クエスト19/セックスしても出られない、セックスしないと出られない部屋



 何度がちゃがちゃと捻っても、ドアノブは一向に回らない。

 脱出できる筈なのに、出来ない。

 その事実が理子に焦燥感を与える、苛立たせる。


「――――ちょっとアキラっ、起きなさいって!! ぐーたら寝てる場合じゃないわよ!!」


「ん…………あー……、朝っぱらからウルセーぞ理子……??」


「ほらもうっ、起きてっ、起きてってば!! わたし達出られなくなってるのよ!!」


「ああん?? いやセックスしただろ……あー……おっさんが気づいてないとか」


「ほらこれ見なさいよ!! ちゃんとメッセージ来てるじゃない!!」


「どれどれ?」


 タブレットに送られたメッセージをじっくりと読むアキラ、理子は同じく憤慨してくれるものと思っていたが。

 予想に反して、彼はとても冷静に。


「ま、開かないのはしょうがねぇ、取り敢えずメシでも食ってクールダウンしょうぜ?」


「…………アンタ、意外と冷静ね」


「いや焦ったってしょうがないだろ、――――ああ、もしかしてそういう名目でセックスの続きするか?」


「っ!? ば、ばか!! そういう事は部屋から出てからよっ!!」


「嬉しいぜ、戻ったらまたお前と愛せるのか。ま、オレとしてはさ、もうちょいこの部屋でゆっくりとお前を可愛がりたいけどな」


 童貞を捨てると、こうも余裕があるものだろうか。

 動揺一つ見せず、理子をからかうアキラを彼女はジトっと見据えて。


(――――変よ、何でコイツはこんなに余裕たっぷりっていうか、むしろ歓迎してる雰囲気まであんのよ)


 男には賢者タイムがあると聞く、もしそれが本当ならば。

 昨晩、かなりの数のコンドームを消費した彼はとても冷静であると言えるが。


(………………あれっ? コンドームちゃんと捨てたっけ? それに――ベッドも綺麗よね)


 違和感がある、何か見落としている様な。

 知らない所で、何かが起こってしまった様な

 見渡すと、部屋は妙に綺麗で何故か角に缶詰の山が。


(――――コイツ、何か知ってるわね)


(あー……気づかれたか? いや、まだ確証は無い筈だ)


 アキラと理子の間で、見えない戦いが始まる。


(知っていて知らんぷりする理由って何? 天使のオッサンに何か言われた? 或いは――)


(悪手だって分かってんだよ、でも……いやしょーがねぇだろう??)


(――犯人はアキラ、でも……その理由は何? セックスしちゃったし、恋人にもなったんだから……)


(絶対に怒る、確信できる、…………勢いややんなきゃ……でもさ、冷静でもきっと同じだろ)


 素知らぬ顔で朝食を選ぶアキラに、理子はズカズカと近づく。

 考えていても仕方がない、ならば。


「言え、言いなさい、天使のオッサンね? どーせまた変な日替わりクエストでもあるんでしょ」


「い、いやぁ?? オレは何も聞いてないぜーー」


「嘘。何年幼馴染みやってると思ってんのよ、それに…………こ、恋人になったんだしっ、それぐらいお見通しなのよっ!!」


「り、理子……ううッ、スマン、で、でも言いたくねぇッ!!」


「はぁっ!? 何よそれっ!!」


 彼女の言葉は嬉しかった、だがアキラとしては言えるわけがない。

 だって。


「アキラはんは、独占欲と嫉妬を拗らせて理子はんをこの部屋に監禁したんや、まー、許すなとは言いまへんが。ちょっとは汲み取ってやってください」


「ッ!? 天使のオッサンんんんんんんんッ??」


「ちょっとアキラなによそれっ!? というか天使のオッサン!? なんでアンタそんなの許可してんのよっ!! それに急に出てこないでビックリするから!!」


「すまへんなぁ、いっつも見てるからつい前もって知らせるの忘れてなぁ」


 突然の暴露に、アキラは顔面蒼白になった。

 ヤバイ、これはヤバイ。

 あわあわと震える彼を横目に、天使のオッサンは理子に説明した。


「いやね、最初はちゃーんと扉が開いたんよ。でもアキラはんが自己目標クリアのお願い使うって言い出してな?」


「それで普通でする!? 止めなさいよ天使でしょうが!! このままだとシンプルに人口が二人分減るでしょうが!!」


「まぁまぁ、一応新しいルールがあるんですわ」


 天使のオッサンが語ったルールは以下の通りだった。


・アキラが心から願うまで扉は開かない


・危険時の催淫ガスは以前のまま


・ポイント交換のレートは倍増


・今まで取得したポイントとアイテムはリセット、ゼロに戻ります(※取得した一部のアイテムはそのままです)


・日替わりクエストの廃止、セックスしてポイントを入手してください


・生命の危険の際は、担当天使が責任をもって対応します


 この事を知った理子は、ぷるぷると怒りに震えて。


「このクソバカアキラあああああああ!! アンタ何してんの!? 本当に何してくれてんの!? ばっかじゃないの!? ねぇ、何か言いなさいよ!!」


「正直すまんかった、でも後悔してない、だって――――オレは!! 理子を!! 独占してぇ!!」


「ほな、オッサンは監視ルームに戻りますさかい。仲良うしてぇな~~。いやぁ追加で尊みエネルギー貰えるなんて嬉しいですわぁ!! お二人の幸せを願ってるさかいに、ほな!!」


「……」「……」


 険悪な雰囲気を悟って、大慌てで天使は消える。

 残るは冷や汗ダラダラのアキラと、怒髪天で般若の形相な理子。


「アンタねぇ……恋人になってもまだわたしが信頼ならないっての?」


「違うッ!! お前の事は心配してない……これは、オレの、オレの心が弱い所為なんだ……」


「…………言ってみなさいよ」


「オレはな……お前が愛おしすぎるんだ、お前が考えている何倍もお前の事を愛している、耐えられないんだ、お前が誰かに目に写っただけでソイツに殴りかかってしまいそうで……」


「本音は?」


「もう外の世界なんていらねぇぜ!! オレはこのまま理子と一生イチャイチャでドロドロなセックスして暮らす!! 世界にはオレとお前だけ居れば良いッ!! ――――………………あ」


 ヤベッ、と口を塞いだが後の祭りだ。

 アキラは怒号が飛んでくる事を覚悟したが、理子からは返事が返ってこず。

 恐る恐る様子を伺うと、彼女は妙に体をクネらせ。


「ええ~~、もーー、アキラったら……そんなにわたしのコトがす、好きだなんて……、愛してるだなんてぇ……――――こほんっ!! んんっ!! ち、違うわよ、ちょっと嬉しいだなんて思ってないんだから!! そりゃあわたしもさ、もう何日か二人っきりの時間をゆっくり過ごしたいなぁって思ったけども!!」


「――ッ!? じゃあ!!」


「許すかおバカ!! 家に帰ってからでも良いでしょうが!! 行動に移す前にわたしに言いなさいよ却下してあげるから!!」


「いや却下されると思ったから、お前が寝てる間にな?」


 良い仕事したと言わんばかりの顔の彼に、理子は頭痛がしてくる思いだ。

 どうしてくれよう、本当に手の掛かる恋人だ。


(ま、まぁ? それぐらいアキラにとってわたしが魅力的だったってコトだし? でもねぇ、家に帰れないのはちょっと……何時出られるか分かんないし、ホント一発殴っても許されるわよね? というか殴ってないわたしは偉いわよね??)


 最悪、セックスし続けて彼を満足させて。

 という手段があるのは幸いではあるが、問題はそこではない。

 このまま部屋から出ても、彼の嫉妬や独占欲で問題が起こるのは明白だ。


(何か……罰を与えなきゃ、意識改革もさせないと……)


 黙り込んだ理子の姿に、アキラは判決を下される罪人そのものの顔で神妙に待ち。


(うーん、罰はアレにするとして……)


 彼の独占欲と嫉妬を抑えるには、何が必要なのだろうか。


(誰かに盗られるって不安よね、つまり。わたしが幾ら靡かないって言っても無駄ね、確たる証拠がいる筈)


 幾つか候補はある、恋人というお互いの愛で繋がる関係より強固な、法でも繋がる夫婦、つまり結婚など。

 だが、それを重石にするには足りないと理子の本能は訴えていた。


「――――はぁ、答えを出すにはまだって感じね」


「そのぉ……理子さん?」


「あ、そうそう。罰としてセックス禁止だから」


「あっ、はい。………………うん?? え? ちょっともっかい言ってくれ」


「聞こえなかった? ねぇアキラ、この部屋に居る限りセックスしないから、分かった?」


 とても晴れやかな笑顔で言われた言葉は、アキラにとって理解したくない類の物で。

 数十秒もの間、ポカンと大口を開けた後。


「どおしてだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」


 彼は、盛大に膝から崩れ落ちたのだった。


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