第3話法治国家


「ヴィラン君、君の可哀そうなでも分かるように言ってあげよう。君を含めたヤルコポル伯爵家はスタンリー公爵家の地位も財産も名誉も何もかも自分達の物にしようとした大悪党だ。君が愛人を我が家に入れようとした言動が切っ掛けとなっているが、そもそもそれが間違っている。貴族が愛人を持つ事が出来るには、経済力が必要だ。君は他人の家の金で愛人を養おうとしていたという事になる。きっと君の事だから『家族になるから公爵家の財産は自分の物、自由に使う権利がある』と思っているのかもしれないが、君は娘の婿の立場だ。公爵家の財産は全てヘスティアの物になる。君には一銭たりとも貰う権利などない。使用するにもヘスティアの許可が必ずいる立場なんだよ。なんだい? 不服そうな顔だ。異議申し立てがあるって表情だね。いいだろう! 君の言い分もキチンと聞いてあげよう。事実確認は大事だからね。私はヘスティアの父親として公爵家当主として、ヴィラン・ヤルコポル伯爵子息、君を告発する。今度は法廷で会おう。君も『自分は間違っていない』とそこで訴え出るといい」


 それは確実にヤルコポル伯爵家が負ける戦いです。負けて終わるだけではすみません。社会的に死にます。

 貴族社会というのは基本が足の引っ張り合いなのですから、皆さま、喜々として話題にするでしょう。最悪、社交界に出られなくなるかもしれませんね。


「公爵閣下! 申し訳ありません! それだけは……それだけはご容赦ください!」


「おや? それは彼の親としての立場で言っているのかい? それともヤルコポル伯爵家の当主として言っているのかい?」


「それは……」


「とても法務大臣とは思えない言葉だね、ヤルコポル伯爵。いっその事、大臣を辞職してはどうだい? これからの裁判に備えるためにもね」


 お父様も容赦ありませんね。

 仕事人間にそれを言うなんて……。



「卑怯者! 父上は関係ないだろう!!」


「関係ない? そんな訳がない。君はヤルコポル伯爵家の息子だ。しかも成人前。当然、親の責任は重大だ」


「~~~~っ、せ、責任って……僕はただ勘違いしていただけじゃないか!!」


 空気が読めないのでしょうか?

 火に油を注いでどうするんですか。 


「ヴィラン! お前はもう黙っていろ!!」


「父上……だってだって」


「公爵閣下、度重なる無礼申し訳ございません!」


「君達が頭を下げて謝った処で何の価値もないよ。ヤルコポル伯爵子息は自分は悪くないと主張している。反省する気がない人間からの謝罪など意味が無いからね。もし良ければ王家に事の顛末を伝えて王家からの裁断をしてもらった方がヤルコポル伯爵子息としては良いのではないかい? まあ、血統主義の王家なら爵位剥奪の上に一族の処刑を言い渡すだろうけどね」


 ヴィランは呆然としています。知らなかったのかしら?

 貴男の父君は法を司る側の人間ですのに。

 

 我が国は法治国家です。

 そのため揉め事の大半が法律で解決する事になります。ですが、貴族の場合に限っては「王室裁判」が受けられます。王家が貴族を裁判する制度ですが、これをする貴族は稀でしょう。普通の裁判よりも判決が厳しいのです。訴える側ですらためらう程に。ですから、もし「王室裁判」を行うなら、ヤルコポル伯爵家に一族郎党の処刑を言い渡すでしょうね。

 

 数代前の国王の愛妾がやらかしていますからね。王以外の子供を産んで「陛下の子供でございます」とした挙句に、他の貴族と結託して王妃腹の王子様達を亡き者にして我が子を玉座に就けようと画策したのです。杜撰すぎる計画によって事前に阻止されましたけど、それ以後は極端な血統主義になり、血筋の入れ替えによる乗っ取りには酷く敏感で厳しいのです。


 ヤルコポル伯爵はその事をよくご存じのはず。だからこそ必死になっているのです。それが理解出来ない息子がいると苦労しますね。


「ヤルコポル伯爵、私は撤回はしない。こんな形で君達との関係が終わってしまうのは残念でならないよ。だが、情で有耶無耶にするつもりは無い。貴殿も家族とよく話し合った方がいい」


「……はい。今までご迷惑をお掛け致しました」



 これがヤルコポル伯爵親子との最後の会話になるのでしょう。

 次に会った時は、本当に他人同士。情けはかけません。放心状態の子息を半ば抱えるようにして出て行かれたヤルコポル伯爵夫妻。元婚約者ヴィランが我に返ったのはヤルコポル伯爵家の馬車に乗り込んだ直後。馬車の中から泣き叫ぶ男の声が聞こえてきましたが、今の私の心には何一つとして響く事はありませんでした。


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