第14話 ユニークスキルと初仕事

 二度、三度とスキルの発動を試す壮馬。

 しかし、結果は変わらず、「へっぽこ」な速度しか出ない。


(どういうことだ? 不良品か? まさか俺の方に問題があったのか⁉)


 壮馬が内心焦っていると。薫子の憐れみを含んだ声が聞こえた。


「なるほど。それが壮馬君の素の実力ってわけね。確かにこれは探索者としてやっていくのは辛そうね」

「あの……なんか期待していたほど強力な威力が出ないんですけど、これって大丈夫なんですか?」

「ああ、それなら大丈夫よ。今は『まだ』その程度の威力しか出ないだけから」

「……どういうことですか?」


 壮馬は内心、異常があったわけではないことに安堵しつつ、薫子に続きを促す。

 薫子は、少し得意げに続きを話した。


「そのスキルはね。チャージして使うのよ」

「……チャージ?」

「そう。要は力を蓄えることができるの。それが《タイプゼロ》のスキルに搭載されたギミックよ。壮馬君はアインツが管理行動を始めてすぐにスキルを使ったでしょ? だからまだ力の蓄積が不十分だったのよ」

「……なるほど」


 壮馬は薫子の説明を理解すると、少し時間を置いてから、再度スキルの発動を試みた。


(————《ソードスラッシュ》!)


 すると、衝撃波が発生するというほどではなかったが、剣閃によってちょっとした風圧ができる程度に威力が上昇した。

 それは、宮崎が模擬戦の中で見せた剣速に匹敵するものであった。


(うおっ⁉ なんだこれ⁉ めっちゃ威力が上がったぞ‼)

 

 壮馬はその感触を確かめるようにその後も何度かスキルを試した。

 そしてしばらくスキルを試しつづけて冷静になると、すぐに、その技術とんでもないものであることに思い至った。


「発動に時間がかかるスキルはあるけど……それでも力を蓄えることで自分の実力以上の力が出せるっていうなら、それはとんでもない技術ではないですか?」

「その通りよ。この技術は藤守家の技術解析で得た技術を使って研究をしている最中に、たまたま出来たものなの。だからこの世界でこの技術を知っているのは私達だけよ」

「……こんなものが広まったら、今までのパワーバランスや探索者達の常識そのものがひっくり返りそうですね」

「まあ、その可能性はあるわね。でもそれは限りなく低いわ。というのも、このスキルにもいくつかの欠点があるのよ」

「欠点?」


 薫子は指を3つ立ててから、説明を始めた。


「1つ目は、そもそもこのスキルは壮馬君にしか使えないってことよ」

「え? そうなんですか?」

「ええ。壮馬君。詳しい理屈は置いておくけれど、壮馬君の持つ高すぎる制御の適性値がなければ使えないスキルなのよ」


 壮馬はそれを聞いて、驚いた。

 詳しいことはよくわからないが、自分の制御の適性値でこんなすごいことができるとは思いもしなかったので、意外だったのだ。

 無能と思っていた才能にも、意味があった。

 まだよく分かってはいないが、そう考えると壮馬は少し嬉しさを覚えた。


「詳しい理屈の方、聞きたい?」

「一応、どうして自分の適性値でこんなことが可能なのかは知りたいですね」

「じゃあ、少しだけ。大雑把に言うと、適性値の項目っていうのは表向き公表されている効果とは別に、限られた者……っていうのは私達のことだけど、まあ、私達が発見した裏の効果があるの。この裏の効果に関する値を私達は《裏ステータス》と呼んでいるわ」

「裏ステータス?」

「そう。それで、壮馬君の得意な制御の才能が高い人には、魔術を繊細に操る才能だけじゃなくて、魔術を長時間にわたって持続させる効果もあることが分かったの。まあ、それも偶然が重なって、たまたま分かったことなんだけどね……。で、その効果を利用すると、スキルを発動前の状態で待機させて、長時間にわたって保存することができるんだけど……その発動せずに待機しているスキルの上から、さらに同じスキルを重ね掛けすることで、《タイプゼロ》は規格外の威力を出しているのよ」

「……つまり、スキルのチャージというのは、正確にはスキルを重複させることを指していて、それは俺と同レベルに制御の適性値が高くないと使えないってことですか?」

「そうよ。《裏ステータス》は成長する普通のステータス(注:保有するオーラの実力を表した値。魔物を倒し、敵からオーラを吸収することで成長する。この値が高いほど、強力なスキルを使用できる。成長幅は適性値に依存する)の値ではなくて、適性値そのものに依存するから、制御のステータスをいくら伸ばしても意味はないの。そして、あなたほど制御の適性値に優れた者は全世界3臆人を適性検査してもきっと見つからない。だから、壮馬君。《タイプゼロ》シリーズは実質的に君のユニークスキルだね」


 薫子はそういって、片目をつぶった。

 無能とさげすまれてきた壮馬への薫子からのプレゼントよ。そんな気持ちを込めたウインクであった。

 その壮馬は自分のユニークスキルと聞いて、年甲斐もなく静かな喜びに打ち震えた。

 その響きに感化されたのもあったが、それ以上に、この力があれば妹を助けられる確率が格段に上昇するということに、壮馬は強い喜びを感じたのである。

 完治するかは別としても、治療費を払い続けるアテもなかった壮馬にとって、この力は何よりも分かりやすい確かな希望であった。

 

 「で、2つ目の欠点だけど、実はこのスキルには蓄積限界が存在するのよね」


 薫子はそういうと、人差し指を折った。

 

「蓄積限界、ですか?」

「そうよ。さっきこのスキルの仕組みを話した時に、このスキルは壮馬君の才能によって、持続時間が伸びたスキルを何重にも重ね掛けした物だと言ったわよね?」

「ええ、そうですね」

「その持続時間がまさに蓄積限界にあたるのよね。要は、順番にスキルを重ね掛けしていくのはいいのだけれど、あんまりたくさん重ね掛けしても、最初の方に作ったスキルは時間が来るとどんどん消えていってしまうのよ」

「なるほど。つまり、最初に作ったスキルの持続時間内に重ね掛けできるスキルの数が、この《タイプゼロ》の蓄積限界ってことですね」

「そういうことよ。あなた割と理解が早いわね。学校の成績とかいい方?」

「いや、まあ、勉学は頑張っていたので成績は良かったですが、自頭はそれほどでもないですよ」

「そう。謙遜だと思っておくことにするわ」


 薫子は壮馬の理解の速さに少し驚いた。

 とはいえ、壮馬は自分の自頭がいいとは本当に思っていなかった。

 余談になるが、壮馬は日葵との付き合いが長いため、日葵のする遊びには一通り付き合ってきた。

 そのため、日葵と話を合わせるために、彼女の好きなスキルメモリの話やプログラミングの話にもついていける程度には、その分野の知識を習得しているのである。

 薫子の説明についていけたのは、その知識のおかげであると壮馬は思っていた。


「ちなみに、この《タイプゼロ》は複数のチャージしたスキル動作を同時に保存しておくこともできるわ。例えば、《ソードスラッシュ》の上段右からの振り下ろし攻撃を3回分、正面突き攻撃を4回分、下段左からの切り上げ攻撃を15回分、それぞれ限界値の半分までチャージして保存しておく、ということもできるの。もちろん、好きな動作を好きな時に取り出すことができるわ」

「チャージしたスキルを複数個ストックして自由に引き出すことができるということですか。便利ですね」

「ただし、さっきも言ったようにこのスキルには蓄積限界があるわ。それはつまり、最初にチャージしたスキルは時間が経つと消えてしまうということよ。それはストックしたスキルも例外じゃないわ。時間が経てば消えていく。だから、あなたがチャージできるスキルの回数というのは自然と決まってくるの」

「なるほど……イメージ的には、例えば持分として50回スキルを重複できる権利があって、それを各スキルにどう分配するか……という感じですかね」

「いい例えね。その通りよ。ちなみに、普通の人なら1回が限界だけど、あなたが使用する場合はおそらく1000回以上は可能だと思うわ。まあ、実際の回数は自分で確かめてみてちょうだい。そして、ここまでが2つ目の欠点ね」


 薫子はそう言って、中指を折り曲げた。

 続けて薫子が話し始める。


「3つ目の欠点は、これは想像しやすいけれど、チャージには時間がかかるってことよ。当たり前の話だけど、これは結構重要なの。特に壮馬君。君みたいに戦闘力の全てをチャージに委ねる場合は、あらかじめストックを作って置く必要があるわ。そしてそれを撃ち尽くしたらまたチャージし直さなければならないのよ」

「それは……なるほど、きつそうですね」

「理解したようね。そうよ。あらかじめストックを作って置くってことは、敵がどんな動きをするかも分からない中、それを可能な限り予測して自分のスキル構成と使用回数、そして威力を事前に決める必要があるってことよ。しかも途中で簡単に変更できないから予測に失敗したら大惨事ね」

「その上、使用回数が決まっていて途中で増やせないから、戦闘を継続できる時間も決まっている……なかなかに玄人向けのスキルですね《タイプゼロ》って」

「そうね。でも、そのことが分かっているなら、あなたもきっと使いこなせるようになるわ……って、タケちゃんが言っていたわよ」


 そう言った薫子は、薬指を折り曲げた。

 壮馬は自分の抜いた剣が、エクスカリバーだと思っていたら、実は魔剣か何かだったというような奇妙な気分になった。

 強力だけど、過信したら死ぬ。油断しても死ぬ。普通に失敗しただけでも死ぬ。

 そんなリスキーなスキルであることを、武術をやり込んでいる壮馬はよくよく理解した。

 

「さて、それじゃ、説明も済んだし、調整の方をしていきましょうか」

「わかりました」


 そうして、壮馬達はスキルの微調整を行っていった。

 はじめは薫子のパソコンにあらかじめ登録されていたデータパッチを付与していただけだったが、やがて壮馬は研究室から計測器を持ち出して、薫子と共にデータパッチの作成を始めた。

 薫子の調整は非常に的確であり、そのおかげで壮馬のスキルは非常に精度が高く体になじんだ物へと変貌した。

 アインツの補助もあったため、イメージの補完などがしやすく、調整は非常にはかどっていた。

 そんな折、壮馬にとって予想外の事態が発生する。

 

 突如、洞窟の壁が開き、中から一人の少女が現れた。

 黒髪をポニーテールにした壮馬と同じくらいの年齢の美少女である。

 その少女は、壮馬のスキルの調整を見学していた武の前まで来ると、敬礼をした。

 そして、壮馬にとって驚きの報告をしたのである。


「大尉。報告します。黒瀬壮馬を落下させたポイント付近にて、黒瀬壮馬の仲間と思しき探索者4名が何者かに襲われています」


 その話を聞いた壮馬は、スキルの調整中であることも忘れてその場を駆けだした。

 しかし、そんな壮馬の首根っこを掴む者がいた。

 武である。


「落ち着け、壮馬。状況を確認せずに行動するのは危険だ。次の命令があるまで待機しろ」

「……了解」

 

 武は壮馬の返事を聞くと、少女に続きを促した。


「凛、報告を続けろ」


 凛と呼ばれた少女は一つ返事をすると、報告を続ける。


「はい。襲撃者の数はおそらく6名。ほとんどはレベル10(注:レベルとはオーラの総量を表した数値。このレベルに適性値を乗算した数値がステータスになる)未満の素人ですが、一人だけ高レベルの者もいます」

「武装は?」

「近接武器のみです。質は上等ですが、市販の武器で特筆すべき事項はありません」


 そこまで聞いた武は一つ頷くと、孝一と素早くアイコンタクトを取り、それから壮馬に目線を合わせた。


「よし。壮馬、お前の初仕事だ。今からはお前を隼人と呼ぶ。これから言うことをよく聞いておけ」


 そう言ってから、武は少し大きな声で壮馬と凛に話し始めた。


「これより我々は黒瀬壮馬の仲間4人の救出を行う。襲撃者はおそらく工作部隊から報告にあった連中だ。我々とまったく無関係ではないだろう。敵の可能性もありえるが、だからといってむやみに殺すな。今回の奴らは泳がせる。理解した者は返事をしろ」

「「イェス・サー‼」」

「オーケー。では、作戦を伝える。まず、迷宮第1層にて待機している工作部隊に連絡を取る。無事、工作部隊と作戦の共有ができ次第、我々3人で襲撃者を奇襲する。以上だ。繰り返すが、最優先目標は襲われている4人の保護だ。敵は殺すな。分かった者から俺についてこい。」

「「了解‼」」


 敬礼をした壮馬と凛は、さっさと先を歩く武の後を追う。

 壮馬の初仕事が始まった。

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