第20話 お助けキャラ
優は今日も元気である。
「っらっしゃあああああああああああああああああああああい、お元気ですかあああああああああああああああああああああっ!」
「うわああっ、優が出たぞっ!」
優の行動力は並外れている。
キラとのやり取り以降、オタロードで声をかけまくる日々を過ごしていた。
オタロードに生息する者たちを脅かすのが日課のようである。
「一緒に働きませんッかああああああああああああ——ッッ!」
「きゃああああああッ、いやあああああ——ッッ!」
ビラを配るメイドや通行人に手当たり次第声をかけて鳴子を探し、ついでに雇おうとする。しかし、ブラックリストに載せられてしまった優は、完全に拒否されていた。
「アクティブな無職はいかがですかああああああああああああ——ッ!」
「逃げろっ、逃げろおおおおおおおお——っ!」
もはや、何がしたいのか分からなくなる始末。
アクティブな無職——世間的にはただのゴミクズではあるが、活発であるという事において、まだ社会的には救われているのかもしれない。自治体目線で語れば、やりたい事を見つけた無職は支援をしてあげたくなるものだから。
「はぁ、はぁ……少し休憩するか……」
大声を撒き散らし、街の騒音おじさんと化した優の体力は、一時間が限界であった。
社会復帰にはまだまだ遠そうである。
そして、公園の水をガブ飲みするなり呟いた。
「はぁ……こんな時、あいつさえいてくれれば鳴子を見つけやすいのに……」
ここニ・三日、鳴子を探すためにオタロード近辺を散策しているのだが、一向に見つからない。開店に必要な人材を集めるべく声をかけても、皆ハズれてしまう。
椅子に腰掛け、参ったと言わんばかりに空を見上げていると、眼前に少女の顔が入り込んできた。
「ハローニュースグルー!」
銀髪碧眼のメイド——ノアとばったり出くわしたのだ。
新進気鋭の高性能スキル持ち水着キャラにも劣らぬ笑顔で、挨拶をしてきた。
「まさか、本当に現れるとは……」
久しぶりに開いたソシャゲのガチャを回したら、ピックアップキャラのみならず、すり抜け出現したレアキャラを見る目で驚いた。
何かの運営の仕業、思惑を感じざるを得ない。
「あれれースグルさーん、どうして幸せを許容できない過去のトラウマを抱えた青年のような立ち振る舞いをしているのデスカー!」
「今日ばかりは妙に饒舌だな」
少しは日本語を覚えたのだろうか。
いやしかし、そんな変化を優は見逃さないつもりである。
(……まさか、こんな
風雲急をつげる超弩級エンターテイメントを見る目で、この世界の在り方を疑っていると、ノアがキレ出した。
「バカですカッ、アナタはッッ!」
「ほげえ——っ!」
お金を払わねば体験できぬ幸せ(ビンタ)を喰らうなり、優は正気を取り戻した。
「……はっ、もしかして本当にノアなのか?」
「アッタリマエデース! アナタ、ワタシを何だと思っているのデース!」
茶番は終わりだと言わんばかりに、ノアは話を切り出した。
「ワタシはデスネー、スグルさんがお困りのトキは常に電波を受信するのデース」
「よく分からん原理だが、確かにお前に話したい事があったんだ」
そう告げると、ノアはビシッと掌を優に向けて自身の鼻に人差し指を添えた。
「オマチクダサイ……ワタシ、アナタの言いたい事ワカリマース!」
「ほう……じゃあ当ててみな」
まるで、先輩にネタを披露する後輩芸人の如く、ノアは意気込んだ。
「それはデスネ——今、アナタはとっても困ってイマース!」
「そうだ、すごく困っている……って、最初からそう言ってんだろ!」
ツッコミ役として、ノアの相方を務めてしまう優。
ふふんと鼻息を鳴らし、ノアは続けた。
「ワタシ、アナタがメイド喫茶を開きタイという情報は耳にしていマース」
「おっ、なら話は早いな。なにに困ってるか当ててみろ」
「それはデスね——」
優の期待を膨らませるように少し間を置き、答えた。
「——メイド喫茶の開き方がワカラナイッ‼」
「いいいいいいいいいーーや、そうとも言い切れない……ッ!」
それは誰も傷付けない漫才……Mー1グランプリ2019年決勝進出により、一躍有名となったお笑い芸人の如く、優は否定しない。
そんな気の緩んだ隙に、ノアは核心を告げた。
「ワタシ、鳴子サーンの居場所知ってマース」
「確かに……何故、俺は人を雇う事しか考えてなかったんだ……って、なんだと!」
優はすかさずノアの肩を掴み始めた。
「教えろっ、教えるんだっ!」
「オオ~ウッ、セクハラッ、モラハラ……ッッ!」
力任せにノアを揺さぶる。居場所を吐くまで揺さぶるつもりだ。しかし——
「オオン、オオーンッ、オオオオーン……ッ!」
三半規管が揺れ、平衡感覚の乱れによりそれどころではなかった。
辛いとき辛いと言えればいいのにね。
だが、日本語が分からない……言葉の壁は不便だなとノアは思った。
「って、全然言わねえじゃねえか! なんで前みたいに言わねえんだよ!」
それは辛かったから。しかし、それを口にする事無く己の使命を全うした。
「い、イイデショウ……但し条件があるのデス……」
「条件……だと?」
ノアは自身の襟を直し、呼吸を整えた後に言った。
「……鳴子さんに、仕事を辞めさせて欲しいのデス」
「なんだ、そんな事か」
優がつまらなさそうな表情をすると、ノアは加えて告げた。
「イイエ、アナタが思っている以上に大変なことなのデス……」
如何にも深刻気な物言いに、優はどこか見捨てられない気持ちになる。
「安心しろよ、必ず俺があいつを引き抜くんだからよ」
「ソウデスネ……分かりました! 案内しますノデ、着いてきてくだサーイ!」
優の謎の自信に、ノアの表情は少しだけ柔らかくなる。
ただし、引き抜きは禁止事項である事には変わりはない。
それを思うように伝えられないノアは、もう少し日本語を勉強しようと決心するのだった。
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