5-3

 父は、でもな、と前置いて言葉を継いだ。

 「どうしても怖い時は立ち止まってもいいんだ。止まることは悪いことじゃない。前進することが全てじゃない。自分のいく先が分からなくなったら何度だって立ち止まっていいんだ。自分は何がしたいのか、どうすべきなのか、よく考えなさい。考えたことは一つもムダにはならないから。特にこれから生きていく上で、きっと仕事の悩みは尽きることはないと思う……」

 父が一呼吸置いて、またゆっくりと話し出す。

 「悠、駿、よく聞きなさい」

 その言葉に、二人が父の方を見る。

 「俺はな、仕事ってのは、字のごとく『つかえる事』だと思ってる。世の中にある仕事ってのは誰かのためにあるものばかりだ。仕事するってことは、そういった誰かの役に立てるように、目上の人だったり、はたまた世の中そのものだったり、何かに仕えることだと思ってる。まぁ、ちょっとこじ付けが過ぎるかもしれないがな」

 照れ隠しに父が笑う。

 「悠、駿、お前達は仕事は何のためにするためだと思う?」

 小学生の子どもに話しかけるかのような口調だ。

 「やっぱり金のためだと思うか?」

 父は二人の子ども達の顔を見る。

 「確かに金は大事だ。口ではどんな綺麗事言ったって、結局金がなければ何にもならん。守るべき家族がいるなら、家族を食わせてもいかなくちゃならん。でもな、何よりも大事なのは、やっぱり自分のしてる仕事に誇りや自信を持てることだと思ってる。俺はそれを決めるのは、どんな仕事をしているか、よりも、仕事をする時自分の周りに誰がいるのか、じゃないかと思うな。やっぱり仕事をしている時に誰が傍にいるかが重要だと思う。確かに、お金稼ぎのためだけ、と割り切って好きでもない仕事するのも一つの道ではある。けど、そういうのって長続きしないんじゃないのかな。やはり出来ることなら、そういう道は避けるべきなんじゃないかと思うな。まぁ、古臭い俺の持論だがな」

 父がまた笑う。いつくしむようなやわらかな眼差しで、二人の息子達を見る。

 「お前達はもう立派な一人の大人だ。もう何があっても自分の足で歩いていく力を持っている。駿が二十三で、悠が二十五か…。いつの間にか成長してたんだな…」

 しみじみと嚙みしめるように言う。

 「駿、父さんも母さんも、もちろん悠佑も、いつだってお前の味方だ」

 「ありがとう。マジであの時にーちゃんが連絡くれなかったら、オレどうなってたかわかんないと思う…。だからマジでにーちゃんには感謝してる」

 「別にそんなことはいーんだよ。俺も今回の件で配慮が足りなかったって反省してるし」

 今まで部屋の隅で、丸くなるように膝を抱えて座っていた悠佑が顔を上げる。

 「いや、悠はよくやってくれた。本当にありがとう。やっぱりお兄ちゃんだな」

 父に持ち上げられて、悠佑は面映ゆい気持ちになる。

 「駿、私達がついてるから大丈夫よ。あなたの人生なのだから、あなたの好きなように生きなさい」

 母が声を潤ませる。

 「ありがとう」 

 「これからは電話もそうだけど、時々実家にも顔見せなさいね」

 「うん」

 駿佑は泣いていた。

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