第1話 卒業式

※2022/4/30 本文の下から18行目に天城桜の容姿に関する描写を追加しました。


—————



 ————話は約50年前に遡る。


 21XX年。石油資源の枯渇が人類の死活問題になり始めた頃。

 それは突如として人類の前に現れた。


 はじまりは横浜だった。

 前触れもなく地面が揺れ始めたかと思うと、いきなり地面をかち割って、黒い岩石の塊がせりあがってきた。

 それはブロックを積み上げた祠のような形状をしていて、全体に水色に光る幾何学的な模様が入った不思議な見た目をしていた。

 明らかに人工物。しかし、現代人のセンスではない。

 高層ビルが立ち並ぶ都会の中にあって、その建造物は場違いなほどにファンタジーの雰囲気を醸し出していた。


 その後の世界の変貌は、小学校の教科書に必ず記載されるほどに有名だ。

 謎の建造物からは無数の怪物——後に人類はその怪物を《魔物》あるいは《モンスター》と呼ぶ——があふれ出し、街は破壊され、人類は空前絶後の大虐殺を体験した。

 頼みの銃火器は怪物たちにはほとんど効果がなく、人類は指を咥えて科学文明が敗北する様を眺めていたのである。


 そして、怪物たちが暴れまわった後には、決まって新しい祠が誕生した。

 当然、新しい祠からもた。無数の怪物たちがあふれ出し、新たな大虐殺が繰り広げられ

 そんな調子で悪夢は世界中に拡大し、気付けばその頃には、その祠にも名前が付けられていた。

 すなわち《迷宮》——《ダンジョン》である。




◇ ◇ ◇

 

 

 

 ————そして、迷宮の誕生から約50年経った頃。


 とある高校にて、卒業式が行われようとしていた。


「俺ら、今日で卒業かぁ」

「だな」


 校舎の屋上で、二人の生徒が春風を浴びながら、最後の昼休みを味わっていた。

 一人は黒瀬壮馬くろせそうま。黒髪黒目で中背の平凡な青年だ。もう一人は、友利奏斗ともりかなと。茶髪にダークブラウンの瞳を持つ社交的な青年だ。


「なんか、全然実感わかないな」

「そうか? 俺は実感あるぞ。昨日、生活支援の打ち切りを宣告されたからな」

「うわぁ、卒業の感動的な雰囲気が台無しだわ」

 

 奏斗はまずいものでも食べたみたいに、舌を出して食べ物を吐き出す仕草をした。

 壮馬のいう生活支援とは、一言でいえば、お金に困っている貧困層へ補助金を出す制度である。

 ただし、その制度の対象者は成人前の18歳までの子供なので、卒業と同時に成人する壮馬は、以後、生活支援の補助金を受け取ることができない。

 今までは妹の治療費を生活支援で賄ってきたが、今後は自力で稼がなければならないのだ。


(相変わらず世知辛いな。この世界は)


 壮馬はふとそう思った。

 その言葉は悲観や不満からくる感想ではなく、どちらかと言えば、達観からくる感想であった。

 それくらい、壮馬はこの世界の厳しさを過去に味わい、そして乗り越えてきていた。


「悪かったな。金の話を出して」

「別にいいよ。俺もお前が大変なのに、嫌なものでも聞いたみたいな仕草をして悪かった。ごめん」

「いや、いいよ。奏斗だし」

「じゃあ、お互いさまってことで」


 お互いに慣れた感じで会話を重ねる。

 何でもない会話を続けていると、世の中厳しいことばかりじゃないな、と壮馬は思う。

 壮馬にとって奏斗との会話は数少ない小さな幸せであったのだ。

 

 しかし、その幸せはいつも長くは続かない。

なぜなら奏斗は壮馬と違って友達が多く、忙しいからである。

 会話の途中で奏斗の通信デバイス——《セブラ》という愛称で呼ばれている小型のワイヤレスイヤホン型の機械——が着信音を立てた。

 奏斗にしか聞こえないその音で、新着メッセージが入ったことを知った奏斗は、それを確認すると、腰を上げて立ち上がる。


「どうした? メッセージか?」

「うん。悪い。卒業式の準備で呼ばれたから行くわ。係のくせにサボるなーって、委員長がお怒りだ」

「そりゃ早くいかないとまずいな。行ってこい」

「また式の後にでもどっか行こうぜ」

「そうだな」


 そこで壮馬と奏斗は別れる。

 壮馬は小さな幸せが終わりを告げたことに……特に悲しむでもなく、空を眺めた。

 しばらくして、ふう、と一つため息を吐くと、腰を上げて立ち上がり、そして振り返りつつ言った。


「お前ら、最後の日くらい俺を放って置いてくれないかな?」

 

 振り返った壮馬の目線の先に居たのは——明らかに不良と思われる青年たち。

 着崩したブレザーと派手な髪型が目を引く青年たちは、壮馬を見てニヤニヤと笑っていた。

 そのリーダーである男——宮崎啓介みやざきけいすけが、壮馬に話しかけた。

 

「はぁ? 何言ってんの? 最後だからこそ、無能でぼっちなお前の様子を俺らが見に来てあげたんじゃねーか。感謝しろよ?」

「全然嬉しくないし、そもそもぼっちじゃない」

「友利のことか? 残念だが、あれはお前を憐れんで一緒にいるだけであって、対等な友達とは言えないだろ。卒業後は違う進路になるお前らじゃそもそも釣り合わねーんだよ」

「そうだぜ。そもそも9級市民の中でも無能で最底辺のお前が、6級市民の奏斗と一緒にいること自体がおかしいんだ。勘違いして調子に乗るのもいい加減にしろ」


 壮馬は彼らの言葉に対して、反論する言葉を積極的に考えることはなかった。

 なぜなら、彼らの言葉は半分真実であり、ここでヒートアップして抵抗しても彼らの攻撃がより一層苛烈になるだけであることを知っているからだ。


 9級市民——それは、迷宮が世界を支配してから誕生した、新たな社会システムである身分制度における、壮馬の階級を表す言葉であった。そして、その身分制度において、9級市民とは最底辺の身分を表す。


 古来より、身分の違いは人権の違いを表した。当然今の身分制度も、身分が低いほど人権が制約され、身分が高いほど特権が付与される仕組みになっている。

 その人権格差は断崖絶壁のごとき格差を生み出し、彼らは文字通り、全く異なる人生を歩むことになるのである。


 そう、だから彼らの言う通り、9級市民である壮馬は最底辺であり、卒業後は奏斗とは全く違う人生を歩まなくてはならない。

 親友同士の彼等だが、社交的かつ人気者で身分もある奏斗と、無能で底辺の壮馬では釣り合わないというのは、学校内の誰もが自然と思うところであったのだ。

 

「まあ、お前らの言うことはもっともだが、奏斗がたとえ友達でなくても、気にかけてくれていることは事実で、俺としては寂しい思いをしていない。だから、お前らがわざわざ俺に気を遣う必要はないぞ?」

「おいおい、つれないこというんじゃねーよ。気にかけてくれる奴は多い方がいいだろ? それに友利より俺の方が階級は高いんだぜ? そんな俺がお前ごときに時間を作ってあげていることをもっと喜べよっと!」

「うぐっ!」


 と、そこで宮崎が、会話をしながら壮馬のすねを思い切り蹴り上げた。壮馬はそれをもろに食らって、その場にうずくまる。

 

「おら、うずくまってんじゃねーよ。もっと俺達のサンドバックとして役に立て。そうやって役に立てるだけでも光栄なことなんだぜ? なんせそれ以外では役に立たないゴミクズなんだからなぁ!」


 そこからは仲間の不良達も思い思いに壮馬を蹴り始めた。彼らの攻撃は容赦なく、ボコボコにされるまでそれほど時間はかからなかった。

 しかし、彼らのストレス解消は突然終わりを告げることになる。


「壮馬⁉ あなたたち、やめなさい! 生徒指導の先生に通報するわよ!」 

「な⁉ 天城あまぎ⁉ 何でここに……いや、ちがうんだ。これは。その」

「言い訳は結構。状況を見ればあなたたちに言い訳の余地はないわ。分かったらさっさと消えなさい。権威を振りかすだけの恥知らず」

「ッ⁉ わ、わかりました……」


 不良達は天城あまぎと呼ばれた桜色の長髪が特徴的な少女に睨まれると、蛇に睨まれたカエルみたいに萎縮して屋上を立ち去って行った。去り際に宮崎は立ち止まって壮馬を振り返り、少女にバレないように一睨みすると、ようやく階段を下りて行った。


「…‥ひどい怪我ね。医務室に行かないと」

「……いつもすまんな、桜」

「いいわ。幼馴染だもの。とりあえず移動しましょ。立てる?」

「ああ、問題ない」


 壮馬は立ち上がると、制服の土埃を手で払って整える。この動作が染みついてしまうほどには、壮馬はいじめられるという状況に慣れてしまっていた。

 そして、いつも幼馴染の少女に助けられる。そんな自分を悔しいと思いもするが、残念ながら彼にはそれをどうにかできる力を持ち合わせていなかった。


 無能というのはこの世界では搾取されるだけの弱者だ。そして、弱者は強者に依存するしかない。

 壮馬も今までそうしてきた。幼馴染という強者に助けられてきた。そんな自分をカッコ悪いとは思うけれども、それ以上に仕方がないと思っていた。


 でも……と壮馬は思う。願わくば、このどうしようもなく理不尽な世界から、妹だけでも救い出せる力が欲しいと。それが彼の今の、たった一つの願望である。

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