【Ex- 117】The heart stronger than anyone


他の実験体たちを説得して回ったが、無意味だった。

何もできなかった悔しさと怒りが彼らを動かしている。


近隣諸国が彼らの動きをバックアップしているという話も聞いた。

悲劇を奏でる軍靴が近づいている。


何もできないまま、侵攻は始まってしまった。


実験体と普通の人間の区別がつかないのが幸いしたのだろうか。

山のような瓦礫に隠れながら、人々を助けていた。

表に立つことはできないから、議会が設けた避難所へ連れて行った。


救助をしていた時、無数の銃弾が少年を飲み込んだ。


「あっ……」


叫ぶ前に男が飛び出て障壁を張り、銃弾の雨を捌いた。

長い髪をさそりの尻尾のようにまとめていたあの男だ。

あの時まとめていた髪はほどかれ、まっすぐに腰までのびていた。

綺麗な人だと、改めて思う。


胴体や手足を犠牲にして、少年を守り切った。


「ごめんなさい! こんなことになるって思わなくて!」


「気にするな。私はいいから、さっさと逃げろ!」


「で、でも……」


「これくらい、どうってことないさ。

この先にカインたちがいるから。ほら! 早く走れ!」


少年は何度も後ろを振り向きながら、走り去った。

姿が見えなくなると、彼は膝をついた。

撃たれたところから出血し、赤く染まっている。


「……カッコつけたはいいものの、ここからどうしたものかな。

おい、そこにもいるんだろ。出て来いよ。

どうせなら、全員まとめて相手してやる」


ワタシは無言で出てきた。彼は挑発的に笑っていた。


「バラッド、来ていたのか」


「あくまでも、様子を見に来ただけ。

見つかってしまったからには、しょうがないけど」


攻撃しようと銃口を向ける。


「噂は本当だったんだ」


「何のことでしょう」


「いや、あの時は変な奴がいるって聞いてさ。

何かと思って来てみたんだけど……」


見慣れない人たちが現れ、こちらを観察している。

きな臭い何かをかぎ取ったのか、すぐに男は駆け付けたらしい。


「もちろん、襲って来たら戦う気でいたんだけどね。

言っただろ、こんな日に君みたいな人は」


背後で火柱が上がり、音もなく炎に飲み込まれた。


「地獄の業火で燃えてしまえばいい……ってね」


男は笑いながら、ゆっくり立ち上がった。


焼け焦げた死体が前に倒れた。ワタシだけを残した。

どんな技術や理論を積み重ねても、すべてすっ飛ばして跳ねのけるのが魔法だ。

あらかじめ仕掛けられた魔法陣なんて、感知できるわけがない。


「結局、何もしないで帰っちゃったでしょ?

偵察っていう割には堂々と歩いていたし。

正直、よく分からなかったんだよね」


彼はおどけるように、両手を広げてみせた。


「敵意は感じなかった。

というか、驚いていたって感じだったかな」


ぐうの音も出なかった。


「まさか、魔界がこんな場所だとは思わなかった。みたいな?」


語り続ける。


「けど、君たちはこうして武器を持って、私たちを襲撃している。

幼い子どもであろうと誰であろうと、相手は関係ないわけだ」


体はすでにボロボロで、とんでもない致命傷を負っている。

そのはずなのに、どうしてそこまでできる。


「君たちは兵器で、敵を倒すために存在する」


その口は止まらない。

今すぐにでもふさげばいいだけの話なのに、それができない。


「しかし、それと同時に戸惑ったわけだ。

魔界にいる人々は全員国家に刃向う悪者で?

それをまとめているのが、私たち評議会なんだってね?

ほんの少し外の世界に出て見れば分かるんだよ、そういうの」


倒さなければならない悪がいる。

どこか一発でも撃てばいいのに、体が動かない。


「けど、ここにそんな奴らはいなかった!

ここにいるのは、人間に虐げられて追い込まれ、逃げるしかなかった人々だ。

ここを支配するのは、そんな連中を助けていた奴らだ」


男の金色の眼がちらりと光る。太陽の光が似合う人だ。


「だから、引き金を引けないんだろ?

邪魔なものを都合よく排除しようとしていることに、ようやく気づいたわけだ。

さあ、どうする? 撃てるもんなら撃ってみろよ。私は逃げも隠れもしない!」


彼を撃つと同時に、魔法が発動する。

彼らと同じように黒焦げにされるだけなのだろう。

ワタシは銃を投げ捨てた。


「何者なのでしょう、あなたは」


「名乗ってもしょうがないと思うけどなあ。

私たちのことなんて知ろうとも思わなかったんだろ?」


「私はオペラ。あのとき、隣にいたのはブルース」


「……」


「誰しも必ず名前があるのでしょう?

本当はあのときに名前を聞ければよかったのだけれど」


「名前を知っていたなら、戦わずに済んだとでも?

対話の時間はすでに終わってるんだよ」


宣戦布告したあの瞬間、話し合いは終わった。

何もかもが手遅れだ。どうにもならないのは分かっている。


「ま、ここの人たちを助けてくれたのは感謝してる。本当にありがとう」


「感謝されるようなことはしていません。ワタシは戦えなかっただけです」


男はふらふらと歩きながら、ワタシの横を通り過ぎた。

そうか、心が折れていないんだ。

どれだけ体が傷ついても、この人が倒れないのはそういうことだったのか。


「私は他のところに行くけど……どうするかは君次第だ。好きにすればいい」


そういう割に、魔法陣は解除しない。ただで見逃してくれたわけじゃない。

よく考えてから行動を起こさなければならない。悲劇を起こしてはならない。

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