゃそうだろうよ。


 12時間走りましたとか言ったら凄い事みたいだけど、それは勇者権能のない人間の考え方だ。

 全ての身体能力が6.8倍に引き上げられてるんだから、これでも全然身体を追い込めていない。


 なんなら、今日走った際のペースはスロージョグ程度だ。はたから見ればその6.8倍の速度だからとんでもないペースで走ってるように見えるにしても。

 まあ肉体に与える刺激自体は大きいし、身体がそれに順応しようとするから明日以降どんどん走るペースを早くできるだろうけどね。



 だが、そんな程度の成長じゃ全然足りない。

 今の俺達は、勇者権能や冒険者スキルの大きさと、自分自身の身体能力や戦闘技術に差がありすぎる、あまりに歪な状態だ。

 トップクラスの連中に割って入って戦うためには、素の実力を大幅に上げないと。とても通用しないだろう……それこそ、いつ亡霊将軍のような強敵とまたぶち当たるかわからない。


 そのために、今追い込む。

 幸い勇者権能があればあるほど効率的に自分を追い込めるからな。



「といっても、構えることはないぜ。

 20分。今日の訓練時間はたったの20分だ」


「20分……?たったの?

 ええと、それは、今日が初日だから軽めにしてくれているということですか?」


「いいや。この先ずっと、鍛錬は一日20分だけだ。

 どうだ?やる気が出てきたか?」


「……はい!

 なーんだ!そんなんで強くなれるんなら楽勝ですよ!

 バッチこいって感じです!」



 楽勝、ね。

 そんな風に考えていた時期が俺にもありました。



 ま、どの程度根性があるか。お手並み拝見だな。



「それじゃ始めようか。

 おあつらえ向きにピッタリなスキルまで入手してるからな。

 ーーーー”武神闘法”発動!」



 ーーーー



 そして冒頭の場面に戻る。


「死にます!死にます!死んじゃいます!」


「死にますじゃねえっ!殺す気で来い!

 この鍛錬は全力全開じゃなきゃ意味ねえんだよ!」



 鍛錬時間の20分。

 それは偶然にも、”武神闘法”の効果時間と一致していた。



 最初の5分は木製の武器を持っての戦闘訓練。

 全身全霊120%の集中状態で技をぶつけ合い続けることで、”全種類武器術”や”刀術”、”斧術”の効果を徹底的に身体に叩き込むのが目的だ。



 武神闘法の効果によって、俺は身体能力が27.2倍、さらに全種類武器術と刀術が共に”極大”に跳ね上がっている。

 一方でミズキも自分の権能やスキルに変動はないが、俺の”身体能力向上”の効果が倍増している関係で彼女自身の身体能力が13.6倍にまで上がっている。そのうえで、全種類武器術と斧術が共に”中”で発動。



 元々の戦闘力の差もあって、無論戦えば俺が圧倒的に有利になってはしまうが、それでもミズキ以上に今の俺の実力をたたきつけられる存在はこの世にそうはいない。

 実験動物にしてしまって悪いが、俺の実力を引き出すためにご協力いただこう。



「ヒィっ、ヒィっ!

 虐待です!拷問です!

 は、まさか私と組んだのはこれがやりたかったから!?このJKわからせおじさんがっ!」


「誰がおじさんだ俺は19だ!

 オラオラ止まるな座るな休むな!立って動いて戦い続けろ!

 今の自分の限界を越えろ!」



 酷いことをしているようだが、こうしている間にも身体動作感覚や戦闘技術がお互いの身体の奥深くに刻まれているのを感じる。

 実際、最初の一分と最後の一分でミズキの動きが全然違っているからな。


 で、五分経過。これで物理戦闘の訓練は終了。

 次は魔術戦闘の訓練。

 やることは同じ。俺は炎魔術、ミズキは水魔術を互いに殺すつもりでぶつけ合うだけ。



「ヒェ~!」



 展開も似たようなもんで、”全種類魔術”と”炎魔術”が共に”大”の俺と、”全種類魔術”と”水魔術”が共に”中”のミズキでは苛めに近い構図となる。

 だが、これも物理戦闘訓練同様、双方の技術が飛躍的に向上するのを感じる。



「うう……頭がガンガンします。

 これでやっと半分ですか?もうすでに挫折しそうです……」


「安心しろ。

 時間的にはこれで半分だが、キツさは後半のほうが10倍以上だから」



 言ってる俺でさえ顔面蒼白だ。

 ええー、この訓練マジでやんのかよみたいな気持ちはたしかにある。



 前半が技術の集中的訓練なら、後半は体力の集中的訓練。


 やることは単純。

 20秒間の全力全開無酸素運動と、10秒間の有酸素運動によるインターバルの組み合わせ。それを8セット。合計たった4分の鍛錬。


 だが、やってみるとわかると思うが、これがとにかく死ぬほどキツい。

 ただ無酸素運動を全開にするだけなら意外とすぐに限界が来てくれるが、インターバルがあるせいで断続的に何度でも自分を限界寸前に叩き込むことができてしまう。



「これは……HIITですね。タバタ・プロトコルとも言いますが。

 まさかこの世界にもあったなんて」


「知っているのかミズキ」


「ええ、言葉だけは……。

 一見単純で極めて効果的でありながら、あまりのキツさにプロのアスリートですら脱落者が続出するという、地獄のトレーニングです。

 まさか自分がこれをやる日が来るとは……」



 前半5分は物理的体力のトレーニングだ。

 その際の動作もミズキは知っていた。バーピー運動なんて言葉で呼んでいたが。

 しゃがんで、手をついて、脚を後ろに飛ばして、戻して、真上にジャンプして、最初に戻る。


 単調に見えて、実は最も運動強度の高い動作。

 これをひたすら反復していくことになる。



 身体能力向上の効果を鑑み、20秒間でミズキは100回以上、俺は200回以上跳ぶことになる。

 はたから見れば完全に狂人の動きだろう。



 1-2セット目は、「キツいけど何としてでもやり遂げるぞ」という心境で臨む。

 3セット目に入ったところで、「あっ……多分これムリ……」となる。

 5セット目には、「馬鹿じゃねえのこんなんできるわけねえだろ考えた奴頭おかしいよ誰だよこんなのやろうとか言い出した奴俺だったマジふざけんなよ」みたいな感じになって。

 最終セットの頃には「死……死……死…」みたいな感覚しか残っていない。


 そこから1分休憩。


 で、同様の形式で魔術体力の鍛錬をする。

 何度となく、「あ……死ぬ。俺、今日死ぬんだな……」みたいな感覚になりつつも、ともあれやり遂げる。



 最初の5分に物理戦闘訓練。

 次の5分に魔術戦闘訓練。

 次の5分に物理体力訓練。

 次の5分に魔術体力訓練。



 地獄のような、いや地獄そのものの20分間を何とか走り抜けた。



「お疲……れ……。

 これ……続けてたら……、きっと強く……なれるから……」


「」



 ミズキへのフォロー発言も、視線さえ返してくれずにテントの中に倒れこむ。

 先に寝る準備しといてよかったな。


 俺も無言で眠りについた。



 翌朝、やはり5時に起床し。

 同様のルーティンをこなす一日を送る。



 勇者権能で6.8倍に引き上げられた回復力と成長力。

 既に前日の疲れはなく、強化された肉体は前日以上のペースで走り、戦う。


 そんな日々を、一つ一つ重ねていき……。



 ーーーー




 そんなこんなで、一か月が経過。

 俺達は、目的地に到達しようとしていた。



 当初、2か月はかかるかと思った旅だったが、日に日に走る速度が向上し、予定よりも大幅に早く着いた。



 ここまで来るのは本当に大変だった。

 いくつもの山を越え、谷を越えた。

 移動中や訓練中、また就寝中などに幾度となく野生の魔物に襲撃されたが……まあこれは大した問題にならなかった。俺達の戦力ならばどれも鎧袖一触だからな。



 ミズキの成長も著しかった。

 最初は「ヒィー」とか言ってた彼女だが、最後の方の戦闘訓練では「ルカ、今日という今日は貴方を必ず殺しますね」と完全に据わった眼で言ってくるようになったからね。

 感情を失った悲しき戦闘マシーンを作り上げてしまった。人類の平和のため仕方なかった。



 肝心の戦力について、俺もミズキも旅の前とは桁違いに向上した。

 実際、もうどのくらい成長しているのか自分達でもよくわからないぐらいだが。



 そして。



「見えてきましたね。あれがソラリスですか」



 たくましく成長した相棒の指の先に視線を向ける。



「ああ。

 あれが王国最大の歓楽都市、ソラリスだ。

 俺も来るのは初めてだ。

 先に忠告しておく……

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