2-5 忍耐の町 トレランティア

(何、何、これ)


 何が起きたのか、まるでわからない。

 だが、何かまずいことをしてしまったのではないか――?


 どうにか止めようにも、一度動き出してしまった仕掛けが止まる気配はない。停止させることができそうなものも見当たらず、焦るリーリャの目の前で床に施されていた仕掛けはどんどん動き、やがて内側から押し上げるようにしてハッチの扉が開かれた。

 祈りの間に取り付けられた照明器具の光が、閉ざされていたハッチの内部をぼんやり照らし出す。


 ハッチの内部には、古ぼけた指輪と手紙らしき封筒がしまわれていた。

 指輪の大部分は黒ずんで汚れており、本来持っていたと思われる美しさはほとんど失われてしまっている。しかし、台座部分に取り付けられた白い宝石だけはくすんでおらず、美しい姿を保っていた。


 ともにしまわれている封筒も、長い時間ここにしまわれていたのか黄色っぽく変色している。すっかり劣化してしまっているのもあり、触れたら簡単に破れてしまいそうだ。

 本来なら触れるべきではないのだろうが、指輪も封筒も、リーリャの心を妙に惹きつけて離さなかった。


(……ちょっとだけならいいかな……)


 指輪と封筒が持つ不可思議な魅力に惹かれ、リーリャはおそるおそる指輪を――次に封筒を拾い上げた。

 封をされていない封筒は、指先で口の部分を持ち上げるだけで簡単に開く。中に入っていた便箋を取り出して開いてみた。


『後世に生まれた リインカーネーションへ』


 最初に記されていた一文を目にしたリーリャの目が大きく見開かれる。

 どくりと心臓が大きく跳ね、急いで読み進めていく。


『この手紙を読んでいるということは、あなたは誰よりも私に近い力を持って生まれてきたことでしょう』

『リインカーネーションの話がどのように伝えられているのか、今を生きる私にはわかりません』

『しかし、もし現在と違う形で伝えられているのであれば』


『――全てを明らかにしてください。多くの人々を救うためにも』


 灰色のインクで綴られた手紙は、そこで終わっている。

 後世に生まれた――それも、この手紙の送り主に誰よりも近い力を持ったリインカーネーションに向けてあてられた手紙。誰が書いたものなのかはっきり書かれていなかったが、リインカーネーションを知る人物であることは間違いない。

 そして、『誰よりも私に近い力を持って生まれてきた』という表現を使える人物は非常に限られる。


(……まさか……これって……)


 今も伝説で語られている初代リインカーネーション。

 この手紙は、初代リインカーネーションから後世に生まれたリインカーネーションへあてられた手紙であることが予想できた。

 驚愕と緊張で呼吸が細くなり、ばくばくと心臓がより強く、より早く脈打つ。

 わずかに震える手で便箋を再び折りたたみ、その中に一緒に入っていた指輪も入れてそっと懐にしまった。


 祈りの間にあったものだ。こっそり盗み出すような真似をせず、神殿守に渡すべきなのかもしれない。

 だが、初代リインカーネーションが後世に誕生したリインカーネーションに向けてあてた手紙と考えると秘密にしておいたほうがいいように感じられた。

 手紙の内容にも気になる点があったから、余計に。


(……現在と……違う形で伝えられているのならって、どういうこと……)


 手紙に記されていた『現在』とは、初代リインカーネーションが生きていた時代――つまり、後世に生まれたリーリャからすると『過去』だ。

 過去と現在でリインカーネーションの話が異なる形で伝えられているのならという一文は、リーリャの心に引っかかるものがあった。


(……伝説では……初代リインカーネーションが、こんなことを望んでいたなんて、一切書かれていなかった……)


 神殿守との会話でも、初代リインカーネーションの容姿という伝説の中では語られていなかった情報があった。

 あれは書物が神殿守たちの間で代々伝えられているもので外部への持ち出しが禁止されていたため、トレランティアの神殿守以外の人間が知るのは難しく、それ故に外部が初代リインカーネーションの容姿を知ることができなかったという理由があるといえばある。


 しかし、すでにこのような前例があるのだ。もしかしたら、世界のどこかにはリインカーネーションの伝説に関する書物で、外部に出ていないものも存在する可能性がある。そういったものの中には、まだ知らないリインカーネーションの話があるかもしれない。

 リーリャの脳裏に、アヴェルティールの背中が思い浮かぶ。


(確かめなきゃ)


 アヴェルティールがリインカーネーションの伝説が真実かどうか、知ろうとしているように。

 リーリャもまた、初代リインカーネーションの時代はどのように話が伝えられていたのかを知りたい――知らなくてはならない。

 そんな決意にも似た思いが胸の中で生まれ、リーリャは自分一人しかいない空間で力強く頷いた。


(そのためにも……アヴェルティールさんと一緒に巡礼の旅をしなくちゃ)


 現在伝えられている救国の伝説を疑うなんて、この世界で生きる者としては間違っているのかもしれない。

 けれど、初代リインカーネーションが後世へ望んだことを無視するのは、同じ『リインカーネーション』としてできなかった。

 役目は終えたと言わんばかりに作動し、元の状態に戻っていく床を見つめたのち、リーリャはゆっくりと立ち上がる。


 まずは、このことをアヴェルティールに伝えなくては。

 リインカーネーションの伝説を信じ切っている人に話すのは抵抗があるが、現在伝えられている伝説に疑いを持っている彼なら話しても問題がないはずだ。

 むしろ、これは彼も知りたいと思っている情報といえるだろうから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る