第27話 愛しているから

 まずは消灯スイッチに入れ、室内を暗く・・する。これで覗かれても薄暗い。通路側も照明が暗めだから顔は視認し辛いはず。


 だけど、まだ誤魔化すには足りない。


「遥、ちょっと立ち上がってくれ」

「え? うん、いいけど」


 ソファの前に立ってもらい、俺も対面する。


「いいか、椎名が部屋に向かってきているんだ」

「そ、そうなの!? バレちゃうじゃん」

「だから、今から遥にキスをする」


「……え、ええッ!」


 途端とたんに顔を真っ赤にして混乱する遥。ですよねー。俺も緊急すぎて逆に心停止しそうな勢いだ。だけど、これしか方法がない。

 客観的に見て、他人のキスシーンを目撃、なんて気まずすぎるからな。早々に立ち去る確率の方が高いというわけだ。だから、背水の陣。最終手段というわけだ。


 遥の腰に手をえる。



『……ここかな。う~ん、暗くて見えない』



 まずい、椎名の声が聞こえてきた。

 緊急事態につき、キスをするなら今しかない。


「ムードもへったくれもないけど、遥、許してくれ」


 ぎゅっと抱き寄せ、遥の唇をやや強引に――けれど激しく奪う。なるべく体を密着させて顔を覆い隠すように、映画のラブシーンのように濃厚なキスを。



 直後、扉が開いて椎名が確認してきた。



「多分、この部屋でしょ――って、うわっ!! 天満くんじゃなかった! 間違えました!! わわわ、あんなに激しくキスしてるところ初めてみた……ご、ごめんなさい!」



 恐らく赤面する椎名は、早々に立ち去った。どうやら、うまく乗り切れたようだな。……ふぅ、あせった。


 口を離そうとすると、今度は遥の方から求めてきた。こんなに脳がピリピリするほどの甘いキスは初めてだ。


 今、ここで止めるのはもったいない。


 ソファに座り、時間を忘れてひたすら互いを求め合った。



 * * *



「――やっべ、時間だ」



 気づけば、キスだけ・・・・でカラオケのフリータイムが終わっていた。一曲も歌わずに終了だなんて……人生で初めての珍事件だった。



「ご、ごめんね、遙くん。わたし、夢中になってキスしちゃったから」

「いいよ。遥からキスしてもらえて俺は嬉しい。もしかして、遥ってキス魔なのか?」

「そうじゃないけど、遙くんってキスが上手いから……つい盛り上がっちゃった」


 って、そうだったのか。

 ドラマとか映画の見様見真似だったけどな。どうやら、遥のお気に召したようで、俺はホッとした。なかなか強引だったし、さりげなく、あっちこっち触れたりもしたから嫌われないかと不安だったけど、大丈夫そうだ。



 部屋を出て――お会計を済ませた。



「歌えなかったけど幸せだったぁ」

「わたしも。でも、次回は歌おうね」

「そうだな。また明日にでも来よう」


 約束を交わし、帰路に就く。

 マンションまではそれほど遠くはない。サクサク歩いて、到着。エレベーターで上がり、すっかり馴染みつつある自宅へ。



「「ただいま」」



 一緒になって玄関に入る。


 家に入れば、各々で着替えたり風呂に入ったり、晩飯を作ったり日常タイムが始まった。いそいそとお互いの生活を支えていく。


 今日は俺が料理の番。

 幸い、親父から秘伝の中華料理を教えてもらっていた。と、いっても『黄金チャーハン』だけど。


 具材を米よりも小さく切り、ネギとチャーシューを入れていく。それからボウルで卵を溶きほぐす。更にご飯を投入して混ぜ混ぜ。


 なぜかあった中華鍋でかき混ぜて、ネギとチャーシューを投入。パラパラになるまで炒めた。そして塩胡椒しおこしょうを適量ふりかけて味付け。そして、完成。



 あとは、おまけで中華そばを作った。袋麺だけど。だから、手抜きはない。俺は親父秘伝の味付け(企業秘密)をして完成させた。



「こんなところか」

「なんか良い匂いだね、遙くん」


 お風呂から上がってきた遥がキッチンを覗いてきた。


「がんばったよ。遥に美味しいって言わせるためにね」

「わぁ、チャーハンだ。わたし、好きなんだ! うん、楽しみ」


「って、今更気づいたけど……遥、なんでメイド服着てるの?」

「あ、気づいた? これ、モンキーホーテで買ってみたんだ。なんと三千円なの!」



 安い割にクオリティ高いな。

 神器ニーハイ、カチューシャとカフスもばっちりのフルフリミニスカメイド。俺の心が瞬殺で奪われた。



「いい、遥。それいいよ! 可愛い」

「ほんと! 嬉しいな。遙くんだけのメイドだよ~」


「俺だけの?」

「うん。今なら、えっちな命令もしていいよぉ」



 うわ、興奮してきたッ。

 こりゃ、言えないようなことをアレもコレも――ん? 妄想していると、スマホらしき音が鳴っていた。


「遥のスマホ?」

「ごめんね、ちょっと電話みたい」


 テーブルにあったスマホを手にし、遥はどこかで見たような表情をした。なんか、顔がブルーになっている。これって、まさか……またか?



「お、おい……遥、顔が青から紫になっとるぞ!」

「やばい。パパだ……」


「え」


「どうしよう。パパのラインをブロックしちゃったから、怒ってるのかも。お見合い相手を追い返したから……。と、とりあえず電話してみる」



 そうか。ラインをブロックしたところで電話番号は別だしな。通話は可能なわけだ。うっかりしていたな遥。そんな遥は、震える手で電話に出た。



『仕事で連絡が遅くなった。今、電話大丈夫か?』

「いいけど、なに?」


『お前今朝、お見合い相手の『田村たむら 聯太郎れんたろう』くんに恥を掻かせたそうだな。なぜ、そんなことをした』


「わたしのタイプじゃないもん」


『タイプだとか、そういう問題ではない。相手は大手企業の息子だぞ。断り方というものがあるだろう』


「知らない。ていうか、わたしもうお付き合いしている人がいるから」


『そうだ、忘れていた。この前はライン電話を切られてしまって追及できなかったが、どんな男と付き合っているんだ!? まさか、同級生とかじゃあるまいな。凡人ぼんじんなら、直ぐ別れなさい」


 どうやら、遥のパパさんは大手企業の息子とかでないと許してくれないらしい。ハイスペックをご所望かあ。実に分かりやすいな。



「同級生の男の子。優しくて、かっこよくて、わたしを守ってくれるの。家事洗濯もできるし、お料理だって凄いんだから。あと、足も速い。それにそれに、寝る時は“ぎゅ~”ってしてくれるし、キスとかいっぱいしてくれるの」



『…………』



 遥の怒涛どとう惚気のろけ


 パパさん、沈黙しちゃった。

 これ、愕然がくぜんとしていていないか?


 という俺も、ちょっと恥ずかしかった。



「あれ、パパ?」


『今すぐ別れなさい!』


「え……」

『いや、それよりだ。その同級生と一緒に住んでいるように聞こえるのだが』

「うん。そうだけど、だって愛しているから」



『なあああああああああああああ!! 今すぐ玄関を開けなさい!! 今すぐだああああああああ!!』



 ついにパパさんは発狂。

 怒り狂って玄関を“ドンドン”叩いていた。


 えっ、まった。


 玄関を?


 確かに、近所迷惑になるくらいドンドン響いていた。ま、まさか……そこにいるのか。遥のパパさんが――!

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