第16話 ひ弱な僕にできること


 誰かミュートボタンを押したんじゃないかと思う程に、一瞬にして静まり返る教室。

 各々が数人のグループになって机を向かい合わせて食事をしていたのに、誰もが箸を止めて此方の出方を伺っている。あからさまにこっちを見ようとはせず、でもチラチラと僕達の一挙一動に気を配っていると言った状態だ。


「・・・失礼します!」

 僕が大きな声で挨拶して、初めて踏み入れる三年生の教室は僕の教室よりも全体的に物や掲示物が多く、そこにいる生徒たちも心なしか大人っぽい。

 ただ、そんな上級生たちは一ミリも油断を見せずに僕の―――いや、僕の背後に立つ長い赤髪に注目している。


「あ、赤鬼・・・? と、なんだあの小さいのは」

「ネクタイの色、一年生だよな」

「もしかして赤鬼の舎弟? いや、パシリかも」

「ねぇ、あの子いじめられてるんじゃない。誰か先生呼んできなよ」

 やっと漏れ出した心の声は、なんとも困惑に満ちたものだった。

「あっ、さっき自販機の前で話しかけてきた一年じゃん」

「本当だ、やっぱり赤鬼にいじめられてたんだ」

 教室の中央に居座る集団の中に、さきほど会った先輩達もいた。先輩たちは期待半分不安半分の目で僕を見るが、声をかけようとはしない。

 よし、これだけ注目していれば充分だ。注目度は充分だけど、僕の荒い作戦がどれだけこの人たちに通じるのか、これはやってみないとわからない。


「ふぅ」

 僕は精一杯冷静を装って、後ろを歩く大和さんに話しかける。

「大和さんの席はどこですか?」

「そこ」

「窓際の一番後ろだ。いい席ですね」

 見回さなくても部屋中がどよめき立つのを感じる。当たり前だ、ちんちくりんの一年生があの赤鬼を名前呼びしてヘラヘラ笑っているのだもの。


「いいですか、大和さん。午後はちゃんと大人しく授業を受けてくださいね」

「「「!!!??」」」


 何人かの肉体自慢っぽい男子が中腰になる。僕が殴られたら止めてくれようとしているのだろうか、意外といい人もいるんだな。

「わ、わかった、ナオの言う通りにするよ」

 大和さんは心中悔しいだろうけど、それを一切表に出さずコクコクと僕の言葉に頷いてくれている。ちょっと棒読みだ。

 さぁ、これで三年生の先輩方は大分この状況が理解出来てきただろう。


「お、おい、ちょっと待てよ一年」

 予想通り、数人のクラスメイトが僕達に声をかけてきた。どうやら自販機にいた先輩の友達みたいだ。

「もしかしてそいつに授業出させる気じゃないよな」

 聞いていた通り、このクラスの人達は大和さんを腫物扱いしてクラスから排除したがっている。一対一では叶わないからか複数人で固まって同調圧力による攻撃で大和さんを追い出そうとしているんだ。

 自分達と同じじゃない奴は仲間じゃない、居場所は無い、本当にやっていることが幼稚過ぎて許せない。

「そうですよ、ここ。大和さんの席であってますよね?」

 ちょっと切れ気味の先輩は非常に怖いけど、初対面の大和さんに比べれば全然可愛らしいものでヒグマとブルドックくらいには小さく見る。おかげで僕も肝が据わって来たのだろうか、それなりのポーカーフェイスで対応できる。

「一年だから知らないのかもしれないけどよ、そいつは赤鬼って呼ばれてるとんでもないヤンキーなんだよ。見た目だって普通じゃねぇだろ」

「確かに大和さんの服装は校則違反ですけれど、これくらいのお洒落はそちらの先輩方もやっていますよね?」

 先ほどからヒソヒソ話をしながら僕達の様子をうかがっていたクラス内でもお洒落で派手目な女子グループを指さす。校則違反といってもスカートを少し短くして学校指定外の可愛い色のカーディガンを着ているだけだ。うちの高校じゃなかったら履いて捨てるほどいるであろう一般的な女子高生の見た目。


「あのね、キミは他学年だからどうでもいいかもしれないけど。僕達は彼女がクラスにいるせいで凄く迷惑をしているんだよ」

 今度は別の人が諭すような口調で話しだす。

「彼女がクラスにいるだけで緊張してまともに授業に集中できないって人がたくさんいるんだ。僕達は今年受験だろう、そんな大事な時期に彼女一人のせいで多くの生徒の時間が脅かされるなんてあっていいはずないよね」

 穏やかな言い方ではあるが、言っている事はさっきの先輩方と同じだ。

「何故大和さんがいないと集中できないんですか?」

「当たり前だ、こんなヤンキーが隣にいたら怖くて気が気じゃない。いつ突然暴力を振るわれるかなんてわかったものじゃないよ。彼女はこの学校に相応しくない、このクラスにその人の居場所は無いんだよ」

 相手が僕だからか、バックにクラス全員の総意という大義名分がついているからかわからないが、大和さんを警戒しながらも歯に衣着せぬ否定を浴びせてくる。


 僕は大和さんが怒りださないようにそっとアイコンタクトをしてから、その先輩に真っすぐ向き直った。

「大和さんはそんなことしません」

「一年のキミに何がわかるんだ」

「僕がさせません」

「それに彼女は去年暴力沙汰を・・・」

「数日の謹慎処分で済んだ程度なんですよね。被害者への謝罪が足りないなら後で改めて向かわせますけど、それでもダメなんですか?」

 向かわせます、なんてあえて保護者のような言葉選びをすることでしっかりと僕と大和さんの関係を想像させる。果たしてうまくいくだろうか。

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