第6話 日葵のプレゼント

「あ、そうだ。お兄ちゃん。実はプレゼントがあるんだ」


 日葵が思い出したようにベッドの脇から箱を取り出し、壮馬に渡した。


「はい、これ!」

「どうしたんだ急に?」

「えっとね……卒業おめでとう! これは卒業と探索者への就職祝いだよ!」

「え、貰っていいのか?」

「もう、そのために梱包を通販で予約したんだよ? いいから開けてみて!」

「お、おう」


 壮馬は促されて箱を開ける。

 中からはシンプルな丸い形状のシルバーの輝きをしたネックレスが出てきた。

 しかし、その丸い円盤状のネックレスは金属の塊にしては軽い。

 壮馬が不思議に思っていると、壮馬の視界の端に何かの通信をキャッチしたという表示が現れる。

 セブラが視界に表示するアイコンの表示を読んで、壮馬は言った。

 

「これは……スキルメモリか?」

「あ、分かる? じゃあ、起動させてみて」

「わかった、ちょっと待ってろ」

 

 スキルメモリとは、スキルのプログラム情報が入った機械である。

 本人の《思念体》(注:思念波と呼ばれる精神エネルギーを発したり受信したりする本体。自分の精神そのもののことをさす)とスキルメモリとの情報回線をつなぐことで、本人がスキルメモリに搭載されたスキルを使用できるようになる仕組みの物だ。


 壮馬はセブラによって自分の視界に表示された疑似パネルを操作して、スキルメモリとのパスをつないだ。

 すると、スキルメモリが起動して、壮馬の体内のオーラとマナが稼働し始める。

 スキルが完全に起動すると、声が聞こえた。


『おっはようございまーす! ハローワールド!』

「うぉっ⁉」


 いきなり調子はずれな挨拶が聞こえてきて、壮馬は少しのけぞった。

 脳内に響くその声は、思念波で構成された疑似音声なのだろう。日葵には聞こえていないようであった。

 

「あ、起動できたみたいだね。私にも声が聞こえるように調整してくれる?」

「どうやるんだ?」

「私に《念子情報》の共有申請を出すよう命令してみて」

「お、おう」


 壮馬は日葵に言われたとおりに念じてみた。すると、壮馬の念じたことが音声化されて壮馬の耳に届く。

 

『えーっと。君、日葵に念子情報の共有申請を出して』

『えー、起きたばっかりの人に命令するんですかー? ふぅ、人使いの荒いマスターですね』


(え、なんか文句言われたんだけど? どうしたらいいの? これってAIだよね? なんで命令無視してるの?)

 

 謎の音声は命令を拒否した。壮馬にとっては予想外のことであり、少し動揺したのは仕方ないことだろう。


 ちなみに、壮馬の不満はAIらしき存在には聞こえていない。

 これは、思念波の情報というのが、回線を通して他者に伝えるかどうかをその都度自由に選択できるものであるためだ。

 自分の心の声を伝えるかどうかは自由に選択できるのである。


『まあ、マスターの命令ならば仕方ないですね。ちゃんとお給料出してくださいよ?』

『AIに給料って意味わかんないんだけど』

『ひどい! 人権侵害! 訴えますよ!……あ、申請許諾されました。回線をつなぎますね』


 いや、確かにそういう考えもあるけれど、AIが人権侵害を訴えるというのは何事だろうか? と壮馬は困惑していた。

 と、そこで日葵の疑似音声が聞こえてくる。


『あ、聞こえた。そっちも聞こえる?』

『聞こえるよ。なんか、このAIおかしくないか? さっきから命令拒否とか人権侵害とか訴えてくるんだけど。不良品つかまされたか?』 

『不良品じゃありません! 訂正を要求します!』


 AIが再び不満を訴えた。

 壮馬はこのAIのことを「個人が趣味で作った会話専用のAIかな」と思い始めていた。

 しかし、それはそれで不自然だと思っていた。日葵がそんなものを卒業祝い兼就職祝いのプレゼントにするとは思えなかったからだ。


『あー。あのね。この子は普通のAIみたいに仕事させるだけじゃなくて、自己学習ができるように疑似人格がプログラムしてあるの』

『え、疑似人格が搭載されたAI型のスキルって……それって最新技術じゃないか⁉ てか、それって元々秘匿技術だよな? まだ解禁されたって聞いてないけど、もう市販されているのか?……ま、まって、これってもしかして闇組織か何かが絡んで……』

『あ、いや、危ないものじゃないよ。多分。……この子は私が作ったの』

『え……え⁉ 嘘だろ⁉ ど、どうやったんだ⁉』

『いや、特別なことはしてないよ? 共同開発で作ったものなの。人格情報の部分は向こうが作ったんだよ。私は他のシステム部分を弄っただけ。だからこの子の性格は……まあ、開発者の趣味だね』

『お前、どんな奴と開発してたんだよ……』


 日葵は念子情報技術のプログラミングに関しては非常に優秀な才能を見せていた。

 生まれつき病弱で部屋から出ることの少ない日葵は、部屋の中で出来る遊びに傾倒していったのだが、その時彼女が興味を覚えたのがプログラミングであった。


 その後、彼女はあらゆるプログラミング技術をスポンジのように吸収し、最終的には第一線で活躍できるほどのプログラマ―になっていた。

 9級市民であるため、その技術を使って収入を得ることはできなかったが、それでも彼女は半ば趣味でプログラム開発に携わってきたのである。

 彼女にとって同じプログラマーと仕事をするのは、社会に貢献し、やりがいを感じる瞬間であり、人生において貴重な時間となっていた。


『で、こいつの名前は何ていうんだ?』

『んーとね。正式名称はオート・インテリジェンス・スキル。愛称はその略称で《アインツ》っていうんだよ』

『へぇ。で、アインツ。お前は何ができるんだ?』

『ふっふー。何ができると思います?』

『質問に質問で返すな!』


 壮馬はAIにつっこむという行為に奇妙な感触を覚えながら、一方ではセブラに送られてきたアインツのマニュアルを読み込んでいた。

 

『ノリの悪いマスターだなー。えっとね。ボクは管理用AIです。あなたのセブラと同期して、スキルの発動・管理や念子情報の管理・操作などを自律的に行うことができます。……面倒なのであとはマニュアルを読んでください!』

『もっと詳しく説明しろよ! 全然説明になってないぞ!』


 壮馬は若干イライラしながら、AIのマニュアルをセブラに保存した。


「あー。なんかごめんね。変な物プレゼントしちゃって。テストした時のデータ見た限りは優秀な子だったから、きっとお兄ちゃんの仕事でも役には立つと思うよ」

「そ、そうか。まあ、ありがたく受け取っておくよ」

 

 そうして、壮馬は日葵との思念情報の共有を切った。

 アインツがうるさかったので黙らせていると、日葵が少し、真剣な顔をして話しかけてきた。

 その顔には先ほどまでの楽し気な空気はなく、少し深刻そうな雰囲気を漂わせていた。


「あ、それとね。……卒業兼就職祝いついでに、お兄ちゃんに一つ約束してほしいことがあるの」

「ん?なんだ?」

「あのね。お兄ちゃんは探索者になったでしょ? だからね……絶対に無理しないで欲しいの」

「そんなことなら大丈夫さ。心配するな。迷宮内で無理して探索してもいいことないからな」

「そうじゃなくて……ほら、私の治療費稼ぐの大変でしょ? だからそのために、色々無理して悪いことに巻き込まれたりしないか心配なの」


 日葵は真剣な表情で言った。その顔には心配とも懇願ともとれる思いが見て取れた。

 日葵は壮馬に才能がないことをよく知っていた。だから、普通に探索して日葵の治療費を稼ぎ続けるのはおそらく不可能だろうということも知っていた。

 だから、今後壮馬が日葵の治療費を稼ぎ続けようと思ったら、いつかは迷宮内での犯罪に手を染めることになるのではないか?

 そうしたら、兄は間違いなくまともな人生を歩めなくなる。それは自分の本望じゃない。

 日葵はそう思っていた。

 日葵の言いたいことはつまり、「自分の命より兄自身の幸せを優先してくれ」ということなのである。

 そのことを、壮馬は正確に理解した。


「……治療費のことは俺が考えることだ。日葵は気にしなくていい」

「うん。ありがとう。でも、お兄ちゃんが不幸になって私の寿命が延びるのは本望じゃないの。私はお兄ちゃんが人生を犠牲にする姿を見ることなく死にたい。だから、今、ここで約束して。無理はしない、悪いこともしないって」


 その時の日葵には確かな信念が垣間見えた。

 その確かな意思の宿った目を見て、壮馬はこう思った。

 俺が不幸になって日葵が悲しむっていうなら、悪事を働いて日葵の治療費を稼ぐのはやめるべきかもしれない。どうせ悪事を働いても、無能で最底辺の自分に稼げる金は一時的なものだろうし、そうして日葵の思いを無視してまで日葵の寿命を少し延ばすくらいなら、日葵に幸せなまま死んでもらいたい。

 だから壮馬は、日葵にこう言った。


「……分かった。約束するよ」

「ありがとう。……へへ。ごめんね。ちょっと強引だったかな?」

「まあ、強引だけど、日葵の頼みなら断れんさ」

「お兄ちゃんって私に甘いよね」

「そうか? じゃあ厳しくしてみようか?」

「んー、いや、お兄ちゃんは甘いくらいがちょうどいいよ。だって世の中はシビアだもん」

「そうか。まあ、そうかもな」


 こうして、二人は別れた。

 この時の約束は、壮馬が悩んだ末に行った、確かに意味のある約束だった。

 しかし、この時の壮馬は自覚していなかった。壮馬には日葵との約束よりも大切なものがあるということを。

 自分がどうしようもなく、自分勝手な人間であるということを。

 それを知るのは、もう少しだけ先の話である————。






—————

【お知らせ】

 どうも、作者の日野いるかです。本作をここまでお読みいただきありがとうございます。

 本日は2話分投稿させていただきました。そのうちの一つは閑話になっていると思います。

 この閑話は、この世界の歴史について語った内容になっていますが、別に読まなくても物語の進行には全然影響ありませんので、読み飛ばしていただいても構いません。

 物語性もほとんどなく会話文も挿入できなかった話ですので、読んでいてつまらないかと思います。それでも気になるという方のみご一読ください(約2000字程度です)。

 お知らせは以上になります。それではまた。

                         2022年5月1日 日野いるか


【豆知識】

~スキルの発動原理~

 スキルというのは、体内に存在しているオーラと呼ばれるエネルギー(力場のようなもので、常時体の周囲に放出されている。使用しても減らない)がマナ(不思議な性質を持った粒子。オーラの力を受けて超常現象を引き起こす)に干渉することによって発動する。

 そのオーラは特定の情報を持った思念波(精神エネルギー)を受け取ることによって動作する。つまり、オーラに思念波を発することで、オーラが特定の性質を持ったエネルギーに変換されマナに付与されることで、スキルが発動するという仕組みになっているのである。

 スキルメモリはこの特定の情報を持った思念波を発する機械であり、術者のオーラと回線を接続することで、スキルメモリを使うだけで手軽にスキルを使うことができるようになったのだ。

 一応、外部装置であるスキルメモリに頼らず、自らの思念体で思念波を発してスキルを使用することもできる。ただし、この方法を使用するのは高度な知識と技量が必要なのであまり現実的ではない。

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