面頬~MENPO~ 鬼の薬売り

天瀬純

戦国時代 (一話完結型)

足軽と薬売り

 夕暮れ時、向こうから誰かが歩いてくる。もうすぐで日が暮れるっていうのに、こんな山道で一人で歩いているとは珍しいことだ。明日あたりにはいくさが始まるということを知っているのだろうか。まあいい。俺たち下っ端の農兵は上の連中から安い報酬で戦わされるかわりに乱取り(略奪行為)が許されているようなもんだ。あの者からも何かいただこう。


「おいっ、お前!死にたくなければ、持っている荷物を寄越しな!」


俺は槍をそいつに構えた。相手はどうやら若い男のようだ。背中に何やら木の箱のようなものを背負っている。中身が気になるが、俺がそれよりも不思議に思えたのが、その男が顔に面をつけていたことだ。目より下の大部分を覆う黒い面頬めんぽおで鬼が口を開いているかのような作りであった。


「おや、これは驚きました。私、この近くで戦があると聞いたものでして。もしかして、どちらかの兵の方ですか?」


男は一切驚いた様子もなく、俺に話しかけてきた。なんだ、こいつ。


「うるせぇ。さっさと背負ってる荷物を寄越せ」


俺は槍をさらに男のほうへ近づけた。


「あっ、でしたら、傷薬はいかがでしょうか。私が作ったものでして、よく効くって評判なんですよ。ほら、戦って何かと怪我が絶えないではありませんか」


男はどうやら薬売りのようだ。荷物を下ろして、俺に薬のようなものを紹介してきた。


「おい、話聞いてんのか」

「今なら、お安くしときますよ?」


駄目だ。こいつ、話が通じない。


「もういい、黙れ」


俺は鬱陶しくなって、そいつの命を奪うことにした。荷物は、その後に奪えばいい。持っていた槍を男の胸に向かって突き刺した。


「⁉︎」


見ると、男は槍を片手で掴んで、俺に微笑んでいた。


「くっ、離せ。このっ」


なんて力だ。槍が全く動かない。


「おかしな方ですね。私の荷物をお求めなのに、私の薬がいらないとは」


すると男の姿が徐々に変わっていくのが見えた。男がつけている黒い面頬が肌に吸い込まれていくかのように一体化していき、顔全体が黒くなっていく。いや、顔だけじゃない。身体全体もだ。そして身体が黒くなっていくのと同時に髪が白くなっていく。やがて、夕日に照らされて輝く白い髪で隠れた額のあたりから2本の細く黒い角が生えてきた。鬼だ。


「ひぃぃぃ、化け物っ」

「はい、鬼ですよ。そして薬売りです」


そう言って、男は掴んでいた槍をひょいっと持ち上げた。すると同じく槍を両手で構えていた俺の身体も持ち上げられて、近くの木の幹にぶつけられた。


「ぐふっ」


木にぶつかった衝撃が全身に走ってかなり痛かったが、すぐに立ち上がって逃げようとした。


「駄目ですよ。勝手に行かれては」


なんとか立ち上がったところで男に首を掴まれて、木に押し付けられた。


「かはっ」


深い闇のような鬼の顔が目の前にまで近づく。


「た…たすけて…っ」

「今まで言ってきた方たちを何人殺めて奪ってきましたか?」


鬼が嬉しそうに微笑みかけてくる。


「いつかは、なることも分かっていたはずでしょうに」


助けてくれ!


「私の営業を妨害したことは重罪ですよ」


死にたくない!


「そんな貴方にお勧めがこちら!」


ん?男が俺の首を掴んでいるのとは別の手で何か別の薬を見せた。


「『絶対成仏の塗り薬』でございます」


は?


「戦の場では、様々な思惑がぶつかり怪我して亡くなっていきます。そのなかには、天に召されないまま、この世を彷徨い続ける方もいらっしゃいます。そうならないためにこちらの塗り薬。負傷した際の傷に塗ることで、万が一お亡くなりになっても確実にご自身の魂が天に向かわれます」


何だよ、それ。


「おや、貴方、怪我がないですね。僭越ながら、ここで実演販売をさせていただきます」


男はそう言って首を掴んでいた手を離して、俺の胸を貫いた。


「ん゛⁉︎」

「では、こちらのお怪我のほうに薬を塗らせていきますね」


貫かれた胸のあたりが、なんだかひんやりしていくのを感じる。意識が遠のく……。


………


……



「ご利用ありがとうございました。お代は、使われるはずだった貴方の残りの寿命となります。では、ご機嫌よう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る