凄まじき日々 ~メイド喫茶豚と人生の長い夏休み~

東雲ゆう

第1話 ウザ絡みは出禁の始まり

 ——快晴である。

 ミンミンとセミが鳴き、ジリジリとアスファルトを照らし続ける。

 そんな夏空の下を歩く一人の青年がいた。


 彼は葛本優クズもとすぐる——年齢不詳。

 身長は百七十後半、白のカッターシャツに身を包む男。不健康そうな色味の薄い肌ではあるが、やや引き締まった身体をしている。

 そして、いつも不機嫌そうな顔をしているというのが外見的印象だ。


 無職の優にとっては毎日が日曜日であり夏休み。

 今日も好き放題している一日——だが、彼の様子がおかしかった。

 前屈みに腰を曲げ、顔を掌で覆っては己が失態を責めているかのよう。


 ——実は、優にとって重大な事件が起きてしまったのだ。

 だが、不幸を一人で抱えるワケにもいかない。そう冷静な判断をした優は、重い足取りで、とある店へと足を運ぶのであった。



      ―――――――――――――――――――――――――――



 カランコロン。

 店に戻ると賑やかな喧騒と、優の帰りを待ちわびていた友が待っていた。


「あっお疲れ、どうだった?」


 耳障りの良い、澄んだ爽やかな声が出迎えた。

 彼はグラスを片手に、ツマミを齧りながら優の話を聞くだけ——深くは尋ねない。

 そんな湿っぽい空気の中で、優がポツリと漏らしたのだった。


「ってワケで、自転車盗られちまったんだ……」

「と、盗られたんだね……」


 友は神妙な面持ちで、頭を下げ落ち込んだ優を見ていた。


「あぁ、十字団の手先にやられた……奴らは相当俺が憎いらしい。移動手段を奪い、金を巻き上げて痛ぶる、まさに外道だ……」


 しかし、その場の空気に堪え切れなくなった友は——


「ふっ……」


 ——笑いを堪え、耐え忍んでいる……。

 あくまで端整な表情は崩さない。腹筋崩壊という言葉が似合わぬ友は言った。


「フフッ……じ、自治体に回収されたんだね。ちゃんと指定位置に停めようって言ったのに」

「くそがあああああああっ、こっから駅6個分も歩けるかよおおおおおおっ‼」

「ねぇ今どんな気持ち? どんな気持ち??」


 優は友人の元へ戻るなり愚痴を吐き出したが、この通り煽られる始末。

 それはさておき、ここはよくある一つのメイド喫茶——シャノアール。

 自然由来の家具をふんだんに取り入れ、森をコンセプトに創られたメイド喫茶である。


 どうやら、店の前に置いてあった優の自転車が、不法駐輪車として回収されてしまったようである。現場すぐ近くの貼り紙を見た優が慌てて電話をしてみれば、このザマだ。


「お前、俺がどれだけ電車代をケチっているか分かるか! あの馬鹿高い路線にどれだけ金を払いたくないか分かるか!」


 苦々しい顔付きで、優は笑いを堪えるキラを指差した。


「ふふふ、分かるよ。君はニートだから、金欠ってツラいよね」

「ニートじゃない! 自宅警備員だ!」


 三大めんどくさい要素『泣く、叫ぶ、暴れる』の全てを兼ね備えた優を宥められるのは彼しかいない。煌義景きらよしかげ——優の数少ない友人である。

 皆から『キラくん』と呼ばれている。


 キラは優と同じくらいの背丈に、ウルフカットの長髪が印象的な美形男子。

 中性的な顔立ちと、ハスキーボイスが女子の視線を惹きつける。

 メイド達から『令和の蔵馬和馬』と、妙なあだ名まで付けられているようだ。

 服装は常にバーテンダーのような恰好で、襟を立てた黒いブラウスに黒のリボンタイ。朱いサスペンダーのついたパンツ。派手さはなく、青い石のついた細いチョーカーをアクセサリーとして身に付けている。

 よくシンプルな服を着こなしており、キラの服装を総じて、メイド達から『メイドを殺す服』と名付けられていた。


 聞いたところによると、彼は道場で子供たちに剣道を教えていると主張しているが、信じて貰えないのが最近の悩みらしい。

 その理由は、どうしてこんなビジュアルで、ホワイトカラーな仕事をしているのだ。裏では女を食っては捨てているのではないか。

 その発言のせいで「ポイント稼ぎ」や、「虚言」だと客達から批難され、ついには天使殺し(メイドブレイカー)の異名まで持たされた。

 とにかく、キラの通り名は日を重ねるごとに増えていく。


「あーお前と一緒にいるとロクな事がねえ! 金もねえ、居場所もねえ!」


 そんなリア充的な外見を授かったキラだが、よくメイド喫茶に通っている。

 すぐにでも彼女を作れそうなルックスなのに、どうして女遊びに近いメイド喫茶に通うのか……と、近辺で疑問や議題が飛び交っているそうだ。

 それ故に、キラの存在がオタロード三大不思議となっている。


 実はホモではないか……? と噂も蔓延っているが、それはまた別のお話。

 そんな彼だが、よく優と一緒にメイド喫茶で遭遇し、だべって遊ぶ事があるのだ。


「とんだとばっちりだな……居場所はお前自身の問題だと思うんだがなぁ」

「うるせえ、どっかの漫画の変なボスキャラみたいな名前しやがって。俺が改名しちゃろうか、そうだな……今殻死濡陀浪(いまからしぬだろう・音隠れの里)なんてどうだ!」

「なんでNAR〇TOのマイナーな里が出てくるんだよ……」


 サラサラッと優が紙に書いた当て字を見るなり、苦笑するキラ。

 ちなみに、『煌義景』というのは源氏名で、本名はまだ誰も知らない。

 メイド喫茶界隈では客、メイドともに『源氏名』を使うのが主流だ。SNSのアカウント名や、リアルのあだ名がそれに通ずる。

 この界隈に住まう者たちにとっては、それを呼び合う事がどこか親近感が湧くらしい。


 また、源氏名を使うシステムはメイドさんの自己防衛機能も有している。彼女たちからすれば、本名を知られれば私生活に支障をきたし、最悪の場合ストーカーの被害に遭う可能性があって危ないからだ。

 ちなみに、稀に本名で活動する客やメイドも存在するが、彼らについて触れる事はやめておいた方が良い。

 と、二人が雑談する最中、ステップを踏んでやってくる少女がいた。


「お待たせしました、山盛りポテトですぅ~」


 満点での接客スマイルで、フライドポテトの乗ったお皿を持った店員。

 ——当然メイドである! スマイルは実質無料ッ! ここをどこと弁えるか!

 彼女はニコッと笑いながら注文された品をテーブルの上に置いた。


「うおおおおおっ、俺の最推しメイドのみよりちゃん待ってたぜ‼ ほらご主人様が貴様にあーんしてやろう、ほれポテトをやろう」

「そういうのはお断りしてます~」

「熱いのが苦手かそうか、ご主人様がふーふーしてやろう」

「えーだめですってぇ、キラさぁんなんとかしてくださいよぉ~」


 みよりさんは、優の害悪ムーブを笑顔であしらいつつも、キラに助けを求めた。


「優さ、ホントやめときなって、出禁喰らっちゃうよ?」


 ぎこちない表情でキラは答えた。

 周囲の客は皆、そのやり取りを見て笑っている。うるさそうにしている者もいるが、それとなく周囲が容認している空気を感じ、彼はどこか対応に困っていたのだ。

 そんな事もいざ知らず、優は憤慨する。


「いっつもキラ、キラって……まるで俺が迷惑な客みたいな言い方だな! こういう時はいいよなイケメンは、だから俺はお前といたくねえんだよ!」

「いや、迷惑がられているからこうなっているんだろうさ」

「実際どうなんだよ、みよりちゃんっ! 俺よりキラなのかっ⁉」


 優は尋ねると、メイドは失笑。


「……ふふっ」

「どうッ、してッ、だよおおおおおおおおおおおおお——っ‼」


 メイドは多くを語らない。だが、表情が事実を物語っていたのだッ!

 悟ってしまった優は、店内で身体を反り返らせブリッジポーズをした。


「まぁ……キラくんですから♪」


 メイドはウインクを交えてそう答えた。

 優も決して外見が劣るわけではないのだが、キラのビジュアルに関しては神。女の子の大好きが詰まった見本市。つまり、規格外なのだ。

 女の子たちは皆、気に入られようと自然とキラに話を振ってしまう。

 そして、メイドは暴れ狂う優に対して毒を吐いた。


「ご主人様、嫉妬はいけないですよー?」

「うるせえっ……どいつもこいつも、キラばっかに贔屓しやがって……」

「そんな事ないですよぉ~ね、キラさん? もちろん優さんにだって良いところはありますよねっ!」

「あーまぁ、あるんじゃないかなーうん、アルアル」


 メイドの当たり障りのない言葉に加え、キラの棒読み。

 にも拘わらず、優は調子に乗った。


「ふっ……そうだな! まぁ、俺がこんな奴に劣るとは一ミリ足りとも思っていないがな! 俺は頭が良いし自信家だし、何より中身が違う、だははは!」


 都合の良い所だけを聞き取った優に対して、キラは苦笑気味に「そういうところだよ」と言いたくなったが口を押えた。仮にも優は盛り上げ役。彼のバカ騒ぎを見て楽しむ輩がいるので、茶々を入れるの事に気が引けたのだろう。

 すると突如、客から大きな声でオーダーが入った。


「みよりちゃああぁぁぁぁぁぁぁんっ! もっとお酒と料理持ってきてよー!」


 叫んだ優の奇声並みにうるさい。

 そんな男の野太い声に、メイドが反応する。


「ごめんね、お客さんの対応しなきゃいけないから……。あっ、はあーいすぐ行きます!」


 彼女はぼそりと告げた後に、客へ返事をした。

 そんなメイドの後ろ姿を見るなり、キラは漏らす。


「まぁ、俺たちそんな金払ってないから仕方ないわな」


 メイド喫茶は大抵人手が足りていない。二人くらいでお客さんの相手をしなければならないのが一般的である。

 あまり声高に言うべきではない事だが、ここはモテない男たちが唯一女の子と喋れる場であり、客同士がメイドを奪い合うことがざらにあるのだ。

 だから、先ほどの客もあのように注文をすることでメイドに相手をしてもらおうとする。

 そんな当たり前な光景に、優は不満なようで——


「ぐぬぬぬぬ……俺の推しのみよりんを呼ぶなんてあの新参者……」

「ほら抑えて抑えて、吸って、吐いて」

「むぎゅ<……グロロぎゅぎゅぎゅうううううう……▽■×ちゃ×〇ぁかぶぶ……!!」


 ——優は殺意の波動に満ちていた……。


 彼は、毎日このメイド喫茶に通っている。

 健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、メイドを愛し、推し(メイド)を敬い、天使メイドを慰め、従者メイドを助け、その命ある限り、真心を尽くすことをメイドに誓っているのだ。


 何故ならそう……今去ったメイドは——〝優の推しメイド〟だからだッ!

 だから、優はこのメイド喫茶に毎日通っているのである。

 そのみよりは、その客にお酒を持っていく。すると、客は嬉しそうな顔を浮かべがらボディタッチをするのだ。


「へへっ、やっぱり若いねえ……肌がまだまだ柔らかくて」

「ちょ、ちょっと……お客さまそういうのは禁止です」

「いいだろうちょっとくらい、お酒が入ってテンションがあがってるんだよ。ねぇもっとこっちにおいでよ、もっと注文するからさ」

「やっ、だめです……だめですってぇ……」


 メイドが厨房の方へと視線を送る。

 その先には気だるげそうに仕事をする男、店長の姿があった。

 みよりに目を細めてアイコンタクトを送っている。店長は面倒ごとに巻き込むな、上客にはもっとサービスしろ、と言わんばかりの表情を浮かべている。

 そんな態度に、どこか諦めたみよりは客に肩を掴まれ、言いなりになるようソファに座る客の隣に座ることになった。


「うっわあ、あれ完全キャバクラじゃん……いいのあれ、風営法的に」


 キラが言うのも無理はない。メイド喫茶は一般的な飲食店に該当し、客に接待をするようなお店ではないのだ。このような光景を警察に見られれば一発でアウトである。

 しかし、こうでもしないと店の売上を取れないのが最近の経営事情である。

 それを知っているからこそ、とやかく口を挟めないキラであった。


「まぁ、金払わないボクたちにそんな事いう資格なんてないよね」


 そう思うのはキラを含む他の客も同じこと。店が続いて欲しい反面、こういった現状を黙認している。不景気だから仕方ない、皆もそう思っていた。


「まぁ、あぁいう客でも大事にするから売り上げも……ってあれ?」


 キラの目の前から優の姿が消えていた。

 どこに行ったのだろう……と見渡すとその客に立ち向かうバカがいた。


「放せよ……このブタゴリラ……ッ!」


 キレる優は、その客を持ち上げていた。

 尻と大腿に手を添えられ、身体が浮き上がる。そのまま彼は、向かい側のテーブルの上に男を放り投げた。当然、机上にはグラスや料理のお皿が並べられていて——




 グアアアアアッッシャアアアアアアアア——ンッッッッ!!!!!!




 まるで世紀末のような音がした。

 客の視線は優に釘付け、店内は一時の静寂に満ちる。

 そして、沈黙を打ち破るように優が吼えた。


「俺のメイドに……手ェ出してんじゃねえええええええぇぇ——っっ‼」


 悪役レスラーを退治する正義のヒーローばりの演出で、優は飛び掛かる。

 テーブルを足場とし、コーナーポストのように扱って見せた。

 ……よくある光景である。


『優のいない所に火は立たない』


 メイド喫茶界隈でこの言葉を知らぬ者はいない。

 なので、客は皆「また始まったか」と緊張感のない様子で彼らを見守っていた。


「おいおいおい……マジかよぉぉぉぉ~~~っ!?!?」


 キラの叫びも虚しく消え、二人は手を突き出し取っ組み合いになる。


 ……まさに、コミケの大手サークルッ!

 罵詈雑言が飛び交い、店外からの注目を集め、野次馬の群れが出来始めるのだ。

 スマホで写真や動画撮影しだす輩がSNSで拡散し、人を集めてしまうのである。

 そして、ようやく状況を察した店長が現れ、荒事は収束へと向かったのであった。






  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 あとがき




 読んで下さりありがとうございます。


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