第3話 歓迎パーティーでの一幕

※2022/4/30 一部注釈の追加や加筆修正をしました。また、あとがきに【豆知識】を追加しました。話の内容は変えていません。


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『今日の17時から新人歓迎パーティーを開きます! トップクランの人達も参加するので、皆さんもぜひ参加してください!』


 無事、講習会を終えた壮馬達は、講習会の後に講師から聞いた宣伝に誘導されて、パーティーが開かれるという会場へと来ていた。


 ギルドの一階に位置する大きなホール。高級そうなテーブルセットや壁一面のガラス窓に加えて、外には小さな中庭までついている。

 さすが、日本の中心、横浜の支部だけある(注:迷宮誕生以後、日本の首都は横浜になった)。そう思った新人探索者は多かっただろう。

 

「なあ、壮馬! 見ろよ! あれ、《ホルス》のメンバーだぜ! 生で見ると感動するなぁ。あ! あっちには《天城探検》のメンバーがいるぞ! 俺あの人たちのファンなんだよなぁ。攻略動画も死ぬほど見てるし」

 

 奏斗が興奮した様子で、壮馬に話しかけている。しかし、壮馬はあまり興味がなさそうである。

 ちなみに、《ホルス》というのは、《ホルスカンパニー》というクラン(注:探索者達が集まって出来た営利社団法人のこと。簡単に言うと、探索者達の会社を指す)のことを指し、《天城探検》というのは《天城探検事務所》というクランのことを指している。どちらも非常に有名なトップクランであり、知らない者はいないというほどに有名な組織だ。

 勉学で忙しい学生生活を送ってきたために、情報弱者となってしまった壮馬ですら知っているほどである。


「俺もあんな風になりたいなぁ」

「そうか? あの人たち、多分相当な修羅場くぐっているぞ? 俺は好き好んで修羅場に足を踏み入れたくはないな。平穏が一番だ」

「夢がないなぁお前は。まあ、お前は妹がいればそれでいいって奴だしな。そりゃそうか」


 そう言って、奏斗は近くにあったつまみを一つ、パクッと口に放り込んだ。

 この会場の料理には、高級な迷宮産の肉や野菜が使用されている。

 壮馬達にとっては普段食べる食事よりもグレードが上であるため、夕食は大いに楽しめた。


 と、そこで壮馬はふいに視線を感じた。

 振り返ってみると、……宮崎と仲間の不良達がすぐ近くまで来ていた。

 少し派手な服装を着崩した彼らは、壮馬に近づくと、いつものように罵詈雑言を吐き出した。

 

「よぉ。黒瀬。お前も探索者になったんだな。まあ、お前はどうせG判定の無能だから、たいして成功しないだろうがなぁ」

 

 不穏な空気を感じて聞き耳を立てていた人たちが、一瞬顔をしかめた。

 いじめも不快だが、それ以上に、他人の適性値を安易にしゃべったことが不快さの原因であった。

 適性値などの情報は、探索者にとって生命線となる個人情報。安易に他人に教えていいものではないのだ。

 ましてや、他人の適性値の情報を言いふらすのはマナー違反であった。


「俺が9級市民だから探索者にならざるを得ないのは知っているだろ? あと、人の適性値の情報を言いふらすのはマナー違反だ。気を付けろ」

「ハッ。お前が無能であることは、この後の就職合戦ですぐに知れ渡ることだろうが。まあ、お前の場合、どうせ就職なんてさせてもらえないだろうがな」


 宮崎は心底バカにした表情で壮馬への罵倒を続けた。

 周りの視線は半分に分かれた。才能がG判定にも関わらず、迷宮探索をする以外の選択肢がない壮馬に同情する視線と、逆に壮馬をバカにする心無い視線である。

 そんな不快極まりない空気感に奏斗はどうしていいのか分からず、戸惑うばかりであった。

 奏斗は壮馬がいじめられていることは知っていても、奏斗が一緒にいる間はいじめられたことはなかったので、まさか自分がいる時に宮崎達がやってくるとは思いもしなかったのである。


「で、何しに来たんだよ? 奏斗がいるのに他人をいびってていいのか?」

「別に構わんが? 言っとくが今の俺は学校にいた時とは違う。成人して地位を相続して、今は立派な上級市民様だ。友利のようなちょっと人当たりがいいだけが取り柄の、木っ端の中級市民の目なんて気にする必要もないんだよ」


 宮崎は自慢げにそう言った。

 ちなみに、9級から1級まである階級だが、9~7級までを下級市民、6~4級までを中級市民、3~1級までを上級市民と呼ぶ。

 宮崎は3級市民を相続したので上級市民、奏斗は6級市民なのでぎりぎり中級市民、壮馬は9級市民なので下級市民である。

 中級市民は収入制限がある以外は、迷宮誕生以前の一般人とさして変わらない層であるが、上級市民には、政治・法律・社会通念上の様々な優遇が存在する。それこそ、宮崎が図に乗るのも納得といえるほどの数々の優遇が存在し、その格差は壮馬達にとってみれば、理不尽と言わざるを得ないものであった。


「そうか。で、そんな宮崎様が無能の俺に何の用だ?」

「ああ、そうだったな。お前に話があるんだよ」

「話って? 俺はお前と話すことなんてないけど」

「いちいち口答えしてんじゃねぇよ。無能が。……お前、妹いるんだろ?」


 その瞬間、壮馬の緊張が数倍に跳ね上がった。


 壮馬を普段からいじめる宮崎が、今まで妹の話題を出したことはない。なぜなら、壮馬が妹の存在をなるべく表に出さないように努力してきたからだ。

 宮崎は壮馬のことをいじめの対象にしていたが、壮馬のことをよく調べていたわけではなかった。調べる価値もなかった、というのが理由である。

 そんな宮崎が妹へと興味を持った。そこに不自然さを感じた壮馬であるが、それ以上に宮崎が何を言いだすのか不安でたまらなかった。


「……日葵が、どうしたんだよ?」

「いや、最近知ったんだけど、お前の妹って結構美少女だろ? でも難病をかかえていて治療費に困ってるらしいな?」

「…‥まさかお前が治療費を出してくれるとか言うんじゃないだろうな?」

「そのまさかだ。俺は今、相続のおかげで一端の資産家だ。お前の妹の治療費を払うことぐらい、普通にできる」


 宮崎はニヤニヤしながら、信じがたいことを言った。

 壮馬はそれを聞いて、警戒をさらに引き上げた。宮崎の提案には裏があると、すぐに見抜いたからである。


「……どういう風の吹き回しだよ?」

「俺も成人したから、子供のままじゃいられなくなったってだけだ。家に貢献しなきゃならん。だから、憐れな無能9級市民に施しを与えて、家のイメージを上げたいんだよ」


 壮馬は瞬時に宮崎の言葉を嘘だと思った。

 宮崎がそれだけのために、多額の医療費を払うだろうか? それも気に食わないと思っている相手である壮馬に。

 まだ、何か隠している。壮馬はそう思い警戒を続けた。


「……俺はお前からの施しなんて受けたくない。受け取りを拒否する」

「おいおい、口答えするなとさっき言っただろ? それに話にはまだ続きがある。……俺は一時的に施しを与えるだけでなく、継続的に支援するつもりだ。そうしないと、お前の妹は遠からず死ぬ。黒瀬、お前が金を稼げないのが原因でな」

「……」

「だが、お前の妹の医療費は多額だ。さすがの俺でも治る予定のない難病の治療に多額の資金を割き続けるのは不可能だ。そこで、だ。お前の妹を俺の妻に迎えたい」

「ッ⁉」


 その瞬間に壮馬を襲った強い衝撃は、壮馬の頭を真っ白にさせるには十分であった。


「妻にすれば、お前の妹は9級市民から4級市民になれる(注:市民は結婚すると、より高い地位を持つ配偶者に近い身分を獲得できる)。だから、別の方法で働くことも可能になる。お前の妹って結構優秀なプログラマーなんだろ? だったらかなりの収益が期待できるはずだ。そうすれば妹は生き残れるし、結婚生活だってさせてやれる。いい話だろ?」

「……ふざけるな」

「ああ? なんだって?」

「……ふざけるな、と言ったんだ。誰がお前なんかに俺の大切な妹をやるものか。いい加減にしろ。このゲス野郎」


 壮馬は真っ白になった頭で、宮崎の提案を一蹴した。

 日葵が宮崎の妻になる。そう考えただけで、壮馬は吐き気を催すほどに気分が悪くなった。

 絶対に認められない。何が何でも阻止する。壮馬はそう決意した。


「……てめぇ。この俺に口答えするとはいい度胸だな‼ 妹が死んでもいいのか⁉」

「てめぇに嫁にやるくらいなら別の奴にやる。お前にだけは死んでも渡さん‼」

「……言うじゃねぇか。だがな。その決意は無駄だ」

「なんだと?」

「お前が拒否したところで何の意味もないって話だよ。成人した妹が俺との結婚をOKすればいいだけだ。この話には最初からお前の立ち入る隙間なんてない。お前の妹が俺の物になるのは、既に決定事項なんだよなぁ」


 宮崎は優越感に浸りながら、壮馬の様子を心底楽し気に眺めていた。

 壮馬はその姿を見て絶望した。それは、宮崎の言っていることが正しかったからだ。


 壮馬の妹の日葵が、宮崎との結婚を了承するかは本人次第だが、おそらく了承するだろうと壮馬は踏んでいた。

 日葵は常日頃から治療費を払うために生活を犠牲にしている壮馬に対して申し訳なく思っている。壮馬はその姿を何度も見てきた。

 結婚すれば壮馬が治療費を払い続ける必要はなくなる。そうすれば、自由になった兄は本来の幸せを手に入れる。

 日葵ならそう考えるだろうと壮馬は思った。


 だが、日葵は本心から望んで宮崎の妻になるわけではない。

 宮崎の今までの行動から推測するに、宮崎が日葵を人間として愛することはないだろう。

 そんなところに日葵が望んで行くわけがない。

 壮馬はそのことも確信していた。


 だから、壮馬にとって日葵が宮崎の妻になることは絶対に許せないことだった。

 日葵が自分のために不幸になるのは、壮馬にとって最も許せないことだからだ。

 たとえそれが傲慢なことだと分かっていても……。

 だから、壮馬は必死に考えた。絶望を切り開く希望の糸を必死にたぐりよせようと意識を研ぎ澄ました。

 そして、壮馬が出した答えは……。


「……宮崎、俺と勝負しろ」

「あ? いきなりなんだ?」

「1対1で模擬戦をしろ。お前が勝ったら日葵をくれてやる。日葵がお前との結婚を了承するように口添えもしてやる。その方が強硬手段に出る必要がなくて楽だろ? だが、俺が勝ったら……日葵と永遠に結婚しないと誓ってもらう」

「……お前、俺に勝てると思ってるわけ?」

「勝てるか勝てないかじゃない。やるしかないだけだ」


 壮馬は静かな口調でそう言った。

 宮崎はその様子を、最後の悪あがきに挑む絶望した人間のそれだと判断し、再び顔にニヤニヤした笑みを浮かべた。


 その宮崎の判断には根拠があった。それは、この勝負に負けても宮崎は全く損をしないということである。

 実際、ここで誓っても法的には何の意味もない。あとでこの約束を反故にしても、宮崎には何のデメリットもないのである。

 だから、宮崎は壮馬が正常な判断も出来なくなって、自棄をおこしていると判断したのだった。


「いいぜ。その言葉、二言はないだろうな?」

「ああ、もちろんだ。ただし、立会人としてこのホールにいる人全員を指名する」

「ッ⁉」


 宮崎はそこでようやく壮馬の真意を悟った。

 ホールの人全員。それはすなわち、《ホルスカンパニー》や《天城探検事務所》といった上級探索者の面々が立会人になることが条件、ということだ。

 その立ち合いの下で行った誓いを破ったりしたら……彼らの顔に泥を塗ることになる。

 その時には彼らによって苛烈な制裁が課されるだろう。

 宮崎はそのことを想像して身震いした。


「どうした? 怖気づいたか? 無能の俺に負けるのが怖いか? お前の威勢のいい罵倒はただのブラフだったのか?」

「……ふざけんな‼ 俺はお前よりも強い‼ 調子に乗るんじゃねぇ‼」

「だったら受けてみろよ。それともやっぱりブラフか?」

「お前の勝負受けて立つ‼ その調子に乗ったアホ面、二度とできないようにしてやるよ‼」


 こうして、二人の勝負が成立した。

 壮馬の、妹を賭けた一世一代の大勝負が始まろうとしていた。



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【豆知識】

※豆知識は必須知識というわけではありません。読み飛ばしていただいても物語進行には問題ないようにしたいと思います。本編を読んでいて気になった、疑問に思ったという方のみ、読んでいただければよいと思います。


~首都横浜~

 迷宮誕生の被害は横浜から広がっていったが、モンスター達は一度襲った場所については再び大規模侵攻を仕掛けることはなかった。

 そのため、横浜が日本で最初の避難所となり、結果として横浜に人口が集中した。  

 その結果、横浜は復興するのが早く、自然な流れで重要な都市機能が集中することになった。

 現在横浜が首都になっているのはそのためである。


~婚姻制度~

 婚姻は基本的に当事者同士の合意によって成立する。この点は迷宮誕生以前と変わらない。

 そのため、壮馬が妹(黒瀬日葵くろせひまり)の結婚の成立について干渉することは法律上できないことになる。

 また、身分の離れた者同士でも婚姻は可能で、その場合には婚姻すると配偶者に相応しい身分が自動的に付与される。

 これは、身分による収入制限のせいで、配偶者同士の金銭のやり取りが出来なくなる不都合を解消するためであり、円満な結婚生活を奨励する意図がある。 

 ただし、身分の離れた者同士の婚姻というのはほとんど行われないのが常識となっており、婚姻は同じ身分の者同士で行うのが一般的となっている。

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