Bar16本目:いざ王都へ

「じゃあ、お2人さんは守衛として乗車で良いね。銀貨2枚だよ」

 馬車乗り場のお姉さんに、言われた分の銀貨を渡す。

 昨日、ここで説明を訊いた時には『』と言っていたけど、実際は半額になっている様だ。

「危険が無かった場合は問題無いけど、何か有った時に働かなかったら、着いた所で不足分貰う事になっちゃうから、気を付けてね」

 お姉さんの、追加の説明。成る程、その時には普通の乗客扱いになると云う事か。

「お2人さん以外にも守衛として乗る人達は2組居るから、いざとなったら連携すると良いよ。それでこれが、守衛さん用の乗車券。降車時に向こうの人に渡してね。それじゃ、もう直ぐ出発だから、乗り込んでおくれ。席は自由だからね。良い旅を!」

「丁寧にありがとうございます。頑張りますね」

「ありがと、お姉さんっ!」

 お姉さんに手を振りながら、2人並んで馬車に乗り込む。

 ずっとお姉さんの『お2人さん』との言い方にムズムズしていたのは、これから先の道中、胸の奥に秘めておこう。

 よく見ると七妃がいつに無くおちょぼ口になっているので、若しかしたら内心は同じなのかも知れない。


 馬車の中のシートは3人掛けのボックスシートになっていて、既にその殆どが埋まっていた。

 確かにこれなら、馬が3頭繋がれていた理由も分かる。

 空いていた中程のシートを目指す内に、お姉さんが行っていた俺達以外の守衛2組はそれと分かった。

 2組は、通路を挟んだ隣り合わせに座っていた。

 見た目的にも厳ついのはそうなのだが、何よりもグループの醸し出している雰囲気が違う。これがオーラと云う物なのか。

 恐らくは、俺達と同じ理由で王都に向かうのだろう。機会が有ったら、訊いてみるのも良いかも知れない。

「済みませーん! 若しかして、シュエーとして乗ってる2組って、お兄さんお姉さん達ですかぁっ?!」

 ――って、こらっ! ……いや、ギャルとしては正しい流れかも知れないが。正しい流れってなんだ。

「ん、ああ、そうだが……。なあ」

「え、ええ、こっちもよ」

 その2組の代表っぽい身形みなりの通路の七妃を挟んで、言葉を掛け合った。2組は知り合い同士なのか?

「あーしらもなんで、よろしくねっ!」

「ああ、突然済みません。こいつ、怖いもの知らずで」

 ……っと、これも失礼だったか。

「いや、遠慮無く話し掛けられる事も、俺達みたいなのには必要なスキルだからな。若しかして、お2人も王様の招集に?」

 立派なマントに身を包む男性が、俺達の顔を見比べながら訊いて来た。

 まあ、この人達から見たら、俺達なんてとても同業には見えないだろうな。

「はい、噂に聞いて、行ってみようと。俺達も、何かの役に立ちたいと思って」

 ルナ様の事は隠して、伝える。尤も、伝えた処で虚言扱いされるだけだろうが。

「そうか、まあお互い頑張ろう。先ずはこの馬車がちゃんと王都に着けるかだがな」

「え? 何か、危ない事でも――」

「はい、じゃあ出発しますよ! 皆さん、席に就いて下さい!」

「あ、はい、じゃあ皆さん、また後で」

「ああ、よろしく」

「よろしくね、お2人さん」

 何やら不穏な発言の理由を訊こうとした処で御者さんが顔を出したので、急いで空いている所に2人並んで座った。

「さっきの、何か有るのかな?」

「知らなーい。でも、善哉ぜんざいなら大丈夫っしょ?」

「何だよ、その謎の信頼感」

「えっ? だって、あずきボーだし」

 ……謙遜した心算だったけど、俺への信頼感じゃ無かった……。

 そうだね。あずきボーは最強。



   //////



「そう言えばさ? 王都に着くのっていつ頃なんだろうね?」

 シャクっ。

「ああ、言われてみれば訊いてなかったな」

 シャクっ。

「えーっとね、明日のお昼だって!」

「「えっ?!!」」

 動き始めた馬車の中、例によってあずきボーを齧りながら話していると、頭の上から子供の声が聞こえた。

 見てみると、背凭れの上から、まだ10歳位に見える男の子が笑顔を見せていた。

「へーっ、1日以上の長旅なんだねっ! ありがと、ボクっ!」

 その子に声を掛ける七妃の顔は、とても優しい物だった。これは弟にも見せていた笑顔なのかな。

 振り向いて背凭れ越しに後ろの席を見てみると、男の子の両親と思われる大人の人が、既に眠りに就いている。

 話し相手が居なくて、退屈なんだろうな。

 それにしても、念の為にとパンや総菜を多めに買い込んでおいて良かった。

「ボクじゃ無いよ、リュートだよ!」

 子供扱いされて不満だったのか、リュートはむくれて見せた。

「ごめんごめん、リュート君っ! ちゃんと座ってないと危ないよ?」

 対する七妃は、ギャルモードとお姉さんモードの狭間を揺蕩っている感じが見て取れる。

 うん、良いな。

「へーきだよ! 馬車に乗るの、4回目だもん!」

「へえ、そうなのっ?! じゃあ、もう立派な冒険家だねっ」

「でしょー? 僕、冒険家!」

 ついさっきむくれていたリュートは、もう自慢気な笑いを浮かべている。

 流石はお姉ちゃん。1人っ子の俺には出来ない、立派なスキルだ。

「でさ、お姉ちゃん達、何食べてるの? なんか涼しいけど」

 ……ああ、これか。

 手元のあずきボーを見る。そう言えば、アイスクリームもお店で見掛けなかったな。

 王都とか、偉い人なら知っているんだろうか。

 もう1本くらいは全然出してあげる事も出来るけど、どう答えるのが正解なんだろう。

「ん、食べてみる? はい、リュート君、あーん」

「あーん」

 七妃が差し出したあずきボーに、リュートが齧り付く。思わず、その様子を見守ってしまう。

 シャクっ。シャクシャクシャク。

 程良く柔らかくなっていたあずきボーを齧り取って、咀嚼するリュート。

 シャリッシャリッシャリッ……。

「何これ、冷たくて美味しい……」

「はい、あんまり食べるとお腹壊すから、おしまいねっ!」

「うん、ありがとうお姉ちゃん!」

 満足したのか、笑顔を残したリュートは頭を引っ込めた。

「ちょっ、善哉ぜんざいそんなに見るなしっ!」

 身体を背凭れに落ちつけた七妃は、俺の視線に気付いて避難の目を向けた。

 ……ああ、俺、見てたのか。

「悪い、今まで見た事が無い高茶屋だったから、つい」

「もうっ! ま、別に良いんだけどさー」

 シャクっ。七妃はそう言ってまた、一口分齧り取る。

「あ、ひょっとして善哉ぜんざいも、『あーん』して欲しかったとか?」

「そ、そんな事無いけど……」

「んー? ……けど?」

 顔を寄せて、ニィッと笑う七妃。こう云う時のこいつは意地悪になるって、何となく分かって来た。

「はい、善哉ぜんざい、あーん……」

 こんなに挑発されて乗らないのも癪だ。

 シャクっ。差し出して来たあずきボーに齧り付く。うん、美味しい。

「あはははは、どう、よしや君、美味しいですか?」

 くっ、こいつ、子供扱いして……。

 これでこの後顔を真っ赤にして照れるとかだったら、キュンとしてやらなくも無いけどな。

 ……って、何様だ、俺。

 シャクシャクシャクシャクシャク。自分の分のあずきボーを食べ終えると、残った木の棒にもう一度魔力を籠めて消した。

「あ、善哉ぜんざい、あーしの分もよろしくっ!」

 七妃から渡された物も、同じ様に消す。七妃がかき氷機と器セットを片付ける時も、同じ理屈で消している。

 昨日思い立って試してみたけど、俺はかき氷機を消せなかったし、七妃は棒を消せなかったから、出した人だけが消せるらしい。

 因みに今俺達が来ている転移時に来ていた服も、同様に消す事が出来た。そしてもう一度出した時には綺麗になっていたので、この服もそれらと同じ扱いらしい。

 洗濯が必要なのはこの世界で買った服だけという事が分かったので、随分気が楽になった。

 ただ、郷に入っては郷に従えとも言うし、色んな服を着て喜んでいる七妃を見たいし、買い続けて行くと思う。

「ふぁーあ、食べ終わったら眠くなっちゃった。ちょっと寝て良い?」

「ああ、何か有ったら起こすよ」

「ん、よろしくー」

 そう言って、七妃は顔を向こう側に向けて寝てしまった。

 ……せめて自然に目を覚ますまで、何も起こらない事を祈る。

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