第25話 動物虐待 3/3

「リハビリテーションルーム?」


 オウム返しに問う少年に、マーシュは赤い瞳を細めて笑いかける。


「そうだ。お前の魂は・・・・いや、心は今、傷だらけで悲鳴をあげている。お前が流したその涙、それはお前の心が痛みを訴えて流している涙だ。痛みがあまりに強すぎると、人間は正しい判断をすることなどできないものだ。お前は罪の無い多くの動物の命を奪った。それは間違いなくお前が犯した罪だ。罪を犯した者は必ず、罰を受けなければならないし、罪を償わなければならない。だが、お前のその傷だらけの心では、罰に耐える事はできないと私は判断した。罰に耐える事ができないのであれば、罰を与える意味が無い。だからまず、お前はその心の傷を治すところから始めるといい」

「治ったら、父ちゃんに会える?」

「いや。会うことはできない」

「どうして?ぼく、父ちゃんに謝らないと」

「その必要はない。テラ、リハビリ行きの扉を開けろ」

「はーい」


 場の空気にそぐわないひと際明るい声で返事をすると、こめかみを押さえて睨みつけるマーシュの視線を華麗に躱し、テラはリハビリテーションルームへと続く扉を開いた。そして、少年へと歩み寄り、その小さな手を取って、にこやかに笑いかける。


「あのね。キミの心の傷が治ったら、きっと彼の言葉の意味が分かるから。だから今は、しっかり心の傷を治してあげようね」


 優しく微笑み穏やかな声で語りかけるテラに、少年は戸惑いなららも小さく頷く。


「じゃ、行こうか」

「うん」


 テラに手を引かれてリハビリテーションルームの扉をくぐった少年の姿は、そのまま見えなくなった。

 テラは暫くの間、少年の消えた空間をじっと眺めていた。




「鬼のマーシュがリハビリ判定なんて、どういう風の吹き回しかな?」

「あぁ?なんだそれ」

「僕、噂で聞いたんだよね。マーシュの判定はものすごく厳しくて、リハビリ判定なんてほとんど出さないって」

「うるさい。さっさと紅茶を淹れろ」

「なんで?」

「お前今、一応俺の執事な?」

「・・・・はぁい」


 不満タラタラの返事を返すと、テラはルームαの奥へと姿を消す。


「なんだよ、『鬼のマーシュ』って。誰だ、そんな事言ってる奴は」


 座り馴れた椅子に体全体を預けて目を閉じていると、暫くして紅茶のいい香りが鼻腔を擽った。


「ねぇ、もしかしてマーシュさ」


 マーシュのデスクに紅茶の入ったカップを置きながら、テラがジロリとマーシュを睨む。


「僕をこき使うために、執事役任せたでしょ?」

「さぁ・・・・どうかな?」

「も~っ!」


 そう声を上げたテラは、早くも執事服を脱ぎ捨て、着ていた白のローブ姿に戻っている。


「もう僕、マーシュの執事役なんてやらないからねっ!」

「なんだ、残念だな。お前、才能あると思ったんだが」

「はぁっ?!」

「ナイスフォローだった。俺にはとても・・・・あんな言葉をかけることは、できない」


 マーシュが判定を下した後。

 テラが少年に掛けた言葉に、マーシュはテラの本質を見たような気がした。

 もちろん、テラの事は分かっているつもりではいたが、それを改めて目の当たりにした感覚。

 そしてまた。

 その姿はエマの姿にも重なって見えた。


「えー、そう?マーシュがそこまで言うなら、また手伝ってあげてもいいけど?」

「じゃあ、遠慮なく」

「いやいや、少しは遠慮して?それに僕、執事はもうイヤだよ?そうだな、助手くらいなら、やってもいいけど」

「・・・・どっちも変わらないと思うが」


 それじゃ僕、そろそろ帰るね。


 そう言って帰りかけたテラの背中に、マーシュはふと思いついて、言った。


「エマが、ナズナとよく話せって、言ってたんだ」

「ナズナ?誰それ?」


 天国へと続く扉のノブに手をかけたテラが、怪訝そうな顔で振り返る。


「俺の幼馴染み」

「で?」

「どうしたらいい?」

「よく話せばいいんじゃない?」

「は?」


 扉を開き、中へと足を踏み入れながら、テラは振り返らずに言った。


「エマがそう言ったんなら、そうした方がいいと思うよ」


 そしてそのまま、扉は閉じた。


「だから、何を話せって言うんだよ?それを聞きたかったのに・・・・使えないな、テラのやつ」


 カウンセリングルームαにひとり残されたマーシュは。

 テラが入って行った天国へと続く扉をひと睨みすると、小さくため息を漏らした。

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