第11話 御礼

「ええ!? シィーくんは一人暮らしで、お小遣いも月に一回!? そんなの酷いよぉ! ご飯は!? お姉ちゃんがいつもシィー君のは作ってあげたのに!」


 アジトにて、過保護なミリアムが半泣きになって抗議する。


「何言ってんだ! あいつが住んでんのは魔界じゃないんだし、それぐらい一人で何とかしねーと、ダメになっちまうぞ! 一人暮らしして、炊事・洗濯・掃除もこなし、限られた金の中でやりくりする……そうやって逞しくならねーとよ」


「でもぉ~~~!」


「ったく、ミリアムは本当に過保護な……」

 

 

 ミリアムに呆れたように溜息を吐くフリード。

 そんなフリードに、同じく過保護なオルガスやラコンも問い詰める。



「帝国に関しては物価までは俺も知らんが……お前は小遣いをいくらぐらい渡しているのだ?」


「そうじゃ! もしシィーにひもじい思いをさせようとしておったら、タダではすまんぞ! もしシィーが骨と皮になるような極貧な生活させようものなら、わらわが今すぐに帝国に行ってシィーを保護するからな!」


「だーかーら、大丈夫だって! 俺も最近の帝国の物価レベルは分からねえが、たぶん大丈夫なぐらいは金持たせてるって!」



 心配いらない。そう答えるフリードだが仲間たちは目を細める。



「「「ほんとに~?」」」


「な、なんだよ、お前ら! 俺が信用できねーのかよ! つかこういうのお前らが泣くし、嫌がるからってことで全部俺が手続き含めてやったってのに、何だその言い草は!」



 三人はそれほどフリードを信用していなかった。

 それはやはり、シィーリアスの魔力無しでどれぐらいのランクかをも把握していなかったことも理由の一つであった。

 

 とはいえ、これに関してはフリードの言う通り、金銭面でシィーリアスは問題ない。



 ただし、フリードも人のことを言えないぐらいの過保護であった。








「ちょ、ま、待て、シィーリアス! なんだこの宝石の数々は……に、偽物……い、いや、しかし……この輝き……それに……」

「ええ……この輝きや感触は……ま、紛れもなく本物ですわ!?」

「え? 何を言っているんだ。当たり前ではないか! 偽物などを使用したら犯罪になることぐらい、僕でも分かっている!」


 大国の姫であるフォルト、そして帝国の侯爵家令嬢のクルセイナ。共通点は庶民とは大きくかけ離れた、桁外れに裕福な家である。

 並の貴族では足元にも及ばないほどの資産がある。

 ゆえに、二人は金銭的な感覚などは庶民とは少しズレているところがある。

 だが、そんな二人でもズレ過ぎていると感じるほど、シィーリアスの取り出した宝石はとてつもないものであった。

 ある意味で、裕福な身分である彼女たちだからこそ、ソレがどれほどの価値があるかを理解できたのだ。


「お、おきゃくさま……ほ、ほうせきですか……?」

「うむ。申し訳ないが対価分を取って欲しい。それともどこかで換金しないとダメだろうか?」

「い、いえ……その……む、りです……」

「なに!? 無理?! ま、まさか足りないのであろうか!? な、なんということだ……!」


 全身をガクガクと大きく震わせる店主の様子に、「まさか足りないのか?」と慌てるシィーリアスであったが、むしろ逆であった。



「シィーリアスよ……その……そうではなくて、これは無理だ。この宝石一つでこの店をまるごと買ってもおつりが出る……」


「え……?」


「そして、もはやこれほどの宝石になると、その辺の換金所では扱ってもらえぬだろう……」


「な、そ、それは本当か、クルセイナ! それは困った……どうすれば……この小さいのでもダメだろうか?」


「ダメに決まっているだろう! その小さいの……って、それでも十分大きく数千万は下らぬぞ!?」


「そ、そんな……では、これを少し砕いて削れば対価分ぐらいになるのでは?」


「やめろおぉおおお! それにどれだけの希少価値があると思っているのだ!」


 

 宝石を足で蹴ろうとする動作を見せるシィーリアスを慌てて止めるクルセイナ。とはいえ、シィーリアスからすればこの場で金が払えないことの方が重要であった。



「仕方ありませんわ……店主さん、ここはワタクシが立て替えますわ~」


「え!?」


「フォルト!?」


「フォルト姫!?」



 すると、そこでフォルトが助け船を出した。


「な、それはダメだ、フォルト! 何故君がお金を払う必要がある!」

「そうです、フォルト姫! それならば、ここは私が……」

「いいえ、これも友達記念! ワタクシも自分でお金を出してのお買い物は初めてですので、ワタクシに経験させてほしいですわ~♪ その初めての経験を、お友達のシィーリアスさんにできるだなんて、嬉しいことではありませんの!」


 まさかのフォルトの立替宣言。

 それは受け入れられないというシィーリアスと、色んな意味でまずいと考えたクルセイナは慌てて止めようとするが、フォルトは最もらしい理由をつけて「自分が立て替える」と譲らない。


「それと、クルセイナさん。そうですわね……一応一番小さいこの宝石を、シィーリアスさんに代わって、帝国の鑑定士を通して換金して差し上げなさい。その換金されたお金の中からここの分を後で受け取りますわ。これで問題ないですわよね♪ プレゼントではなく、ただの立替ですわ。これなら店主さんにも迷惑掛かりませんし、シィーリアスさんが気に病む必要もありませんわ~」


 これはあくまで「立替」であると強調するフォルト。

 別に自分がお金を払ってプレゼントしてもまったく問題ないだろうが、それではシィーリアスは受け取らないだろうと予想し、フォルトは「立替て、後で金は受け取る」という流れにした。

 そうすれば、シィーリアスも強く拒むこともないうえに……



「フォルト……き、君という人は……僕は今日だけで君にどれほど感動だけでなく、感謝をすればいいのだろうか!」


「おーっほっほっほ、ですから水臭いことはなしですわ~、友達ですものぉ♪」


「フォルト……!」



 こうして、シィーリアスはますます感謝するだろうという打算があった。


(……やはりヘビだな……この御方)


 そんなフォルトの思惑が手に取るように分かったクルセイナは微妙な顔を浮かべる。

 しかし、その時だった。



「君のような人と初日に出会って友に慣れた僕はどれほど幸せ者か! 感謝する!」


「……ふぇ?」


「ありがとう」


「ふぇ……ふぇ!?」


「チュッ、チュッ、チュッ♪」


「……ぱぁ?」



 それは、流れるように一瞬の出来事だった。


「……はあああああああああ!!??」


 クルセイナの目の前で起こった。

 フォルトも一瞬のことで反応できなかった。


「ぱ、ぱああ? ぱ、ぱあぱあああ?」

「フォルト?」


 フォルトが先ほどまでの裏のある笑みではなく、顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。

 何が起こったのか?

 それは、シィーリアスがフォルトを正面から抱きしめて、フォルトの左右の頬とおでこにキスをしたのだ。



「シ、シ、シ、シィーリアス! あ、あな、あな、あなたは、な、何を、い、いま、フォルト姫に、な、何を!?」


「え? 何をって……感謝のハグとホッペとおでこにキスだけど……」


「はああ!? なな、なぜ、なぜそのようなことを?!」



 クルセイナの問いに、「何がおかしいのだ?」という様子のシィーリアス。

 それは……



「な、なぜって……親しい男女は挨拶や別れ際や、御礼で、ハグとほっぺやオデコにキスをするものでは……」


「……な、なに?」


「なんだ、その反応は!? まさか違うというのか? 僕はいつも先輩に……まさか文化の違い?」



 それは、シィーリアスにとっては当たり前の行動であり、それを教えた者たち(ミリアム、オルガスの二名)とはいつもハグとキスを互いにしあっていた。

 だからこそ、「普通の事」だと思っていただけに、顔を真っ赤にして煙まで出したフォルトと、クルセイナの様子に、シィーリアスは不可解に感じていた。

 そして……



「お、ほ、わ……ほわああああああああああああああああ!!??」


「フォルト姫ぇええええ!? ぐ、お、おのれ、シィーリアス!」



 血の繋がらない異性に抱きしめられて頬と額とはいえキスをされたのは初めてだったフォルト。実はかなりのウブであったために、大声を出した。

 店内に響く姫の声。

 そして、クルセイナは……


「お、おのれぇ、シィーリアス……そ、そこに直れええ! 私が仕置きしてやる!」

「……へっ!? え、く、クルセイナ!」


 帯刀していた剣を店内で抜いたのだった。


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