第2話

 州峰すほう高校は大正時代に中学校として開校したのが始まりだと、入学式で来賓らいひんが話していたのを凉水は思い出していた。今の校舎になるまで幾度もの増改築を繰り返した歴史があるのだと。そんな歴史の片鱗へんりんを新校舎では微塵も感じることはない。

 ところが今、凉水が歩いている旧部室棟へ続く吹きさらしの渡り廊下は、埃の積もった歴史というものを遺憾いかんなく見せつけていた。

 屋根を支える金属の支柱は塗装があちこちが剥がれ落ちて、その下から重ね塗りされた別の色が幾重いくえにも覗く。

 昨日よりも大粒の雨は、薄い金属の屋根を盛大に叩き騒々しいことこの上ない。

 敷かれたコンクリートもひび割れが目立ち、夏になったら雑草に覆われるのではないかと思わせる。

 そんな渡り廊下の中程で凉水は思わず立ち止まると、辺りを見回した。左手には遠目に第二体育館、右手には目の前に小高いながらも急峻な山が立ち塞がる。

 そしてこれから向かう旧部室棟は雑木林に囲まれ、その佇まいは周りの景観も相まって廃墟と呼ぶに相応しい影が落ちていた。

 今どき見かけない木造というのもあるのだろう。ここだけが歴史を感じるというよりは、時間の流れに取り残された場所だと感じた。

 気を取り直して再び歩きはじめる。木製の引き戸を開けると悲鳴のようにガラガラと盛大な音を立てた。

 中に入ると蛍光灯は点いておらず、薄暗い廊下は湿った匂いが鼻をつく。右側に並ぶ窓がなければ暗闇もいいところだ。

「ほんとにここ、文化部の部室棟なのかな……」

 学校での通称は旧部室棟、正確には第二文化部部室棟である。クラスメイトに訊いたところ誰もこの建物の存在を知らなかった。

 戻りたいという気持ちが湧いてくるのを懸命に抑えながら、一番奥の部室を目指す。

 今もそれぞれの部室には人が居るのか、外からは確認できなかった明かりが曇りガラスに灯っている。入り口には新聞部、登山部などの張り紙が見えた。なのに人の気配がまるで漂ってこないのは、きっと雨音のせいだと足早に通り過ぎる。

 目当ての部室が見えると、そこの入り口だけは引き戸が開け放たれており、中には女子生徒が二人いた。

 ひとりは部室の真ん中に置かれた椅子で本を読んでいる。もうひとりは窓辺で外を眺めている。どちらも髪は長く顔は見えない、その光景がまるで絵になっているようだと凉水はほんの少し見入ってしまった。

 本を読んでいる娘がページをめくる。そこで声をかけた。

「あの、失礼します」

 誰も声が聞こえなかったのか、返事がなければ振り向きもしない。

 もう一度声をかけようと思っていたところで、部屋の中から男の人の声が聞こえてきた。

「だからね先輩、軽い気持ちで試したくなるのは分かるけど、ああいうのは反動があるし、いくら先輩でもただじゃ済まないから絶対に駄目だよ」

 少し驚いてのぞき込むと、右奥でほうきとちり取りを持った男子生徒がしゃがんでいるのが見える。

「まぁ僕もね、本当なのか知りたいところではあるけど遊び半分でやるものじゃないよ。それなりの理由があるのなら止めはしないけど、それ以前に言い伝えが本当なら先輩には必要な資格が欠落してるよ」

 彼は立ち上がるとちり取りの中身をゴミ箱に捨てて「掃除終わったよ先輩」と話しかけているが、女子生徒は返事をしない。

 凉水は緊張がほぐれるのを感じると、改めて呼びかけた。

「あの、すみません」

 返事の代わりに女子生徒がぺらりと本をめくる。男子生徒は掃除道具をロッカーにしまっている。誰も反応しない。

 なんだか背筋が冷たくなってきた。二度も呼びかけて聞こえないなんてあるのだろうか。戸惑いながらも部室の中に足を踏み入れると、

「静太、処女が来たよ」

 読書をしていた娘が、顔も上げずに澄ました声を響かせる。

 あんまりな呼び方に凉水が硬直していると、男子生徒がロッカーを閉じた。

「あ、ごめん。もしかして声かけてくれたかな。なにか聞こえたような気はしていたんだけど雨のせいでね」

 男子生徒は人懐っこそうな苦笑を浮かべた、なかなかの好青年に見える。

「い、いえ、私の声が小さかったみたいで……」

「古い建物だから雨音が響くんだよね」

 確かに渡り廊下ほどではないが、校舎に比べると旧部室棟は雨が打つ音が騒がしい。

「少し待ってて、椅子と机を並べるから」

 壁際に向かう彼は、私よりも背が高くほっそりとした体型で軽々と机を持ち上げた。

 真新しい学生服は着てるというよりも着せられている感がまだ抜けていないのは、彼も新入生なんだろう。

「先輩が部長なんだから手伝ってくれないかな」

 ぼやく彼の前髪は目に掛かっていて野暮ったく見えるものの、無造作ヘアにセットしている。右耳には黒光りするリングのピアスが見えた。

 こう言ってはなんだけど、こんな建物の奥で活動してる部員だから、もっと陰気な人達がいると思っていた。

 彼は部室の真ん中に古びた木製の机を4つ向かい合わせると、座り心地が悪そうな木造の椅子を運んでいる。女子生徒は手伝おうともしない。

 待ってる間、部室の中を見渡すと奥には壁一面に鍵付きの書類キャビネットが並んでいる。廊下側の壁には掃除ロッカーと、見るからに怪しいお札が貼られたロッカーが並び、隣には積み上げられたダンボールと、体育の授業で使う運動マットが丸めて立て掛けてある。

 活動内容を思えば、拍子抜けするくらい部室は普通に見えた。

「ここは編纂へんさん部だよ。今は部員が減って正確には同好会なんだけど、目的はここであってる?」

 机と椅子を並べ終わった彼は、好奇心を隠さず訊いてくる。

「はい、あってます。編纂へんさん部の人に話を聞いて欲しくてきました」

 州峰高校編纂部。全国的にも学校に編纂部なんてものは珍しいだろう。編纂とは、特定のテーマに沿って資料を集めまとめることをいう。ならば学校に関係する資料をまとめているのかと思ってしまうが、編纂部で扱うテーマは特殊だ。


 今朝、凉水が所属している陸上部で朝練が終わったあと、中学時代から慕っている三年の夏希先輩が声をかけてきた。自分でも練習に身が入ってないと分かっていたけど、夏希先輩にはボロボロに見えたようだ。

 原因は分かっている。落ちる女子生徒を見てからあの光景が頭から消えず、強烈に思い出すと涙まで浮かんでくる。そのせいで昨夜は三回も夢で見て飛び起きた。

「凉水がこんなに調子崩すのはおかしいだろ。何かあったのなら話してみろ」

 女子生徒が落ちる幻を見たなんて笑われると思ったけど、凉水はグランドの片隅で昨日見たことを打ち明けた。

 きっと私は、夏希先輩にそれは幻だと笑って欲しかったんだと思う。二人で笑い合えば、この胸のわだかまりも消えるから。

 話を聞き終えた夏希先輩は茶化すどころか、試合前に見せる鋭い空気を纏っていた。

「凉水はさ、この学校の変な噂というかそういう話を聞いたことない?」

 そう言われてもなんのことか分からない私に、夏希先輩が教えてくれた内容は驚愕だった。

 州峰高校に七不思議は1ダースあるという。意味が分からない。学校に七不思議は付きものだとして、ひとつ足りないとか多いならまだわかる。なぜ七不思議なのに1ダースもあるのか。

 それはつまり、州峰高校ではそれだけ不可思議なことが多く、あまりにも多く、そうした怪奇現象の対策と蒐集を目的に作られたのが編纂部だという。

 その伝統は古く、四十年近い歴史があり、別名が除霊部と呼ばれているとも。

 普通なら信じられないし、それこそ一笑に付したかもしれない。あんなものさえ見ていなければ。

 青ざめて「幻じゃなかったんですか」とこぼす私を見て、夏希先輩は「心配するな」と笑った。

「そんな調子で練習してたら怪我をする。こういうのは分からないから不安になるんだ。編纂部に行って幻なら幻、違うなら違うと説明してもらうといい。別に怖いところじゃないよ、見たことを話せば解決してくれる」

「ほ、ほんとですか……」

「まったく、そんな顔をしてたら可愛さが台無しだぞ」

 優しく背中をさすり続けてくれる夏希先輩に押されて、凉水は編纂部に行こうと決めた。


 そんな経緯で訪れた編纂部には、祭壇でもあると思っていたのに拍子抜けだ。

「どうぞ座って、怖いのを見たんでしょう」

 私を処女呼ばわりした女子生徒が、初めて顔を向けて話しかけてきた。

 息が止まり、目が奪われた。

 端正に整った目鼻立ちはあまりにも作り物めいていて、生命いのちを与えられた人形に見えた。拍車をかけるように肌は透き通るように白く、唯一人間らしさを感じるのは癖毛が跳ねる髪だろうか。

 その髪にしても腰まで届くボリュームは体を包みそうで、神秘性すら漂う。

 なぜこんな人が、こんなカビ臭いところにいるのかと困惑した。

「座ってもらって平気だよ。古い机と椅子だけどちゃんと掃除はしてあるから」

「は、はい」

 促されるままに座ると、左手に女子生徒、正面に彼が座る。

 窓際の彼女はと探せば、いつの間に出て行ったのかいなくなっていた。

「僕は一年のきのした静太せいた、こっちはちっちゃいけど二年の川乃かわの結愛ゆあ先輩」

 この少女が二年と聞いて驚く。近くで見ると、先輩は私よりも小柄で制服も体に合う物がないのかだぶだぶだ。それなのに可愛らしい顔つきにも、一年とは違う大人びた落ち着きが確かにある。

「私のことは結愛と呼ぶことね。こっちは静太と呼び捨てていいよ」

「は、はい」

 群を抜いた造形美というのは、一種の圧力がある。結愛先輩に気圧されるまま凉水が返事をすると、静太君がまた苦笑を浮かべていた。

「それでしょじょさんだったよね。どんな字を書くのかな」

 静太君は机の中から筆記用具にノート、なぜか習字で使う半紙を取り出しながら訊く。

「ち、違います。私処女じゃありません」

 思わず否定するも、とんでもない事を口走ることになる。

「処女じゃないの?」

 結愛先輩が愛らしく小首をかしげる。

「しょ、処女です!」

 そこを勘違いされてはたまらないと思わず断言する凉水。

「やっぱりしょじょさんなんだ」

「違います!」

 そんな不毛なやりとりのあと、凉水はやっと自分の姓名を名乗ることができた。

「凉水……すずみんだね、よろしくね」

 元凶である結愛先輩は、無邪気に笑みを浮かべ早速凉水をニックネームで呼ぶ。その笑顔を前にしては、凉水は抗議の声を上げられずぎこちない返事を返した。

「典侍凉水さんか、うん見覚えがあるよ。そのサイドポニー可愛いよね」

 結愛先輩にペースを崩されたところへ、今度は静太君が不意打ちで凉水を褒めてきた。

「へあッ? あ、ど、どうも……」

 陸上部の凉水は、髪を左耳の後ろでまとめている。それを可愛いと褒めてくれた男子は初めてで、嬉しいような恥ずかしいような。

 照れ隠しに横に顔を向けると、結愛先輩と目が合う。

「すずみん可愛い、処女なだけあるね」

「ちょっ、止めてくださいってばあ」

 思わず結愛先輩の口を塞ごうと腰を浮かせて手を伸ばすと、なぜかハグされる。

 それでもうからかわれたことは帳消しになっていた。可愛い生き物はずるい。

「それじゃ凉水さんの話を聞こうか。編纂部には守秘義務があるから気にしないで全部話していいよ」

 ふたりがじゃれている間に静太君は自分の前にノートを広げ、結愛先輩の前には半紙と筆ペンを置いていた。静太君は、結愛先輩のこういう言動には慣れているのだろうか。凉水は座り直すと、居住まいを正した。


「昨日の放課後に見たんです」

 凉水が話はじめると、ふたりはそれぞれ書き留めていく。なるほど、これが編纂部を名乗る由来なのかと思う。

 ただ、結愛先輩は毛筆に慣れていないのか、半紙に並ぶ文字はヨレヨレだ。

 一通り昨日の件を話し終えると静太君が満足そうに頷いている

「なかなか面白い話だったよ。ありがと凉水さん、あとはやっておくからもう帰っていいよ」

 今の話のどこが面白いのか理解できない。しかもこちらは怖くて不安で、意を決して来たのに何の説明もない。

「すずみんはもう用済みだって。ひどいよね」

「そんなっ! ここって除霊部ですよね、除霊はどうなったんですか」

「もちろんやるよ。先輩が書いた半紙を塩で清めてから燃やして、裏の用水路に灰を流すんだ。除霊というか編纂部では代々供養って言葉を使っているけどね」

「うッ……」

 供養という響きはどこか生々しさが伴い、顔が強張るのを感じる。

「怪異を目撃した人の話を聞きながら書くと、その怪異が半紙に込められるんだって。燃やして流すと同じ怪異現象はもう起きないって理屈だよ。すずみん」

 それで保存用と、供養用にそれぞれ書いていたのかと納得しそうになる。

「待ってください。私が見たのは、その、霊ってヤツで確定なんですか」

 どちらかといえば、幻だと断定して欲しくて来たのに。

「霊と幻を、他人が切り分けるのは難しいんだ。他に同じものを見た人がいれば、幻じゃないと言えるけどね。それとも凉水さんは普段から幻を見る人なの? だったら編纂部よりも病院に行くべきだよ」

 静太君は、聞き分けのない子供相手に諭すような口振りで少しむかつく。

「そんな幻なんて今まで見たことありません! でもふとした拍子に幻を見たかもしれないじゃないですか」

「すずみんは幻じゃないと思ったから、ここに来たんでしょ。ほんとに幻だったら人は笑い話にするんだよ。でも本物を見ちゃった人の中には捕らわれちゃうこともあるの」

「捕らわれる。私が?」

「すずみんは霊を見てしまった。怖いよね、不安だよね。だって死んじゃった人だもん。でもそれを私達が否定して、本当に納得できる? それでいいのなら、静太が幻だって太鼓判押してくれるよ」

「それは……」

 納得できない。

 ああ、そうだ。あれは幻なんかじゃなかった。幻だったらどんなによかったか。今も私の中に残るこの手触りこそが、幻ではなかったと訴えている。

「それじゃ霊だとして、あの落ちた女子生徒は、これで成仏するってことですか」

「まぁ、たぶん……? もし同じの目撃したら教えてね」

 結愛先輩の頼りない返答に、凉水は助けを求めるように静太君へ視線を戻す。

「僕は新入生だし、実は凉水さんが初の依頼者なんだよね。ちなみに先輩は編纂部の部長だけど、僕と同じタイミングで入部したからふたりとも初心者なんだ」

「よろしくね」

 凉水は強く目を閉じた。私は編纂部初心者の実験台にされている。

「まぁまぁ、そんなに心配することはないよ。霊を見たくらいで取り憑かれたとか、呪われるなんて普通はないみたいだから」

「どうせやつらは死人、生者にできることなんて驚かすくらい」

「それも嫌ですけど……」

 一度あれが霊だと受け入れてしまうと、そういう理由で編纂部を訪ねたのではなく、何に捕らわれていたのか鮮明になってきた。

「あの落ちていった女子生徒は誰なのか知りたくて来たんだと思います。きっと幽霊なんだろうけど、それって生きてた人なんですよね。なんで助けられなかったんだって思うと苦しくて、息が詰まるんです」

 とつとつと語る声に震えが混じると、結愛先輩が隣に移動してくる。

「すずみんは優しいね。大丈夫だよ、全部静太が解決してくれる。私が約束する」

 結愛先輩の手が、凉水の肩に置かれた。

「結愛先輩……」

「静太は約束したら命がけでやってくれる」

「私、編纂部なんてどこかで胡散臭いって思っていたんですけど、来てよかったです」

「なんかふたりで盛り上がってるところ悪いけど、そんな大役を振られても約束できないよ。それよりは美味しいご飯でも食べて、さっさと忘れた方が健康的だと思うけどな」

 困ったような笑顔を浮かべつつ、その実困って無さそうな静太君の態度は暗に帰れと言わんばかりで、凉水が抗議しようとする前に結愛先輩が立ち上がった。 

「静太、すずみんを助けてくれなきゃ私、静太と別れるから」

 「ええっ!」と大声は出したのは凉水だけだった。静太君は唸っている。

 いや、それ以前に別れるってことは、このふたりは付き合っているのだろうか。新入生がどうやったら二年の美少女と付き合うことになったのか気になるけど、今は訊ける流れじゃない。

「別れるのは困るなあ。それじゃ僕の方で女子生徒の正体を調べるだけ調べてはみるよ。僕は霊能者じゃないし、分かることは少ないかもしれないけど、それで納得してもらえないかな」

 申し訳なさそうな静太君を前にすると、さすがに凉水もこれ以上強くは出れない。

「よろしくお願いします」

 だからせめて、心を込めて頭を下げた。

「調子に乗るから静太にそんなことしなくていいよ。ほらすずみん、体起こして」

 強引に起こされると、結愛先輩が凉水の膝の上に腰掛けてくる。

 椅子がギィと軋んだ。

「せ、先輩……?」

 結愛先輩は目を細め、笑みを湛えながら凉水を見つめてくる。

 突き飛ばすわけにもいかず、凉水は動けない。

「すずみんは部活してる? 体引き締まってるね」

 凉水の腹筋を確かめるようにをまさぐられる。

「り、陸上部で、短距離やってます。中学の頃から」

「明日の放課後、部活のあとでいいからまたおいで、待ってるから」

 結愛先輩の顔が近すぎて戸惑っていると、唇に何かが押し当てられた。

「んっ!」

「グミだよ。食べて」

「え、あの……」

 有無を言わせまいと結愛先輩が体を押し付けてくる。甘い香りが漂ってくると、凉水の頭からなぜという疑問が溶け出していく。

 口を開けると、指がゆっくりと押し込まれた。凉水の舌はグミの甘さと指の暖かさを感じている。そして、舌と歯をなぞって出ていった。

「ふふっ、美味し」

 結愛先輩は凉水から目を離さず、凉水も外すことはできなくて、口の中にレモンが広がった。

「先輩、後輩にそんないたずらしてるとまた悪評広がるよ」

「静太はいつも私のこと悪く言うんだよ」

 拗ねたように膝から降りると、くるりと反転して椅子に戻る。

 凉水が呆気に取られていると、半紙と筆ペンが目の前に並べられた。

「すずみんの名前を下に書いてね。署名したら供養は静太がするから」

 言われるがままに書いた凉水の名前は、ミミズが這ったような無惨なものになった。

「あ、あとお願いします」

 やっとの思いでグミを飲み込むと、慌てて立ち上がり、机に頭をぶつける勢いで一礼する。そのまま振り返らず部室を飛び出すと、廊下を脇目も触れずに駆け抜ける。

 渡り廊下に出ても、凉水の鼓動は収まらなかった。


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