第6話 婚姻届を提出せよ

 目を覚ますと朝を迎えていた。

 高層マンションのせいか、鳥の鳴き声がそれなりに響く。いい目覚ましだな。


 体を伸ばし、俺は起き上がろうとしたのだが……何故か体が重かった。


 はて、なぜ動けない。

 視線を下へやると、俺の腰辺りにしがみつく小桜の姿が。ヨダレを垂らして寝ていた。って、うわ……! なんで俺に抱きついているんだ!?



 思い出せ、昨夜何がった?



 体育倉庫に閉じ込められて……。校長に見つかってヤバいことになって……。あぁ、そうだ。俺と小桜が結婚したことになっていたんだ。今日は、役所へ向かい『婚姻届』を出しに行こうという話だった。



 それにしても、この距離感。



「小桜、起きろ」



 だめだ、起きやしない。

 体を揺すってみても反応なし。

 どうやら、小桜は簡単には起きないタイプなのかもしれない。けど、急がないと大変だぞ。万が一にも校長に先回りされたら、俺たちは一巻の終わりだ。


 この生活も終焉しゅうえんを迎えるだろう。今までが無駄になる。それだけは回避せねば。



 ええ、仕方ない。

 こうなったら、スマホでアラームを鳴らしてやる。動画サイトから爆発音を検索。それを爆音で鳴らした。



『ドォォォォォォオオオオオオオオオオッ!!!』



「ひやぁッ!? え、なになに!? 爆発!?」

「やあ、小桜。やっと起きたか」


「……え」


「いや、なかなか起きないから爆発音で起こしたんだ。すまん」

「す、すまんって……ビックリしたじゃない!! 心臓が飛び出るかと思ったよ!?」



 涙目でパニックになる小桜は、なんだか可愛かった。昨日は、ちょっと飄々クールというか、大人びているから、こういう慌てるところは珍しい。意外な表情を見れてラッキーだったな。


 しかも、この表情は俺しか知らないわけだ。



「まあまあ。それより、役所へ行くぞ」

「あー…、うん。そうだね、朝食を食べたら行こうか」

「おう」



 親父から受け取っておいた私服に着替えた。小桜も別の部屋で着替えてきたようで、清楚せいそな黒いワンピース姿だった。実に女の子らしい可愛らしい姿だ。正直、見惚れてしまっていた。



「ど、どうしたの……天満くん」

「あ、いや! なんでもないよ」

「そう? それじゃ、ご飯にしよっか。ちょうど食パンがあるから、作っておくね」


「分かった。俺はその間に親父に電話しておく。調べたんだが、結婚には証人が必要らしいんだ。だから、親父と爺ちゃんにでも頼むよ」


「そ、そうなんだ。証人が必要だなんて……知らなかったな」



 学生結婚だなんて、そう例はないだろうしな。俺だって、こんなキッカケがなければ結婚のことなんて調べもしなかった。そもそも、俺に結婚なんて日が訪れるなんて一生ないものと思っていたぞ。俺は、普通に働いて独身貴族でいいやと思っていたし。


 それから、小桜は朝食を作りにいった。俺は、その間に電話だ。


 スマホを取り出し『親父』をタップ。ラインで電話をした。しばらくして繋がった。



『遙か、こんな朝っぱらからどうした』

「どうしたじゃないよ、親父。俺と小桜は結婚するんだぞ」

『あぁ! そうだったな! 今日にでも婚姻届を出すのだな』

「だから車と証人を頼みたい」

『そういうことか。分かった、今から向かおう』

「助かるよ」



 電話はそこで切れた。

 時刻は八時半。

 学校はとっくに始まっているだろうな。


 そうだ、学校にも連絡を入れておかないと。俺は続けて学校へ連絡。風邪っぽいので病院へ行くと理由をつけ、休んだ。


 連絡が完了すると、朝食もできたようだ。



「天満くーん。たまごサンドできたよ」

「へぇ、美味そうだな、それ」

「簡単に作ったヤツだけどね。コーヒーも淹れてきたから、ここで食べましょ」



 小桜の部屋で朝食をいただく。なんて贅沢だ。和やかな時間を過ごし――いよいよ出発。



 * * *



 朝食を済ませ、高層マンションを出た。朝になると、エレベーターから見える景色はまた違った風景だった。雲一つない空が青い。


 地上まで降りて、その先にはもう親父がいた。あと爺ちゃんも。



「きたか、我が息子よ」

「親父、迎えに来てくれてありがとう。それと爺ちゃんも」


 親父の隣で腕を組む威厳のある白髪爺さんこそ、俺の爺ちゃんだった。見た目こそ怖いが、実はとても優しいのだ。


「遙、まさかお前が結婚するとはな。……ふむ、その美人さんが遙の相手か」

「そうだよ。小桜っていうんだ。俺の嫁だ」

「そうかそうか! ひ孫の顔を見るのも時間の問題かの~」


「「――なッ」」



 俺と小桜は、二人して顔を赤くして固まった。ひ、ひ孫っておいおい……気の早すぎる。焦っていると、俺は視線に気づいた。


 ……ん、まて。


 あの隅で俺たちを監視しているのって……校長!?


 間違いない、あの眼鏡を不気味に光らす髭男爵は間違いない。くそ、そこまで俺たちを追うか!? ていうか、学校はどうしたんだよ、あの校長!


「小桜、大変だ」

「う、うん。わたしも今気づいた」


 万事休す……!

 だけど、俺と小桜は絶対に結婚しなきゃいけないんだ。あの校長にバレないようにな!!

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