第6話 愛してるゲーム

水瀬先輩がどうしようもない誤解をしていることを知ってから、妙に心が落ち着くようになっていた。多分「水瀬友香」というハードルが低くなったからだ。この外見でさえなければ、地に埋まってるレベルのハードルだ。


だからこそ、俺は絶対にこの外見だけの可愛さに屈しない。そしてすぐにふざける清水に現実を叩き込んでやる。


「どうしよ、黒崎君!お弁当忘れて来ちゃったよ!」


お昼休憩に入って早速、水瀬先輩は仕事中と一転して盛大なポンをした。机に伏せて死んだように絶望している先輩に、清水は「やらかしましたね~、黒崎泣いてますよ?」と追い打ちをかける。


俺は少年のように笑う黒崎の首を絞めながら、「大丈夫ですよ、後で弁当買いに行きましょ。」と優しく宥めた。


清水がギブギブと俺の身体を叩いてくるので仕方なく手を離すと、清水はゼエゼエ息を吐きながらポケットからスマホを取り出した。


「ねぇねぇ見てくださいよ、これぇ!」


全く懲りずにうるさい清水は、スマホを天井に掲げて高笑いをしている。


「水瀬先輩!今、俗世では『愛してるゲーム』が流行ってるそうですよ??」


いや流行ってないけど。

結構前だけど。

ねぇ?水瀬先――。


「何それ!?面白そう!」


水瀬先輩は目を輝かせて立ち上がった。←掲げられたスマホ見るため。可愛い。


この人、本当に大丈夫か?

お嬢様育ちなのは分かるが、ネットに疎いわけないじゃん。だってここWEBデザイン系の会社だよ?


疑心暗鬼の俺を取り残して、清水はゲームマスターばりの進行でルール説明を始める。


「ルールは簡単!!水瀬先輩と黒崎が見つめ合って『愛してる』と言い合うゲームです!照れたら負け!負けた方は僕に『愛してる』って言ってください!!」


何か微妙に独自のルール追加してね?

多分こいつ水瀬先輩が負けると見越してるな?


こんな一昔前のゲームを今更やりたくないが、水瀬先輩の純粋な眼に負けて俺は重い腰を上げた。席を移動し水瀬先輩と向かい合わせに座るといよいよゲームが始まる。


向かい合った水瀬先輩は、本当に顔が小さくて遠近感が狂いそうになる。すらっと伸びた白い首は、俺のより二周り以上細いだろう。視線を下げると先輩の胸元が少し開いていてドキッとしながらも、俺は平然を装い目を瞑って正面を向いた。


水瀬先輩には申し訳ないが、このゲームには必勝法がある。これまで一度も実践したことはないが、いつかやるときが来ると思ってインターネットで調べたことがあるのだ。我ながら虚しいっていうのは置いといて、必勝法は以下の通り。


・レベル1:目を細める←可愛い人対策だがバレる危険もある

・レベル2:相手には彼氏がいると思い込む←いわゆる賢者だ

・レベル3:仏道を極めて悟りを開く←むり


というわけで、目を細めて水瀬先輩には彼氏がいると思い込むことにした。


「ではぁ、ゲームスタートォオ!!」


清水の無駄にうるさい相図によってゲームはスタートする。

先行は水瀬先輩だ。こちらは目を細めて攻撃に備える。


「あ、あ、あ、あい…」


壊れたロボットのように「あ」を連呼する水瀬先輩。

――何かあったのかと目を開いたのが、俺の敗因だった。


「あ、愛してます…。」


もう俺に向けて言っているようにしか感じないほど、顔を真っ赤にした水瀬先輩がはっきりと目に飛び込んでくる。込み上げてくるいろいろな感情を捌くのに精一杯で、言葉を返す余裕などない。


「くっ…。」

「はい、黒崎の負けぇええ!!」


思わず変な声が出てしまった。「いや、可愛すぎるだろっ!!」と叫びたい。

水瀬先輩のもじもじした姿なんて見たら本当の告白のように感じてしまう。


それはさておき俺はしっかりと罰ゲームをしなくてはいけない。


「なぁ、清水?」

「い、いらないよ。罰ゲームは免除す――」

「あ・い・し・て・る・♡」

「うわきも」


嗚咽のフリをする清水の横で、水瀬先輩は羨望の眼差しを向けていた。

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