Bar24本目:村の宿

善哉ぜんざいさっ、馬車の扱い、大分上達して来たんじゃん?」

 手綱を握って馬車を進ませる俺に、七妃が言った。

「そうかな?」

「うん、さっきキツネちゃんが来た時も直ぐに止めれてたし」

 いや、アレは黒風のお陰だと思う。謙遜でも何でも無く。

「基本的には道なりの旅だしね。これであーしも、疲れた時には安心して後ろで休めるかなっ」

 それでも信頼されるのは嬉しいし、何よりも、その時にはゆっくり休ませてあげたいし。敢えて言い繕う様な事はしない。

「良かったら、今からでも休むか?」

「んーん、今は良いや。ね、善哉ぜんざいっ」

 返事よりも早く、あずきボーを突き出す。

「へへへっ、もうあーしら以心伝心だねっ」

 それを受け取った七妃は、大事そうに両手で木の棒の部分を持った。

 以心伝心って、俺の気持ちが伝わっていたら困るんだが。

 ……何だか、黒風の視線も感じるし。


 その村には、陽が傾く前に着いた。

 マイさんに言われた通りに、村の入り口の脇に有った杭に黒風を繋ぎ、その横の箱に乾草を多目に入れておく。

 足りるかは不安だから、確認の為に夜寝る前にでも見に来よう。

「ぢゃ、黒風ちゃん、また明日ねっ」

「ブルルル」

 必要な荷物をリュックに纏めて背負い、身体を撫でながら挨拶をした七妃に、黒風は頷いた。そう言えばブラシは買ったけど、ブラッシング時の水はどうすれば良いんだろう。調達手段も考えないといけないな。

「さーてっ、宿を探さないとねっ!」

「探すって言ってもさ。見た感じそんなに家も多く無いし、探すのは大変では無さそうだけどな」

「うん、寧ろ有るかの心配。まっ、無かったら馬車の中で寝れば良いだけだしっ」

「……そうだな」

 荷物を避けて2人寝転がれるとは言ってもそんなに広く無いし、俺、ちゃんと寝れるかな。

「あっ、有った!」

 そんな心配とは裏腹に、村に入って直ぐに七妃が声を上げた。

 何の事は無い、村に入って直ぐの建物が宿だったのだ。

「すいませーんっ! いてますかーっ?!」

「はい、空いておりますよ。お2人ですか?」

 七妃が扉を開けながら訊くと、中から人の良さそうな女性の声が返って来た。

「うんっ」

「お部屋は一緒にしますか? 別々ですか?」

「んー、高い買い物したし、一緒でも良いかな? どうする、善哉ぜんざい?」

 別々の方が気が楽では有るけど、お金の事を言われた後だと、それが良いとも言い辛い。

「そうだな、この先幾ら位必要になるか分からないから、節約した方が良いかもな」

「うんっ、だよねっ! ぢゃぁお姉さん、2人部屋でっ!」

「承知しました」

 提示された金額を支払い、部屋の鍵を受け取る。

 集落の規模なのか何なのか、これまで泊まって来た2つの宿より、少し安めだった。

「こちらの宿には露天風呂がございますので、ぜひお楽しみ下さいね」

「露天風呂っ!」

 宿のお姉さんの言葉に、七妃は目を輝かせて食い付いた。

「はい、ここらは火山が有名なのでご用意させて頂いております。男女別と混浴がございますので、お好きな方にどうぞ」

「こんよくっ?!」

 そして、今度は固まった。

「ええ。混浴風呂では、湯浴み着を着用してお楽しみ頂けます。脱衣所に置いてあるので、ご自由にお使い下さい」

 湯浴み着でならまだ、……とは思ったものの、どれ位露出を隠すのかによって、今後の旅のやり辛さも変わって来るよな。

「……別々かな」

「……はい」

 俺の呟きに、静かに頷く七妃。流石に動揺が隠し切れない様だ。

「今日はお客様以外は居ませんので、お好きな様にどうぞお楽しみ下さい」

 そう言って、お姉さんは満面の笑みを浮かべた。

「お好きな様に……」

 お姉さんの言葉を小声で繰り返す七妃。気まずいから、ぶっこまないで欲しかったな。

「それじゃあ、部屋に行こうか、高茶屋」

「う、うん……。あっ、待ってよっ!」

 部屋に向かって歩き始めると、それに気付いた七妃は後を追って来た。

 この宿は街の物と比べると格段に小規模なので、カウンターの左側の奥が通路になっていて、そこに客室数部屋と温泉があると云う造りになっている。

 俺達の部屋は、その一番手前だった。

「高茶屋」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 ……まだ、お姉さんの言葉に当てられてるのか。

「夕飯を食べに行くのは、少し休んでからで良いか?」

「そ、そだねっ! 楽しかったけど、疲れちゃったしっ!」

 部屋に入って荷物を置き、ベッドに横になる。乗合馬車の時よりも時間こそは短かったけど、あの時とは違う疲労感が体中に感じられた。

 参ったな、魔法に関する本の続きを読もうと思っていたのに。

 閉じ掛けた目で七妃をボンヤリと見ると、ベッドの足元の所に座って本を開いている。

 気を散らせない様にゆっくりと身体を起こし、バッグから昨日買った物語の本を取り出して表紙を開いた。

 これは、疲れさえ無ければ学術書の続きを読みたかったのだが、物語の方が少しでも読み続け易いと思ったからだ。


「――ねえ善哉ぜんざい、そろそろご飯行かないっ?」

 気が付くと、七妃が俺の目の前に立って見下ろしていた。

 いつの間にか俺は、魔法の起源の物語に夢中になっていた様だ。そんなに分厚い本では無いが、いつの間にか半分程読み終わっていた。

「ああ、悪い、行こうか」

 慌てて立ち上がると、七妃は口元を綻ばせた。

「その本、そんなに面白いの? 声掛けても全然気付かない位に集中してたし」

「そんなに集中してたか?」

「うん」

 ……お道化てみせた物にそんなにあっさりと返されると恥ずかしい。

「ああ、この本の中身は魔法の起源と言うか、この世界の在り方にも大分関わっているみたいでさ」

「へえ、そうなんだっ。読み終わったらあーしにも読ませてっ!」

「勿論だよ」

 これは七妃も読むべきだと思う。

 人とは違って自分だけが魔法を使える少女の、物語を。それに起因する、苦労の物語を。


 宿のお姉さんが教えてくれた食堂に行って野菜スープとベーコンに舌鼓を打った俺達は、暗くならない内に宿に戻った。

「ぢゃ、あーし、女風呂に行って来るんでっ!」

 部屋に着くなり、七妃が高々と宣言した。

「ああ、俺も男風呂に行って来るよ」

「当然だしっ!」

 ……何で怒られた?

「鍵は……大丈夫かな? 俺達の他にお客さんいないみたいだし」

「んっ、そうだね。出る時間を合わせようにも時計が無いしね」

 尤も、カウンターでお姉さんに預けておけば良いんだろうけど、それはそれで面倒臭い。

 2人共タオルだけを持って、お風呂に向かう。

 元々着ていた服を身に着けている時は、入る前に一度魔力で消して、お風呂を上がってからもう一度出せば良いだけなのでとても楽だ。綺麗になっているおまけ付き。

 風呂場への入り口は、もう一部屋を越えた先に有った。男女別々になっている。

「ぢゃ、善哉ぜんざい、また後でねっ!」

「ああ、また後で」

 声を掛け合って、脱衣所に入る。

 中はこじんまりとしていて、奥には混浴と男風呂、それぞれの入り口が見えた。

 取り敢えずタオルを籠に入れて、着ている服を消す。……便利過ぎるから、せめて今度は脱いでから消す事にしよう。

 湯浴み着と思われる物が混浴風呂の入り口の前に積んであるが、取り敢えず今は男風呂に行くから良い。

 男風呂への扉を開けると、心地良い蒸気が身体を包み、少し疲れが取れた様にも感じた。

 桶でお湯を掬って体を流し、温泉に浸かる。

 チャポ。

 足からゆっくりと身体を沈めて行くと、先程の蒸気の時とは比べ物にならない程に疲れが消えて行く。まるで、お湯に溶け出して行く様に。

 目を閉じて心を鎮めながら、今日一日の事を反芻する。

 王都を出発し、馬車を操縦し、お昼を食べ、黒風が魔製キツネを踏み付けて倒し、この村に着いて……。

 ふと、さっき読んだ物語のイメージを試したくなった。

 主人公の女の子が精霊に話し掛ける時、自分の力――詰まり魔力を使っていた様に書いて有ったのだ。

 前に話し掛けた時に返事が無かったのは、魔力を使っていなかったからかも知れない。

 やってみてもし勘違いだったとしても、それで終わる話だ。


 これまで使って来た事に因って掴んで来ている魔力の流れをイメージして、話し掛ける。


 すると――。


『やあ、ヨシヤ君、初めまして』


 そんな声が聞こえた――。

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