3-6 希望の町 アルズ

「それじゃあ、何かあったらすぐに呼んでくれな! 食事ができたら、また呼びに来るから!」


 元気のいい言葉とともに、ぱたんと部屋の扉が閉められた。

 少年に案内してもらった部屋は、それなりの広さがある二人部屋だ。大きめのベッドが二つ用意されており、テーブルも大きめのものが用意されている。二人分設置された椅子はしっかりとした作りになっており、安心してくつろげそうだ。

 クローゼットは一つしかないが、そのかわり、二人分の衣服を問題なくしまえそうなほどに大きい。


 部屋の中でシャワーが浴びれるようにユニットバスも用意されており、二人部屋の中でもかなりランクが高そうな部屋であることがリーリャにも感じ取れた。

 しんと静まり返った部屋の中で、リーリャとアヴェルティールは閉められた扉を見つめたまま、じっと動かない。

 しばしの無言の時間が続いたのち、先に動いたのはリーリャだった。


「あの……アヴェルティールさん……」


 すぐ隣にいるアヴェルティールへ声をかけ、彼が身にまとう衣服の端を軽く引っ張る。


「リインカーネーションを支え続けてきた一族がいること……ご存知でしたか?」

「……。……いいや」


 首を左右に振り、アヴェルティールがリーリャへ視線を返す。


「はじめて耳にする話だ。リインカーネーションを支え続けていた一族がいたなんて……しかも、その血がいまだ途絶えずに存在し続けていたとは」

「……でも、本当にそういった一族がいるのなら、リインカーネーションと同じように伝説の中で語られていてもいいのではと思うのですが……」


 呟くように言葉を紡ぎながら、リーリャはもう一度己が知っているリインカーネーションの伝説を思い浮かべた。

 だが、何度思い浮かべても、リインカーネーションを支える一族が存在するかのような言い回しは思い当たらない。

 思い出せるのは神の怒りに触れたこととリインカーネーションが命を捧げて祈りを届けることで世界の滅亡が防がれることだけだ。


(何度考えても、リインカーネーションを支えていた一族がいることは語られてない……)


 現在の伝説では、リインカーネーションは突然現れるようになり、周囲に彼または彼女を支える存在はいないかのように聞こえる伝えられ方をされている。

 代々リインカーネーションを支えてきた一族がいるのなら、その一族はリインカーネーションと密接な関係にある。伝説の中で語られていてもおかしくなさそうなのに。

 無言で考え込んでいたアヴェルティールだったが、扉の前から移動して椅子に座る。

 リーリャもそのあとを追いかけるように椅子へ座ると、アヴェルティールが口を開いた。


「……あの子供は、こんな場所に追いやられた身だけどとも言っていたな」

「あ……」


 そういえば――確かに少年はそういっていた。

 もともとリインカーネーションの傍にいた一族だが、何らかの理由で追いやられたとしたら?

 そして、アルズの町の片隅でこうして生きているのだとしたら?

 ……彼らが代々リインカーネーションを支え続けてきた一族なら、今と昔の伝説がどう違うのか、はっきりと知っているのではないか?


「リーリャ」


 考え込んでいた意識がはっと引き戻される。

 顔をあげると真剣な顔をしたアヴェルティールと目が合い、とくりとわずかに心臓が脈打った。


(……って、今はそんな余裕ないのに)


 アヴェルティールはとても綺麗な顔立ちをしているけれど。

 リーリャに対して、さりげない優しさを見せてくれるけれど。

 それは彼にも目的があるからであって、リーリャが今代のリインカーネーションであるからで、リーリャ個人に対して特別な振る舞いをしているわけではないのだから。

 それに何より、今は彼の行動にときめいている余裕などない。


(私たちは、リインカーネーションの伝説が真実かどうかを確かめないといけないんだから)


 心の中で何度も自分に言い聞かせるリーリャの前で、アヴェルティールが口を開いた。


「……トレランティアの神殿でお前が祈りを捧げている間、俺は初代リインカーネーションの容姿について記された文献を見ていた。それはお前も知っているな?」

「はい。神殿守の方とそのようなお話をされていたこと、ちゃんと覚えています」


 頷きながら返事をしたリーリャへ頷き返し、アヴェルティールは言葉を続ける。


「そのとき、俺はトレランティアの神殿を訪れた歴代リインカーネーションの記録を見つけた。その記録を確認したとき、一つのおかしな点に気づいた」

「おかしな点……ですか?」

「ああ」


 アヴェルティールの目がゆっくりと細められていく。

 次の瞬間、彼の言葉が紡いだ一言を耳にし、リーリャの呼吸がほんの一瞬だけ詰まった。


「ある年を境に、次のリインカーネーションが神殿へ来るまでの間隔が頻繁になっている――昔のほうが、今よりもリインカーネーションの代替わりが行われるまでに結構な時間と間隔が空いていた」

「え……?」


 喉から発された一言は、うんとか細い声だった。

 次のリインカーネーションが現れるのは、世界が滅ぶときが迫っているとき。

 そして、次のリインカーネーションが現れるときは、前にリインカーネーションとして選ばれた者が決まって命を落とし、世界にリインカーネーションが一人もいない状態のときだ。


「つまり、昔のリインカーネーションのほうが長命だった。現在のリインカーネーションたちは、皆、短い間隔で命を落として代替わりが行われている」


 リインカーネーションが最初から短命ならば、昔から頻繁に代替わりが行われていることになる。

 しかし、アヴェルティールが目にした記録にはそのような痕跡がなく、途中からリインカーネーションが頻繁に命を落として次代が誕生するようになっている。

 これらの情報から読み取れることはただ一つ。


「……それって……昔のリインカーネーションたちは、今みたいにすぐに死んでいない可能性がある……ってこと、ですよね?」

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