こんなお話いかがですか。百合短編集

hibari19

第1話 氷解

【結婚したんだ】


 寝ている私の頭の中にダイレクトに飛び込んできた言葉だ。

 はっ、しまった。開きっぱなしだった?

 私の生まれ持った能力というか性質--他人の思考が聞こえてしまう、という厄介なもの。

 子供の頃は戸惑ったし、いろいろ大変な思いもしたけれど、大人になった今では、意識的に聞こえないように【閉じる】ことが出来るようになり平穏な生活を送っていた。ただし、油断していると勝手に開いてしまっている場合もある--今みたいに眠っている時とか--

 ということは、この思考は隣でスヤスヤ眠っている彼女の思考ということだ。夢でも見ているのか、少し口角が上がっている寝顔は、可愛いと表現する以外なんと言えばいいのか……

 そんな事を考えていたもんだから、【閉じる】事をすっかり忘れ。


【え、誰とって? 貴女の知らない人だよ。え、名前?】

 そんな言葉で我にかえる。


 彼女とは、最近一緒に暮らすようになった。正式に結婚はしていない--出来ないけれど--だから、ここでもし私以外の名前が出たら?

 もう、閉じることなんてすっかり忘れ、彼女の言葉をドキドキしながら待った。


【やだよ、教えなーい】

 え、それはそれでモヤモヤが残るじゃないか。というか、誰との会話なんだろう、そこも気になる。

 でも、聞いちゃいけない心の声だもん。やっぱり閉じなきゃ。


【どんなって、可愛い人だよ、優しいし。え、違うよ、女の子だよ。別にいいじゃん性別なんて関係ないでしょ。え、なんで名前にこだわるの? しょうがないなぁ。桃子って言うんだ、名前も可愛いでしょ】

 はぁぁ、良かった。私の名前だ。


 もう【閉じる】ことは諦め、代わりに起き上がり朝食の準備を始めた。もうそんな時間だったから。


 隣のキッチンにいても、彼女の言葉は届く。

【ん? そんなの、ないよ! 嫌なところなんて。まぁ、料理はあんまり得意じゃないみたいだけどさ。味なんて問題ないよ、朝が弱い私のために朝食を作ってくれてるからさぁ。だから一日頑張れるんだよ。え? 夜は当番制だよ。合理的でしょ?】

 うーん、もう少し料理の勉強しよっかな。


【うん、もちろん幸せだよ。そっちはどうなの? 幸せなの? え? そりゃ気になるよ】


【まぁね、昔は恨んだりしたけどさ、今は貴女が幸せだったらいいなって思ってるよ。え? あぁそっか、そう思えるようになったのは桃子と出逢って恋をしたからかもね、うん、大事にするよ】


【そりゃ私だって、会って欲しいけどさ。貴女、今どこにいるの? というか、一度も会ったことないんだからさぁ】


【一度でいいから会って言いたいことがあるんだ。え? うーん、じゃ今言うよ】


【産んでくれてありがとう、お母さん】


 彼女は、生まれてすぐに施設に預けられ施設で育った。一度も家族には会っていないと言っていた。知り合った当時は学生だったけれど、恨み言もいっぱい聞いた。

 そんな彼女が感謝出来るようになったんだなぁ。良かったぁ。


【あれ、なんか焦げ臭い】

 わっ、やばっ。



「おはよ、まだ眠そうだね。コーヒーでいい?」

「うん、ありがと。お腹空いた〜」



 焦げたトーストは、苦いのにやたら美味しかった。


【了】



※ひばりのお話は、「結婚したんだ」という台詞で始まり「焦げたトーストは、苦いのにやたら美味しかった」で終わります。

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