021 車で黙りこくる
車は湾岸線の入り口から高速に乗り、ベイブリッジを渡ってゆく。
いったいどこへ向かっているのだろうか。
「………………」
「………………」
────なんか喋った方がいいのだろうか。
考えるだけ無駄だ。そもそも、話題がない。
ありがたいことに、犬上も言葉を発しない。
さっきの屈託のない笑顔はどこへ行ったのだろうか? 車に乗った途端、犬上は黙りこくってしまった。
黒塗りで白の内装の高級車。前列には、助手席に座っている犬上と並んで、黒いスーツの若い男が運転をしている。
最初はタクシーだと思っていたのだが、どうやらこれは自家用車らしい。
つまり『運転手付きの車』ということだ。
車に乗り込んだ事を後悔するが、もう遅い。どうしようもなく、車のシートに身を預ける。
いったい、犬上とはどういう人物なのだろう。
正直、他人のプライベートには興味を持ち合わせていない。中学三年の1年間、クラスが一緒だったというだけだ。
それがどうだ。
父と知り合いだったという姉を持つ、元同級生。降って湧いたような関係だ。
父は────。
8年前から行方不明。
横浜であったという、大きな事故。佳穂の記憶から、すっかり抜け落ちてるその出来事。
怪我をした佳穂と同じように、事故に巻き込まれてしまった────。
そうは思いたくない。
憤慨している祖母と同じように、単なる失踪と片付けてしまいたい。
『あのバカ息子。可愛い孫をほっといていなくなるなんて……。見つけて、とっちめてやるからね』
祖母は遠い目でそう言っていた。
だから、今でも人を使って父を探しているのだという。
だけど、手がかりは未だにナシ。
────とっちめたい。
そう言ってた祖母と同じように、佳穂には父と会ったら問い詰めたいことがあった。
────事故の直前まで父と一緒にいた。
佳穂の記憶ではそうだった。ところが、病院で意識を取り戻した佳穂は、開口一番。
『お母さんは!? お母さんは、どこ!?』
と、はっきりそう訊いたのだと言う。
「記憶が混乱しているのですよ。大きな事故の被害者にはよくある事です」
佳穂の主治医はそう診断した。
だが、佳穂の母は事故よりさらに7年前、佳穂が生まれて間も無く、亡くなってしまっていたはずだ。つまり、それは物心がつく前の話だ。その証拠に佳穂には、母との記憶がない。
家の玄関にあるフォトスタンドの優しい顔が佳穂にとっての母の全てだ。
だが、佳穂にはぼんやりと『フォトスタンドとは違う母』の記憶があった。
それは、父と『母』とみなとみらいで遊んだ記憶。
────フォトスタンドの母とは別の人だった。
覚えていたのは、その笑顔だ。
それからしばらく経ってからだ。
父の使っていたギターの中から、その笑顔の女性の写真を見つけたのは。
不自然に2/3にちぎられたその写真には、二人の人物が楽しそうに笑っていた。
父と『もう一人の母』だ。
その写真を見るたびに、佳穂の心は締め付けられるような思いがした。
その事は、佳穂の身を案じ、東京から越してきた祖母には秘密にした。写真は玄関のフォトスタンドの中に隠してある。
(取りに行かなきゃ……)
佳穂はため息をつき、シートに深く身を任せた。
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