第7話 パーティーメンバー

 壮馬が日葵の見舞いに行った翌日。

 

 月曜日の早朝。壮馬は列車に揺られていた。

 その恰好は、探索用の黒い迷彩柄の戦闘服に対物チョッキ(注:防弾チョッキみたいなもの。物理的な衝撃に耐性がある)を重ね着し、足元にはタクティカルブーツを履くという、物々しい出で立ちだった。

 武器や鞄は《ストレージゲート》と呼ばれるスキルで異空間に収納している。このスキルはファンタジー系の創作物に登場するような、異空間を生成して物を保存しておけるスキルだ。時間停止効果などはない。

 

 そんな格好の壮馬であるが、別段目立っているわけではなかった。

 周りには同じような格好をした人がちらほらといるからだ。

 スーツ姿のサラリーマンや制服姿の学生に加えて、彼ら探索者達の戦闘服姿も自然な日常の一コマとして受け入れられているのである。

 幼い頃からその光景を見て育った壮馬も違和感を覚えることはなかった。

 

 誰かが、ふあぁ、と大きなあくびをした。

 壮馬はそれを見て、この時間って眠いよね、分かる、とどうでもいい共感を覚えた。

 それくらい今朝の列車内は平凡そのものであった。


 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 目的地に辿り着くと、壮馬は列車を降りる。

 ビルの立ち並ぶ駅前を歩き続けて十数分すると、巨大な黒い建造物が見えてきた。

 黒い立方体の岩石を組み上げて出来た祠のような形状の岩山。

 その下部にはぽっかりと地下へと続く穴が口を開けており、同じように黒や緑などの戦闘服に身を包んだ探索者達が、集団でその穴の下を通っていく。

 穴の周囲にはテレビ局のスタッフが待ち構えており、お天気お姉さんと目される若い女性アナウンサーが探索者達にインタビューを行っていた。


「いつも通りだなぁ。」

 

 壮馬はそんな独り言をつぶやいた。

 

 そのまま歩を進めて、迷宮の近くに建っている小さめのビルに入っていく。

 ビル内に入ると、小さめのカウンターがあり、そこに受付の若い女性が座っていた。

 カウンターに近づくと、若い女性が事務的な挨拶をする。

 

「探索者ギルド木葉坂寺このはさかでら出張所へようこそ。探索者カードはお持ちですか?」

「はい、どうぞ。」

「拝見します。」


 壮馬は《ギルドカード》(注:探索者カードの俗称だ)を見せた。

 

「黒瀬壮馬さんですね。確認しました。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「木葉坂寺の迷宮に潜りたいです。初入場なので受付をお願いします」

「かしこまりました。お一人での入場ですか?」

「仲間が数名同行します」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 受付の女性はその場で《念子コンピュータ》(注:思念波を使った技術で作られたコンピュータ。据え置きの電子コンピュータと変わらないスペックを持つ)を少しの間操作し、壮馬の顔をちらりと確認すると、すぐさま壮馬にギルドカードを返却した。

 たしか講習では、初入場時に受付への申請を義務付けることで、カードの不正使用をしていないか本人確認する意図があるとか言っていたかな…‥と壮馬は受付嬢を見て、ぼんやりとした知識を思い出した。

 

「受付完了しました。記録を拝見させていただきましたが、迷宮に入場するのは初めてですか?」

「えっと、はい。そうです。」

「迷宮への入場の仕方について説明することもできますが、どうされますか?」

「いえ、講習会で聞いているので結構です。」

「かしこまりました。それでは、安全な迷宮探索を心がけてくださいね。」

「ありがとうございます。」

 

 受付が終了したので、壮馬はその場を離れる。

 と、そこで壮馬に話しかけてくる者がいた。


「壮馬!」

「ん?……奏斗か。おはよう。待たせたな」

「んや、全然待ってないし俺も今来たところだ。他の面子は先に集まっていたみたいだけどな」

「そっか。それじゃ、早く集合場所に行かなきゃな」


 壮馬は奏斗と共に移動すると、2階へと続く階段を上り始めた。

 そのままギルド内を移動し、待ち合わせ場所として指定されているカフェへと入る。

 ちらほらと見かける客の中に、壮馬達を待つ人達はいた。

 そのうちの一人である黒髪を短髪に刈り込んだ、ガタイの良い強面の男が声を発した。


「おーい! 奏斗! こっちだ!」

「あ、健太けんた先輩! すみません。待ちましたか?」

「いや別に。それで、そっちのが?」

「ああ、はい。今日から仲間になる壮馬です。壮馬、挨拶して」

「黒瀬壮馬です。よろしくお願いします」

深岩健太ふかいわけんただ。この《パーティー》のリーダーをやることになった者だ。そんで、こっち眼鏡が……」

相沢大輔あいざわだいすけです。よろしくお願いします。」

「それから、そっちの金髪が……」

小島明人こじまあきとだ。よろしく!」

 

 壮馬は健太達と握手を交わす。

 彼等とは初対面であったが、軽快な挨拶の具合から、彼らの仲がかなりいいことを壮馬は察した。

 同時にそんな彼らの輪の中に自分が入っていけるのか少し心配を感じたが、仕事上の付き合いである以上、険悪な関係にならなければ別にいいかと思い、その心配を脇に置いた。

 どうせ無能の自分では、健太達と長いこと《パーティー》(注:4~6人程度で組む探索者の部隊の単位。実務上の用語であり、《クラン》と違って法的に意味のある組織ではない。会社内のチームみたいなものである)を組むことはないだろうという予想もあったが。

 

「今回は俺なんかをパーティーに入れてくれてありがとうございます。短期間だけだとは思いますが、よろしくお願いします。」

「そんなに自分を卑下するなよ。歓迎パーティーの模擬戦、俺も見たぞ。すごかったじゃないか。あの姿を見て俺は君にパーティーに参加してほしいと思ったんだ」

「そうだぜ。さすがに危ないから普段の戦闘には参加させられないが、荷物持ちでもいいってんなら大歓迎だ。ついでに剣術の方も指南してほしいくらいだな」

「ちゃんと報酬は均等に分けますから安心してくださいね」


 健太達は壮馬に対して割と好意的な態度を見せた。


 ところで今回、奏斗達は《アクアバレー》というクランに就職した。

 中堅どころのクランで、主に魔物の討伐を行い、その魔石を回収することで利益を出しているクランである。

 そのクランから、奏斗達は先輩である健太に仕事を教わるために、パーティーを組んで迷宮に潜ることを指示されていた。

 パーティー内での方針についてはパーティーリーダーに大幅な裁量が認められているので、奏斗はソロで活動する予定だった壮馬をパーティーに参加させられないかと健太に相談したのだ。

 結果、健太がそれを認めて今に至る、というわけである。


「皆さんのご厚意、感謝します」

「別にこのくらいで感謝されることはないさ。……っと。時間だな。お前ら、そろそろ潜るぞ。準備しろ」

「「「はい」」」

 

 奏斗達が返事をして、いそいそと準備を始めた。

 壮馬も自分の武装を取り出して背負い、準備を整える。

 全員が立ち上がると、そのまま黙ってカフェを出た。

 先ほどまで気楽に話していた彼らは、この時には戦闘前の緊張した空気に切り替わり、眼付き鋭い戦う者の姿になっていた。見た目にはいつも通りだが、その奥に隠しきれない闘争心を宿している。

 

(まだまだだが、なかなかいい目をしやがるな。)


 周りでコーヒーをちびちび飲んでいたベテラン探索者達は、先輩として彼らに小さな声援を心の中で送った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 壮馬達が外に出ると、迷宮の入り口前には長蛇の列ができていた。

 探索者は日帰りにしろ、そうでないにしろ、早朝から活動する傾向にある。これは日中の時間を有効活用するのと、不測の事態に備えて余裕を持ったプランを立てることが探索者にとっての鉄則だからだ。夜間行動は昼夜関係ない迷宮でも危険なので、絶対に避けるのが常識となっている。

 この鉄則が末端の探索者達にまで浸透しているため、早朝の時間は探索者達が集中し、迷宮前の広場はごった返すのである。

 

「確認するぞ。俺達の今回の目的地は第1層のB2地点。次の階層への階段が存在する場所だ。ただし、まっすぐそこを目指すわけではない。迷宮の東側を大きく迂回して進むことになる。進路としては、上から見ると大きな円の右半分を描いて進むイメージだ。ここまではいいか?」

「「「はい」」」


 健太の説明に全員が頷く。

 

「途中の地形は、洞窟と草原だ。火を使う奴は事前に俺に言え。どちらの地形も火は不利だ」

 

 存在自体がファンタジーである迷宮だからと言って、ゲームのように内部で火を使っても無事で済むという保証はない。

 火を使えば酸素は消費されるし、一酸化炭素も滞留することになる。そして、草原などの植物の群生する地域では、しっかりと下草に燃え移って火事を起こす原因となる。

 炎を発するスキルは生物相手に非常に強力だが、同時に危険も抱えているため、使いどころが難しいのだ。


「それから、今回の探索は迷宮内を歩くことに慣れることが目的だ。魔物との戦闘は極力避ける方針で行く。大輔が敵を発見したら即座に迂回路を選択するつもりで準備しておけ。注意事項は以上だ。ここからは、全員気を引き締めろよ」

「「「了解」」」


 そうして事前の確認を行っていると、壮馬達の番が回ってきた。

 迷宮入り口前に設置されたセンサー付きのゲートにギルドカードをかざす。軽快な効果音が鳴り、ゲートが開くと壮馬達は一人ずつそのゲートをくぐっていく。

 

 壮馬がゲートをくぐったその時、ふと背中に視線を感じた。

 

「ん?」


 壮馬が振り返ると、その視線はすぐさま霧散した。

 だが、先ほどまでその視線を感じていただろう壮馬の背中には鳥肌が立っていた。

 嫌な予感を覚えつつも、それ以上は不快な視線を感じることはなかったので、壮馬はそのことを忘れることにした。


 目の前のことに集中する。

 眼前には、薄暗い光を放って口を開ける迷宮の入り口があった。

 まるで怪物の腹の中に潜り込むような感覚を覚えながら、壮馬はその洞窟の中に最初の一歩を踏み出す。

 壮馬の初めての迷宮探索が、この瞬間に始まったのだった。





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