第9話 大和さんの事情
「なにか事情があるんですよね、お願いします。僕に協力させてください・・・や、大和先輩っ!」
2,3発殴られる覚悟で目をつぶりながら、上半身だけ先輩の方を向いて頭を下げる。殴られたらお弁当ひっくり返るし、この状態だと脳天にクリティカルして下手したら脳震盪起こしそうだけど、とりあえず僕は逃げなかったし諦めなかった。
「なっ」
下を向いた僕の頭の上に振ってきたのは、気の抜けた悲鳴みたいな雄たけびみたいな一音だけだった。
「急に名前で呼んでんじゃねぇよ!!」
「ひえぇっ」
容赦なく胸ぐらをつかまれる。幸い座っているので宙ぶらりんにされることはないがそれでも首が苦しい。両手はお弁当をしっかり持ってしまっているから外せない。やばい、滅茶苦茶に怒っている。
「す、すすすみません。だってマヤさんが苗字で呼ばれたくないって」
「・・・チッ」
舌打ちと同時にポイと手を離された。
「え、えーと。金雀枝先輩は―――」
「大和でいい。先輩もやめろ」
「は、はい?」
「苗字で呼ばれるのが嫌いなのは確かだ。あと先輩ってのも、肩書みたいで嫌いだからやめろ。あとあいつに許可されたからって何でもかんでも私が許すと思うな」
「は、はい。では大和さんで」
どうしたんだ。急に許してくれたけど、まだ怒ってはいるみたいだ。大和さんの情緒がよくわからない。
「お前、あいつのことが好きなのか?」
「へっ!?」
「あいつの事だよ。マヤとか勝手に名前つけてる!」
「あ、は、はい。えっと」
ちょっと待って、これマヤさんも聞いてるんだよね。ここでそうですって言ったら間接的に告白したことになる? それは困る。本人がいないのに!
というか僕は別に先輩とお近づきになりたいだけであって付き合おうなんておこがましい事考えてない。恐れ多い。僕なんかじゃ釣り合わない。
ここで変に下心を見せたらマヤさんの信用を失ってしまうかもしれない。憧れならともかく出会って間もない後輩から一方的な恋心を抱かれているなんて気味悪がられてしまう。仕方ない、ここは無害な後輩を装っておこう。
「えーっと。もちろん好きは好きですけど。その、変な意味ではなくてですね。ほら、助けてもらった時から僕にとって憧れの存在だったので。尊敬しているというか畏怖の念というか、目標みたいな」
「つまり、入試の時にお前に会った金雀枝大和に憧れている?」
「そ、そうなんですよ!」
「・・・そうか」
納得してくれたのかな?
「お前の言う通り、あの時のあたしはあいつだったよ」
大和さんは何故か寂しそうな顔をして、長い髪を左耳にかけながらそう教えてくれた。
「普段は学校であいつが動くことはないんだけど、あの日はちょっと事情があってな」
「そうだったんですか」
「それで、ナオ」
急に呼び捨てにされた僕の名前に再びビクリと身体が跳ねる。
「は、はいっ」
「・・・あー、喰いながらでいいから」
全然箸が進んでいないお弁当をちらちら見ている僕に気付いてくれたのかそう言うと、先輩は三つ目のパン、ホットドックを取り出して食べ始めた。
「忘れたくないって言ったよな。それはあいつだけじゃなくてあたしとも関わる気があるっていうことかよ」
「え? それはもちろんそうですけど」
既に大一番の頑張りどころが終わった僕はぽかんとしてしまうが、大和さんはそうじゃないみたいでなんだかソワソワしている。
足をトントンと一定のリズムで踏み鳴らす様子は落ち着きがなくストレスが溜まっているアピールに違いない。大股にひらかれた膝が揺れ、ミニスカートの中身が危ういのでやめて欲しいがそれを注意するのは流石に無理だ。
「あたしが学校の奴等に何て呼ばれてるのか知ってんのかよ」
「えっと、赤鬼ですよね? かっこいいですよね」
とにかく強い! 赤い! って感じがする。大和さんは背も高いし筋肉質だし、喧嘩も強いのかな。と、太ももに吸い寄せられかけた視線を目の前の卵焼きに戻す。
「見りゃわかると思うけど、あたしはまともな女じゃねーよ」
「えぇ、まぁ、不良の方だろうなとは思っていますけど」
何せ初対面の時に思わず「ヤンキー⁉」と叫んでしまったくらいだ。
「・・・もしかしてお前、あたしの事が好きなのか?」
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