第3話 ななな、何故こんなところにメイドが⁉
そして、ようやく自転車保管所に着く。
彼は事務員に声をかけ保管所内にある自転車を探し、管理代という名の罰金を支払い、その場を後にしようとしたところだった。
「はぁーい、お兄さんチョットいいかナー?」
小柄な少女が、後ろから優に声をかけた。
その身長に見合わない程、デカい看板を抱えたメイドが立っていたのだ。
「んな……」
美しく流れる銀髪は月の雫のように幻想的。新雪のように透き通る白い肌。
翡翠の瞳は魅了の呪いでも放っているように、人の意識を惹きつけて離さない。
彼女は一言で言えば美人、人の目を引くような美貌である。
そして、彼女はこちらの視線が合うなりウインクをしてきた。
「……なんだ、ただのメイドか……」
だが、優は『ななな、何故こんなところにメイドが⁉』とテンプレ巻き込まれ系主人公のように思う事はなかった。
何故なら——彼は
それは、そこらへんの拗らせた童貞よりも強い……!
「オオウ、私の恰好にオドロカナイのですネー、素敵デース! まるでメイド喫茶に毒され思春期を殺した少年のツッバサ~♪」
テンション高めのよく分からない言葉に、優は無表情で迎える。
「何を言っているのか分からないが、感動したんだな」
「エエ! ワタシと会った人たちハ皆、鳩がタピオカ食らった顔をするのデース」
「タピオカじゃない、豆鉄砲だ」
そのメイドを一言で例えるならば、天真爛漫。自由奔放で、蝶のように跳ねまわる彼女は、優の事に興味を示しているようである。
しかし、一方の優は——
(……俺は自分には幸せになる資格がないと信じ込み、自己破壊的な世界を創り上げてしまったのかもしれない。無職は無職なりにそろそろチャリティ活動や神を信じるなどの新しい生活を始めるべきだろうか)
と、酷く状況を受け入れられてはいなかった。
それは就活に挫折し、自分の
理由は明快、メイドがきっかけで優は傷付いたからである。
そんな優の思いとは関係なしに、メイドは勝手に自己紹介をした。
「皆さんワタシを不審者と勘違いするのですが、ケッシテ違うのデス! 聞いてオドロケ見て草ハヤセ、ワタシはメイド界の妖精デース!」
タンッ! と看板を地面に突き立てるなり、ドヤ顔。
優は黙ってもいられず、彼女に尋ねる。
「……聞いた事がないな。どっかの新人さんか?」
「ノンノンノン、ワタシは生まれた時からずっとメイドさんデース!」
「じゃあどっから来たんだ、迷子じゃないんだろうな?」
「悠久のトキを越え~次元のハザマより現れしミコ~ン♪」
「くっ、話が通じてねえ……」
質問に対して歌いだす始末。
優がこれはダメだと呆れていると、彼女は一枚の紙を手渡してきた。
「ワタシ、こういうモノですー。果たし状を……ドウゾッ!」
「これは果たし状ではなくビラってやつだ」
「オオーウ、なるほど勉強になりマース! 今日のワタシは『ノア』って言うのデース。メイド喫茶の妖精を目指しているところなのデス!」
「生まれた時からメイドで妖精じゃなかったのか。そして明日のお前は誰なんだ」
そんなツッコミをしながら優は思った。
日本語は分かるものの、発音や言葉の使い方に慣れていない様子が伺える。恐らく、喋り方からして外国人なのだろう。
そして、優は手渡された一枚の紙を覗き込む。
「……えっとなになに、あぁメイド喫茶のビラか。まぁ、メイド服を着ているのだから店を紹介して当然か……いやマテ茶」
「脂肪フラグ!」
「はいはい、確かに中性脂肪燃焼には良いな、マテ茶。だが、そういう事を言いたいんじゃない」
ちょっと待てという意味。
ここは、オタクの聖地『オタロード』からとても離れている。その周辺で、メイド服なりコスプレをした人間がチラシを配ってお店の集客をするのなら話は分かる。
だが、メイド喫茶がひしめき合うその場所から、はるばるこんな飲み屋街や、住宅が立ち並ぶ街にどうして出向いたのか。
優は疑問を抱かざるを得ない。
「んで、ノアはどうしてこんな所で?」
率直な疑問を投げかけると、ノアは期待通りの質問をされたF欄大学の教授のような喜び方をしながら返答した。
「良い質問デース! 実はワタシ、貴方がここに来るのを待っていましたデス!」
「は、俺目当て?」
「ソウデス! 心もカラダも全てワタシのものデース!」
「……」
優は顎に手の甲を添え、現実から目を背けるべく眼を閉じた。
(月は出ているか……? そうか、宵闇に包まれているな。もうすぐ終ノ空というやつが俺を出迎え、救世主誕生の祝福の儀を執り行うのだろう。こんな心理バイアスな世界でも俺は……そうだな、こんな可愛い子と出会えたのだからもう十分だ、行けよヒーロー)
誰もが何を考えているかも分からないくらいに困惑している。
優がそんな心境の最中、ノアはインスタ映えするスイーツを見つけた女子のような目で優を見ていた。
「つまり、ワタシはキサマの大ファンなのデス!」
優はがくりと頭を落とし、注意した。
「大のファンが貴様呼ばわりするなよ……呼び方は大事だぞ」
「じゃあどうすれバ?」
ただ、ファンだと言われ嬉しかったのか、口角が緩んでいる。
「そうだな……ふっ、ならば俺の事はご主人様と呼ぶがいい!」
「お、おけデス、ご……ご婦人様サマ!」
「性別を変えるな、性別を。それにご主人様だ、様は一つ!」
躾のなっていない犬のようにノアを叱りつける優。
まんざらでもなさげな表情を彼女に向けるなり、尋ねた。
「っていうかなんで俺のファンなんだ?」
当然の疑問を投げかけると両手で頬を当て「待ってました!」と言わんばかりな反応。
「ふふふ、知りたいデスカ……古今東西のメイド事情に精通したワタシが、そのスベテを追求し、ヨウヤク見つけた答えッ!」
「分かったから早く言え」
ノアは勿体ぶるなり、意気高らかに答えた。
「……そう、貴方と関わるメイドは皆人気が出るのデスッ!」
「あ、なんだそりゃ?」
「コレを見てくださいナ!」
彼女のスマホを覗くとメイド喫茶のメイドランキングたるサイトが映っていた。そこにのっている女の子たちは皆……
「これ、今まで俺の推してたメイドばっかだな……」
そう、優が関わったメイド達ばかりであった。
それ故にか、ノアは興奮状態。
「そうデース! だからワタシ、貴方に会いたくて会いたくて脳が震えてマシタ!」
「それは自律神経障害だ、病院に行け」
「ンンーワタシ、日本語難シイ……」
「イントゥーホスピタル、オーケー?」
「ンンー……多分、文法が違うデース……」
優の学の無さが垣間見えてしまう瞬間である。
ノアを雑に扱いつつも、話をまとめに入った。
「ええと、じゃあお前は自分もメイドとして人気が出たいから俺に近寄ってきたって事か? いやいや自分に自信持てよ。ハーフで顔の形整っててすっげーキレイじゃん。俺がどうこうしなくても勝手に客が付くと思うんだが」
自身の解釈とともに、ノアを励ましにかかった。
すると、彼女は生産性の欠如した仕事の出来る女上司のように驚いた。
「ナナナっ、キレイですかワタシ⁉ 嬉しいデース!」
すると、ノアはハグをしようと飛び掛かってきた。
驚いた優は反射的に避けてしまう。
「ひでぶっ!」
某世紀末愚者の如き悲鳴を上げるノアに対して、優は言った。
「そ、それはダメだ……人との繋がりを感じたくて見知らぬ女とワンナイトラブをするほど俺は器用じゃない」
「なんのコトですカ……これはお礼ですヨ……」
「お礼でもここは日本だからやめてくれ、誤解される」
「別にワタシは構いませんガー?」
「いや、違うんだ……」
優は地面に尻餅ついたノアを立ち上がらせる。そして、神妙な面持ちで告げた。
「嫌われてしまったとはいえ、推し以外のメイドと接点を持つなんて、言語道断だ。推しの為なら死ななくてはいけないのがこの世の常……。だから、俺は、俺は……!」
自問自答に待ち飽きたノアは言った。
「ちなみに、ワタシが人気欲しさにご主人様に近寄ったわけではありまセーン」
人気が欲しかったのでは? そう優が考えるが矢先に、ノアは答えた。
「出禁になって傷付いたアナタを迎えに来たのデス!」
「どういう事かさっぱり分からん……」
そして、ノアは提案するように話す。
「つまりデスネ、メイドの傷はメイドで癒さなければなりまセン!」
ピクリと優の眉が動く。
「どうしてそんな事が言い切れる」
何故なら、メイドは今の優が傷付いた原因であるからだ。もう二度とメイドなんか見たくない——それほどにまで心が消耗してしまっている。
しかし、ノアは優の心を癒やす解決策を知っていた。
「理由デスカ……だったら答えてあげまショウ。
アナタは今、モウレツにメイドを欲している! 分かりマスか⁉」
「う、うぐぐ……」
そう、メイドの傷はメイドで癒すしかない。
ノアは意見を投げかけるが、いつまで経っても抵抗の意志を見せる優。
そんな煮え切らない態度に、ノアは挑発的な言葉を投げかけた。
「ハァ、まどろっこしいのデス。いつまで立ち止まっているつもりですか、このメンヘラテロリストッ! そんなアナタにメイドを語る権利はないのデス!」
「な、なんだと……⁉」
——とても屈辱である。
アイデンティティとさえしているメイド好きを、メイドに否定されたのだ。
当然、傲慢な優が黙っているハズもなく——
「くそっ、ふざけるな……俺の心が、愛が足りないっていうのかよ……!」
悔しさのあまり、憎悪をノアに向ける。今の優は、容赦なく悪事にも手をつけかねない程の、執念の籠った眼を宿していた。
だが、彼の憤怒する姿に薄く微笑み、納得のいったような表情になる。
「ふふ……ふふふふ……」
「おい、何がおかしい!」
優が怒鳴ると、ノアは答えた。
「やはり、アナタには素質があるのデス……! メイドをこよなく愛する全能感、器……全てを兼ね備えてイマスッ!」
まるで、演説家並みに声高に主張するノアに、優は尋ねる。
「素質……? もしや、俺を試したのか……⁉」
ノアはコクリと頷き、優に渡したチラシを指差す。
「先ホド渡したチラシのお店に来てください。恐らく出禁になった貴方なら来てくれると思って紹介したのです、きっと運命のような素敵な出会いがある筈デス!」
「出会い……? おい、それってどういう——」
しかし、メイドは多くは語らない。
「行けば多分分かりますヨ、ほなサイナラ~」
ノアはおっさん芸人顔負けの陽気なテンションで、スキップをしながら踵を返す。
「あ、おい待てよ……」
もちろん、優は追いかける。
だが、彼女の消えた曲がり角を覗くも、もう姿は見当たらなかった。
「……なんだったんだあいつ?」
真相は分からない。
恐らく、優が人との接触を欲しているのが分かったのだろう。まるで、ベランダから人々の姿を眺める青春ドラマの主人公のような……この背中から隠れた感情のサインを発してしまったのだろう。
だが、それは彼の知る所ではない。そして、改めて考え直していた。
「た、確かにメイドの傷はメイドで癒やさなくちゃいけないよな……」
優はノアから手渡されたチラシを覗き込んだ。
すると、驚きの事実に気付いてしまった。
「エルフローネ……? げっ、よく見たら俺のこの店知ってんぞ、えぇっ……」
優にとってあまり行きたくない場所だった。
その葛藤を代弁すれば、サブアカを作って行きたい気分だ……三百円投入して量産出来ないか? ついでに、初心者狩りをしてスコアと勝率を上げればハッピー。
ゲーセン通いのクズと似て非なる思考をすること数分——
「って何言ってんだ……せっかくメイドが俺を尋ねて来てくれたんだ、行く理由なんてそれで十分じゃねえか!」
優はそう言って項垂れた肩を上げ、気前の良い表情になる。
そして、決心を固めて帰路へと着いた。
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