第20話 ファーストキス

「その、遥。ひとつだけ確認したい。お前、処女なのか?」

「…………っ」


 目をらし、顔を赤くする動作。

 これは明らかに“初体験です”を示すような反応だ。間違いない。だけど、本人の言葉で聞きたい。俺はドキドキしながらも改めて確認した。


「経験、ないんだな?」

「…………うん。はじめて」

「マジか。俺もだけどな」


「その、結婚したんだから責任取ってよね、遙くん」

「も、もちろん」


 うわ、今のぷくっと頬を膨らましている遥、可愛すぎだろう。さて、そうなると……まずは服を脱がすしかないよな。いやいや、冷静になれ、まだ“童帝”の俺よ。そうじゃないだろ。いきなり脱がすとか雰囲気ぶち壊しだろ。


 ただでさえ、興奮して思考回路が鈍くなっているんだ。こういう場合は、今まで“えっちな動画サイト”でつちった知識をフルに活かすんだ。


 う~んと……うん、そうだ。


 まずはキスで雰囲気を高めていかねばな。女の子を直ぐに脱がしたり、強引なのはご法度はっとだ。だから、まずはキスだ。


 よくよく考えれば、結婚してからファーストキスすら済ませていなかったな。前に体育倉庫に閉じ込められた時に寸前まではいきかけたけど、今日こそは。


 俺は、遥の顔に、唇に近づけていく。

 勇気を限りなく振り絞って――そっと唇を重ね合わせた。



「あの、遙くん……んっ」



 甘い。

 とても甘い。

 甘くてとろけてしまいそうなキスを、壊れないように交わす。


 遥は、敏感なのか体をビクビクと痙攣けいれんさせていた。ちょっと苦しそうだな。俺は一度口を離した。


「ご、ごめん。がっつきすぎたか」

「……う、ううん。そ、その……初めてだったから。でも、嬉しかった。やっと遙くんと……」


 涙を流し、微笑む遥。

 今度は遥の方から腕を伸ばしてキスしてくれた。めちゃくちゃ嬉しいっ。遥が望んで激しめのキスをしてくれた。


 さすがに興奮して、俺は遥の胸に触れようとした――のだが失敗。遥は身をひるがえして、鞄をゴソゴソしていた。また何か取り出す気か?


「って、まさか。もうつけるのか?」

「違うよ~。見て見て」



 遥は、顔写真入りの『学生証』を下腹部へ乗せた。その瞬間、俺の脳が爆発した。


 ……うわッ!!


 ボクシングで言えば、一発KOを食らった気分だった。この光景は危なすぎる。というか、なんで知ってるのー!!



「遥、初めてなんだよな!? さっきから、咥えたり、学生証をそんな場所に置いたり……エロ知識が豊富すぎだろ」

「そ、そりゃ、少しくらいは興味あるもん。女の子の友達に、同人誌を買ってたり、コスプレしている子がいるから、たまに見せてもらっていたの」



 なるほど、コミケ通いのオタク女子ってところか。その子の、寄りにもよって同人誌から知識を得ていたと。それで0.01さんを咥えたり、学生証も知っていたわけか。納得。


 ともかく、学生証は破壊力が凄まじすぎる。遊●王で言えば、禁止カードだぞ。そもそも、学生証は結婚している仲でやる行為ではないけどなっ! どちらかと言うと、パパ活とかそっち系だ。



「なんて友達だよ。とりあえず、学生証は没収だ」

「なんでー! 遙くん、喜ぶと思ったのに」


 ええ、心の中では死にそうなくらい喜んでいますとも。だが、学生証の本当の意味を遥に伝えたらショックを受けてしまう。なので、没収だ。


「気持ちは嬉しいよ。でも、俺は遥に触れたい」

「……そ、そうだよね。うん」



 気を取り直して、今度こそ。

 そんな肝心なタイミングでスマホが振動バイブした。こんな時に!



「ん、遥のスマホだよな」

「ごめん、遙くん。電話みたい。誰よ、もぉ!」



 不満気に画面を見つめる遥。

 その電話の相手の名前を見て凍り付く。



「困った顔をしてどうした」

「ど、どうしよう、遙くん」



 どうやら、遥の父親かららしい。つまり、あの大手企業『ヤッホー』の社長からか。こんな時間帯に電話とはな。なんだか、嫌な予感しかしないような。



「一応、出た方がいいんじゃないか。緊急の連絡かもだし」

「うん。ここで出るね」

「お、おう」


 遥は、電話を繋げた。

 マジか。聞きたいような聞きたくないような複雑な心境だけど、でも、遥の方が気が気でない表情だ。なら、そばにいてやる方が精神的に良さそうだ。


 俺にも聞こえるようスピーカーで流してくれた。



『――遥。私だ、パパだ』

「パ、パパ。どうしたの、こんな時間に。もう寝るところだよ」


『夜分遅くにすまない。だが、話しておきたいことがあってな』


「なに? 手短にお願いね」

『それなんだが、近々、大手企業の社長の息子とお見合いをして欲しい。相手は、お前好みの細身イケメンだ。頭もよく、スポーツ万能。優秀だと聞いた』


「は……はあ?」


『まあ、戸惑う気持ちも分かる。しかし、相手はお前の写真を見て一目惚れのようだ。これはチャンスだぞ』


「パパ、わたしもう好きな人がいるの。結婚を誓い合っているから、もう無理」

『な、なんだと!! そんな話は聞いていないぞ、遥!』


 そこでブチッと電話を切る遥。うわぁ、容赦ないな。しかも、ラインもブロックしているし! 父親をブロックとか、そこまでするか。


「いいのか?」

「いいの! だって、いいところを邪魔されたんだよ。それにさ、勝手にお見合い相手を決めるとか、わたしの気持ちを完全に無視しているよね」


 その通りだな。

 遥は、もう俺と結婚しているし、誰にも邪魔できない関係だ。今更、お見合いだと言われても、俺も遥も困る。


 だから、絶対に遥を離さない。



「ああ、そんなお見合いは行かなくていい」

「うん。遙くんなら、そう言ってくれると思った。嬉しいな!」

「当たり前だ。だから、その……」



 やべ、眠くなってきた。

 疲れのせいか強い睡魔に襲われ、俺は遥の胸の中へ落ちる。



「遙くん!? って、寝ちゃってるし。まあいいか。へえ、可愛い寝顔♪」



 ぎゅぅっと抱きしめられた――気がした。

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