オクリ音

桐谷綾/キリタニリョウ

プロローグ お別れビデオ

「林さん…泣いてるの?」


上司の坂元の言葉で、私は自分が泣いている事に気づいた。

人前で涙を流すなんて一体いつ以来だろうか。

そしてそれが無意識であった事に少し驚く。


当時の私は まだ入社して間も無かったけれど、それまでにも何度か ”お別れビデオ”は観た事があった。

それでもその日まで、泣きながらそれを観るような事は無かったと思う。

彼の作ったその映像を観て、私はこの仕事に一層の誇りを感じた。

自分がここにいる意味もあると思えたのかもしれない。


”お別れビデオ”と呼ばれるそれは 私が勤める 蓮香斎場で人気の高い葬儀のオプションで、遺族の希望により作成される 故人の紹介映像の事を指す。

正確にはDVDなのだが、年配のご遺族などにはビデオと呼ぶ方がスムーズに伝わるらしくそのままになっている。

故人の好きな曲・所縁のある曲に生前のエピソードが添えられる”お別れビデオ”は、物悲しげな音楽をかけながら上司やら恩師やらが長々と故人を語るよりも ずっと伝わりやすく本人らしさが際立つ。


不謹慎かもしれないけれど、坂元さんが作ったあの映像を観てから 私はこの ”お別れビデオ”が大好きになった。

時に切なく、時に温かく、そしていつも優しく 故人を映し出す。

葬儀プランにはじめから組み込まれているわけではなくオプションで対応するというという事もあってか、その映像どれを取っても遺族の想いが伝わってくる。


そんな ”お別れビデオ”や自分の事をいくつかお話したいと思う。

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