第22話 特待生

「ぐっ、僕は……僕は何という恥を……これでは先生や先輩たちに申し訳が立たない!」


 教室の教団の前で項垂れて号泣しているシィーリアス。

 

「っ、あ、おあ……シィー殿……0点……取るものを初めて見た……」


 これには流石もクルセイナも唖然。

 他のクラスメートたちもそうである。

 そもそも基本的にこの学園に入学する生徒たちは、狭き門を潜り抜けて入ってきた優等生のみが集う学園である。

 仮にいきなり小テストをされたところで、0点などもってのほかどころか、彼らにとっても見たことのないものであった。


「こいつは……一体、何なんだ?」


 それは、クラスメートたちにも興味を持たず常にクールで壁を作っているカイにとっても、シィーリアスは例外。

 そんなシィーリアスが魔法の授業に続いて、小テストで0点ということにどう反応すればいいのか無表情で戸惑っている。



「シィーリアス・ソリッド……お、お前、本当に分からなかったのか? 計算の途中式すらないところを見ると、最初からテストをやる気なかったのではないかとすら思ったが……」


「いいえ、ティーチャー。僕は……問題を読んで……正直、何を聞かれているのかすらまったく分からず……というか、ティーチャー! この学園は今後もこのような摩訶不思議な問題を解かせるのでしょうか!?」


「い、いや、摩訶不思議って……だ、大丈夫かぁ?」



 シィーリアスができるのは、文字の読み書きや単純な足し算や引き算などであり、複雑な公式に当てはめる魔法算術の知識は皆無であった。

 魔法算術は属性に関わらず、あらゆる魔法そのものに対して解析・分析して、魔法に対する理解をより深くし、時にはその計算式から新たな魔法や自分に合った魔法の開発や習得・検討をするアプローチに使われる。

 しかし、シィーリアスは魔法そのものはこれまでエンダークという過酷な環境下で仲間との特訓と実戦で感覚的に学んだものであり、学問的に魔法を学んだことがないのである。

 もちろん、それはフリードたちも知っているために、仲間たちの中でも魔法における分野で飛びぬけた力と知識のあるミリアムとオルガスにシィーリアスの学問分野に対する勉強を任せたのだが、二人は人としての問題があったために、シィーリアスは魔法は使えるけど、知識を何も知らないという状態になってしまった。

 そして、今のシィーリアスは魔法そのものも使えなくなっている。


「先生……これは、非常に由々しき事態です……」


 魔法学園で魔法も勉強もできないという致命的な状態で卒業しなければならないということの難しさを、シィーリアスはようやく自覚したのだった。



「あ~、とりあえず、最後の返却……あ~……ジャンヌ・トレイター」


「はい」



 項垂れるシィーリアスを余所に、まだ最後の一人だけ答案の返却が残っていたために、講師が名を読み上げる。

 と、同時にクラス中がハッとする。

 なぜならば、「満点は二人」であり、一人がカイで、もう一人がシィーリアスでないとなると……


「ジャンヌ・トレイター……素晴らしい、満点だ。流石は『特待生』だな」

「ええ、ありがとうございます。でも、たまたまですよ」


 一人の女生徒が前へ出て、満点を告げられると、涼しく凛々しい笑みを浮かべた。


「100点……あの摩訶不思議な問題を……カイだけでなく、君まで……なんとすごいんだ」

「あら、ありがとう。君ももう少しファイトしないとね」


 そこに居たのは灼熱のような赤い髪の女生徒。

 体つきは決してフォルトとクルセイナのように肉付きがよいわけでも、胸が大きいわけでもなく普通の細身。

 しかし、フォルトやクルセイナのように堂々として、どこか風格が漂い、少々ツリ目な瞳でシィーリアスを見下ろしている。


「あら~、カイ以外にも優秀なのが居たようですわね。どこの貴族ですの? クルセイナさんはご存じですの?」

「いえ……私は存じておりませんが……しかし、先生は特待生と……」

「特待生? それって、たしか……『帝国民』で極めて優秀な『平民』が授業料などを免除して入学を許される制度の?」

「ええ……ですから、恐らく彼女は……」


 その生徒、ジャンヌのことについて周囲を気にせずに言葉を発するフォルト。その声は教室中に響き、当然本人にも……


「あら、平民で何か悪いことでもあるのかしら? フォルト・ヴェルティア」

「ほ~ん?」

「でも、覚えておいてもらえるかしら? 絶対的な権力者も、時には無力だった民衆に足元をすくわれるときもあるのよ?」


 すると、どこか好戦的な笑みを浮かべて、どこか挑発的にジャンヌはフォルトに発言した。

 

「ちょ、お、おい、ジャンヌ・トレイターとやら! フォルト姫に何を―――」

「あら? ここでは対等のクラスメート。そこに配慮や忖度が必要かしら? クルセイナ『お嬢様』? そもそもあなたたちが対等に接してくれと言っていなかったかしら?」

「ぬ……」

「だから呼び捨てにするし、私も思ったことは口にするけれど……やっぱり敬語を使ってへりくだれと言うのであれば、考え直して接するわ」


 慌てて止めに入ろうとしたクルセイナにも、どこか棘のある発言。

 クルセイナも不快に思ったのか、少し眉が動く。

 

「ちょ、おい、お前たち! 何を言い争っている! 今は授業中で……その、だな……」


 緊迫したただならぬ空気に講師も止めに入ろうとするが、三人が醸し出す十代と思えない空気に言葉に詰まってしまう。

 これから何か始まるのか? 

 クラスメートたちがそう思いかけた時……



「いいえ~、改める必要もありませんわ~。別に平民であることに問題もありませんわ~。そもそも、ワタクシの大・親・友であるシィーさんだって平民なのですし~。ねぇ、クルセイナさん?」


「え、あ、は、はい、それは……そうです……けど……」



 フォルトが余裕を見せる笑みで、どこから上からな態度で流した。


「あら、嬉しいわ。では、今後ともよろしくね、フォルト。そして、クルセイナ」


 そのフォルトの発言にジャンヌもそれ以上食って掛かることなく、自分も頷いて納めた。

 その内心では……


(ふふ、流したか……ちょっと意外ね。もっと分かりやすい権力に溺れたバカだと思っていたけれど……まぁ、昨日の時点で既にこの謎のシィーリアスくんを抱き込んでいるあたり、油断ならない人のようね……ちゃっかりと、彼のことを大親友だなんて公言して私たちに刷り込もうとしているようだし……)


 冷静にフォルトを分析していたりするのであった。

 だが、そんな女たちの一触即発の空気をまるで読むことなく、項垂れていたシィーリアスは顔を上げ……



「君はジャンヌというのか……とても頭がいいのだな?」


「え? それはどうも」



 そして、シィーリアスは決意を秘めた目で立ち上がり……



「ジャンヌ! 君も僕の友達になってくれ! そして、勉強を教えて欲しい!」


「……え?」


「ぶっぼ!? シィーさん!」


「ふぁ!? シィー殿!?」



 ジャンヌの両手をいきなり握って、シィーリアスはそう告げる。

 その予想外の言葉にジャンヌは一瞬キョトンとしてしまい、冷静だったフォルトは慌てて立ち上がり、クルセイナもそれに続いた。

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