Bar3本目:そして異世界へ

「「ダ、ダメ」だ!」

 ガキィィィィッ!

 俺と高茶屋が止めるのも間に合わず、ルナ様の綺麗に並んだ歯が、あずきボーに突き立った。

 目を見開いたまま、動きを止める、俺達のこれからの命運を握る女神であるルナ様。

「……大丈夫ですか?」

 恐る恐る訊ねると、虚空を見ていたルナ様の目が俺に焦点を合わせた。

『成る程。これは凄い物ですね。食べ物では無いのですか?』

「いえ、先程仰っていた様に、氷菓子です。ただ、異常に硬いのが特徴で」

 そう返すと、ルナ様は改めてあずきボーをマジマジと見詰めた。

『なら、少し溶かせば良いんですね?』

 そう言ったルナ様は、もう一度大きく口を開けて、今度は歯ではなく唇で迎えに行った。

「「あっっ!!」」

『……唇がくっ付いてしまいましたね。どうすれば良かったのでしょうか』

「溶けるのを待つのが正解なんですが、ちょっと時間が掛かるんだよな」

「あっ!」

 考え始めた俺の横で、高茶屋がポンっと手を叩いた。

「ねね、ルナ様っ。あーしの考えてる物、出す事出来るっ?」

『はい』

 ルナ様の返事の後、その目前に1つの物がフッと姿を現した。

 あっ、これは……。

『これは、どうやって使うのですか?』

 それは宇村屋が開発したあずきボー専用かき氷機だった。丁寧に、ガラスの器と銀のスプーンも付いている。

「えっとね……。取り敢えず、唇は外せそう?」

 ルナ様の横に回り込んだ高茶屋が、咥えられているあずきボーのボー部分……棒部分を支えながら訊ねた。

『少し待って下さい。無理に外すと、唇が持って行かれてしまいそうで……』

 落ち着いた声でそう頭に伝えて来たルナ様は、ゆっくりとあずきボーから唇を外した。

 ……大丈夫かな、この女神さま。

『大丈夫ですよ?』

 突然俺の方をキッと睨んで来たルナ様。その形相に、思わず視線を逸らす。

 そうだ、この女神さまは人の頭の中を読んで来るんだったな。

『それは違います。読みたくて読むのではなく、読んでしまうのです』

「はあ、それは難儀ですね」

『ええ。この能力の所為で、ここに来られた方に、よく怖がられてしまいまして』

「ふんふんふん~っと! はーいっ、出来ましたよっ!」

 いつの間にかあずきボー1本分をかき終わっていた高茶屋が、ルナ様の手にかき氷の入った器とスプーンを持たせた。

『これがあずきボーのかき氷ですか。どれどれ……』

 ルナ様は楽し気に、一口分をスプーンで掬って、口の中に運んだ。

 シャリッ。

 涼しげな音がして、ルナ様は蕩けた目をして頬を緩ませた。

『美味しいです、これ。元のままの状態の物も食べてみたいけれど、それはまたあなた方を転移させてからの時間が有る時にするとして……』

 そこで一旦区切ったルナ様は、かき氷機を見た。

『高茶屋さんにはまず、これを出し入れする能力を差し上げましょう』

「やった! あずきボーが有ってかき氷機が無いなんて、カレーなのに福神漬けが無いみたいなもんだもんね!」

 食べ物を食べモノで例えるのもどうかと思うが、物足りないとかそう云う事だろうか。

 因みにうちはカレーにはラッキョウ派だ。……った。

 実はかき氷機も無かったから、それを愉しみにしておこう。

『これだけではなんなので、高茶屋さんにはもう1つ何か……』

「じゃさ、……こんなのは貰える?」

 少し真面目な顔をした高茶屋は、ルナ様に耳打ちした。

 そんな事をしなくても、ルナ様には分かるのに。俺に聞かれたくないと云う、意思表示かな。

『そうですね』

 横目に言い切る、ルナ様。

 ……何この急な疎外感。

 そんな俺には取り合わず、話し終わった様子の高茶屋の頭に手を乗せた。

 そして暫くしてから高茶屋と小声で何事かを話した後、2人揃って俺の方を見た。

 2人とも外見は良いから、ついついドキッとしてしまう。

『外見とはどう云う意味ですか?』

 何でさっきから俺に当たりが強いの、この女神さま。

 ……って、さっきの事が尾を引いているのか。ごめんなさい。

『分かれば良いんですよ。さっ、こっちに来て下さい。あなたにも能力を授けましょう』

 手招きをされたので、ルナ様の前に歩み寄る。

『では、あなたにはあずきボーを出す能力を授けますね』

「は、はい!」

 俺の返事を聞いたルナ様は、満足気な微笑を浮かべ、俺の頭にその手を乗せた。

 ルナ様の手は、凄くヒンヤリとしていた。

 ――と、俺の頭の中に、そのあずきボーを出す能力のアレコレが怒涛の勢いで流れ込んで来た。

 何で俺が貰える能力が1つなのに高茶屋は2つ貰えるのかと少し不満にも思っていたのだが、そう云う事だったか。

『そう云う事ですね』

 にこやかに笑い掛けて来たルナ様に、笑顔を返す。

「どういう事?」

 小首を傾げた高茶屋は、しかし、直ぐに一緒になって笑い出した。


   //////


『では、そろそろ転移して頂きましょうか』

「えーっ?! もうっ?! 折角仲良くなれたのに!」

 ルナ様の宣言に、高茶屋は寂しそうな声を上げた。

 結局俺達は皆で笑った後、ルナ様が出してくれたあずきボーを1本ずつ食べながら、会話を楽しんでいた。

 ――俺達は、と言うより、ルナ様と高茶屋は、と言った方が正確かも知れないが。

 何にしても、高茶屋が楽しそうにしているのは見ている俺も嬉しい気分になる。

『うふふ』

 ……とそんな妙な笑い声と共に、ルナ様は流し目を寄越して来た。ルナ様のエッチ。高茶屋には言うなよな。

『分かってますってば』

「もう! ルナ様と善哉ぜんざい、見つめ合っちゃって何やってんの! エッチ!」

「いや、それは何でだよ」

 これは高茶屋がちょっと何言ってるか分かんない。

「だってあーし、ルナ様みたいにスタイル良くないし、肌焼いてるし、髪染めてるし!」

 どうした急に。

「全然、そんなんじゃ無いから! それにほら、ルナ様は女神さまだから、そんな劣情なんか抱いたら、不敬だろ?!」

 ……ここに来て俺は、何の言い訳をしているのだろうか。

「それ、本当? 本当に違う?」

「う、うん。違う違う」

『ふうん、違うんですか?』

「「ちょっっ?!」」

 ルナ様、こんな時にぶっこんで来るのはやめて下さい。

 ――と思った途端、ルナ様が楽しそうにケタケタと笑い出した。

『ごめんなさい! あなた達と3人で話すのが楽し過ぎて! 普段はここに私1人ですし、偶に誰か来ても1人だし、直ぐに転移や転生して行ってしまいますし』

「なんだ、あーしらをからかってただけなんだね。疑ってごめんなさい、ルナ様」

『良いんですよ。悪いのは私ですので』

 ん? 高茶屋、俺には?

「ね、ルナ様。もう会えないの?」

『そうですね。ここは、不慮の事故で命を失った方の救済措置として、異世界に送る所ですので。また会う時が来るとしたら、あなた方が何らかの事故で死んでしまった時になってしまいます。それに、また直ぐにお別れをする事に……』

 淡々と言いながらも、どこか寂しそうなルナ様。

「そっか。じゃあもう、あーしら、会わない方が良いんだね」

『はい。お2人と話せて、楽しかったです。これから行く世界での魔王討伐、お願いしましたよ』

「わっ! 忘れてたっ! あーしらが貰った能力で、どうすんのっ!」

 高茶屋が俺の腕を掴んでブンブンと振った。勢いが凄いので、地味に痛い。

「それなら、多分大丈夫だと思う」

「マッ?!」

 また出た、マッ。

「……まあ、善哉ぜんざいがそう言うんなら、信じるけどさっ」

『ふふふっ』

 俺達のやり取りを黙って聞いていたルナ様が、意味深に笑った。

『では、今度こそ本当に転移して頂きますね』

 ルナ様が横並びに立っている俺達に手を翳すと、段々視界がひかりに包まれて行った。

「バイバイ、ルナ様っ! あーし、忘れないからっ!」

「お、俺もっ!」

『……有り難うございます。どうか、御武運を……』

 ひかりに紛れ見えなくなって行くルナ様の頬を、光る物が伝った。

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