第13話 謎のメニューは大抵〝地雷〟

「でもさ、ちょっとこのメニューはないよね」


 萌花が沈黙を破り、テーブルにあるメニューを取り出した。


「ん、なになに見せてよ」


 それに便乗するキラは、開かれたページを覗き込んだ。




『ビンタ 1000円』

『往復ビンタ 2000円』

『熱湯ドリンク 850円』

『母なる萌え 9800円』

『残酷な萌え 5800円』

『ギガスラッシュ 1800円』

『伝説の勇者のメイド 50800円(会員様限定)』




「なるほどね、これはなかなか斬新な……ってたかぁッ⁉ なんだよこれ……説明表記が無い上、メニューに載せる辺り、かなり不親切極まりないね⁉」

「でしょ? 最近、店長が鳴子の人気の為に作ってみたって言っててさぁ……」


 萌花の言葉に疑問を覚えたキラだったが、メニューを覗き込むと理解した。


「これ鳴子ちゃん専用のメニューなんだ。へぇー……じゃあ、鳴子ちゃん休んだらこのメニュー注文を出来ないんだね」

「そうね、けど毎日注文が入るから大丈夫よ」

「えっ、萌花も毎回こんなふざけた注文を受けているの?」


 神妙な面持ちで尋ねるキラ。

 しかし、萌花は「そうじゃないの」と切り出した。


「あの子、毎日出勤しているから……注文がない日はないの」

「なん……だって……?」


 社会的秩序の瓦解! 労働基準法の崩壊ッ! 三六協定とは何処へッッ!!

 キラは驚きを隠せないようだった。


「そ、そういえば、いつ来ても出勤しているなぁとは思っていたけど……まさか、フルタイムフル出勤しているって事?」

「うん、キラくんの言う通り働き者なのよ……あの子」

「……幸せならいいんじゃない? ——あっ」


 すると店内奥から、カッターシャツにベストを羽織った大人が出てきた。

 店の人間だろうか、やや色濃い肌をした三十前半くらいの男がこちらへやってきた。


「どうもー、キラちゃんだったかなー?」


 初対面にも関わらず、やや軽いノリで挨拶をしてきた。


「あ、どうも。オーナーさんですか?」


 キラが尋ねると、オーナーはニコリと笑って返事をした。


「やぁ、僕の事は〝カリスマ〟って呼んでくれ。烏丸って本名から取った源氏名さ」


 すると、萌花が説明を追加した。


「名前からして、ちょっとナルシストが入っててイヤになっちゃうわ。で、この人が変なメニューを考案した張本人よ」

「変なメニューとは心外だな、実際には需要があるじゃないか」


 カリスマは溜め息をつき、やれやれと言った様子で萌花を宥めている。


「君も、あれくらいのノリを捌けるメイドになってほしいんだがね……」

「いやー無理でしょ、萌花はそういうの向いてない子だし」

「ほう、君は萌花をよく知っている風だね」


 カリスマは、まるで君たちは付き合っている恋人のようだね、と言わんばかりに告げた。


「そんな事ないですよ、僕はただの可愛い女の子好きですよ」


 期待していたものとは違う答えに、萌花はやや気落としてしまう。

 それを苦笑しながら返事を返した。


「まぁ、それが男の性だからね」


 期待していたものとは違う答えに、萌花はやや気落としてしまう。

 それを苦笑しながら返事を返した。


「いや、そういうのより……萌花とは仲の良い友達でいたいっていうかさ……」

「良いことを教えてやろう」

「……?」


 そんな悩める青少年を見るような暖かい眼でクスリと笑い、カリスマは答えた。


「萌えを追いかけ始めたその時から、心はオッサンなんだ」


 そんなよく分からない一言に対して、キラは咄嗟にありきたりな返事をした。


「……深いですね」

「あぁ、メイド喫茶の闇より深いさ」


 そんな訳の分からないオッサントークに付き合わせれている最中、突如鳴子のいる方から嘆き声がした。


「ひっ、ひぎゃああああああああああ——っ!」


 すぐさま声のする方に彼らが振り向くと、顔が絶望に染まった男がいる。


「ひいぃぃぃ……こんな金、払えない……払えないいいいいっ……!」


 伝票を両手で持ち、何度も見返している。

 優が勝手な注文したせいで、その客の会計額がとんでもない事になっているのだ。

 男が目を滲ませている最中、鳴子が男の隣に立ち、肩をそっと叩いた。


「大丈夫ですよ、優さんが勝手に注文したメニューなのであの人の伝票に全部付けておきましたから」


 ニッコリと小悪魔のような微笑みを見せた。


「け、けどあれって高いよね……無職のあいつが払える額じゃない! 絶対に踏み倒されるよ。もしかしたら君の立場が……く、クズもとハンパないって! だって、メイド喫茶の会計めっちゃ踏み倒すもん! そんなんできひんやん普通、そんなん出来る? 言っといてや、出来るんやったら……」


 男は財布を握りしめながら、強豪校に敗れ、高校サッカー引退した選手並みの悔しさを顔に出しながら震えている。

 スマホから仕入れた情報に、打ちひしがれているようだ。しかし——


「それも大丈夫です、シャンパンって言ってもあれ『四ツ谷サイダー』ですから。私が入れ替えておきました、だからそんなに高くないですよ?」

「な、なんだって……! め、鳴子ちゃん……君は……!」


 客は鳴子の心遣いに感動している。

 鳴子も変わった……人気とともに自信が湧き、自発的に動くようになった。

 彼女もまた、些細な店の規則や社会的な規範を無視して楽しむ……そんな無邪気な少女へと変わったのだッ。


 一方、優は——


「おい、なんかすごい匂いのする水だぞ」

「大丈夫大丈夫、お前も飲めよ、メイドの酒が飲めねえっていうのか?」


 優が何やらお客さんにお酒を勧めている。

 シャンパンタワー(仮)周辺では、男たちがたくさん倒れていた。

 それは、とてもサイダーのせいで起きた現場のようには見えないのだ。

 そこら中に転がっているビンがあったので、萌花が片付けに行った。


「なにこれ、スピリタス……?」

「大丈夫だ、中身は水だ!」

「は?」


 優が萌花の元へ近付き、伝えに来た。

 彼女は訝しげにその中身を見つめて、コップにビンの中身を注ぎ込んだ。

 丁度近くにタバコを吸っていたお客さんのライターを見つけ、火を点け液体に近付けた。

 ボッ……。


「なんで水に火が付くの」

「水だからだろ」


 萌花は反省の色のない優の口元に向けて、コップを押し込んだ。


「んなわけあるか——っ‼」

「んぎゃーーーーーー⁉⁉」


 相変わらず、優は騒ぎを大きくしている始末。

 そんな様子を、キラとカリスマは眺めている。


「とりあえず、鳴子ちゃんが育ってくれて良かったよ。人が見出さない所に美を見出すような……何か物事を一新させようと毎日試みている所は素晴らしい、お店にとっても非常に心強いの一言に尽きるね」

「まぁ、優が騒ぎを起こす事で鳴子ちゃんが目立ってきているんだと思います」

「確かに、鳴子ちゃんがあそこまで人気が出たのは、あのクズのおかげだけどね、ちょっとそろそろ止めないといけない所まで来ているっていうか……迷惑っていうか……」


 そのカリスマの一言に、キラは何か悪意のようなものを感じ取るのだった。

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