第10話 社会人になったチハル


 それから、千夏は毎日Androdiaへ行った。

 教えれば教えるほど千春になるという累の言葉通り、千春の姿をしたアンドロイドはどんどん千春になっていく。

 それをどう感じているか自分でもよく分からず、千夏は千春の姿をしたアンドロイドと過ごしていた。


 「千夏~!見て~!こんなの作れるようになったの~!」

 「ラテアート?凄い」

 「ふふ~。こんなのもできるよ」


 千春の姿をしたアンドロイドはミルクを泡立てコーヒーに乗せていき、その表面にチョコレートソースで模様を付け始めた。

 完成したのは猫の形をした立体ラテアートだった。


 「可愛い。凄いね」

 「お客さんにも人気だよ。僕指名の人は絶対頼んでくれるの!」

 「……そっか。接客してるんだもんね」

 「そうだよ~!今日も予約いっぱい!」

 

 メニューを見ると、期間限定スタッフとして千春も載っていた。名前は『チハル』になっている。


 「ユイの休憩時間に出てもらってるんだよ。おかげでガッカリされることも減った」

 「ユイさん見たくて来る人ばっかりですもんね」

 「僕ちゃんとやってるよ~」

 「大丈夫なの?いきなり接客なんて」

 「ユイのデータコピーして入れてるから大丈夫。少しずつ自分のやり方見付ければいいよ」


 なんでも、アンドロイドは搭載されているAIで成長していくので放っておいても大丈夫らしい。

 ユイは稼働してから成長した接客データがあり、それをそのまま流用できるというのは教育が必要無いということだ。これが企業にアンドロイドが重宝される理由の一つでもある。


 (……千春が社会人になったみたいで嬉しいな)


 いつだったか累が、結の動いている姿が見れるのは嬉しいといっていたのを思い出した。

 千春そっくりのアンドロイドがいることはまだ複雑だったけれど、その気持ちが少し分かった気がした。


 「常連さんはユイ至上主義の人も多いけど、まあ受け入れられてるよ」


 予約客がやって来ると、チハルはユイの並びにあるソファ席に座った。どうやらそこが専用の席らしい。特定の席じゃなくても構わないのだが、常に累の視界に入る席にしておきたいということだ。

 そのため千夏の職掌にチハルの監督が増えた。今まではユイを見ているよう言われていたが、これからはチハル専属だ。仕事とはいえ、チハルを眺めているのは楽しかった。

 最初は千春そっくりのアンドロイドができることが怖くも感じたが、思いの外千夏はチハルに馴染んでいた。


 そんなある日、Androdiaから帰宅したと同時に母親がぬうっと千夏に疑惑の目を向けた。


 「な、何?どうしたの」

 「最近帰りが遅いわね。何してるの」

 「……前に言ったでしょ。知り合いのカフェ手伝ってるの」


 Androdiaでバイトをするとなった時、当然千夏は両親に報告した。

 金銭の支払いが発生するわけでは無いし、千夏の気晴らしになるならいいだろうと父親は大喜びで賛成してくれた。千夏の父は前々から部活をやったらどうだ、友達と出かけたらどうだ、と勧めていた。千春が死んで沈み込むのも分かるけれど、何とか家族を元気づけようとしていたのだ。

 それは千夏のためもあるが、何よりも母のためだった。

 千春が死んでからというもの、母は全く外に出ることが無くなった。家事もあまりやらない。掃除や洗濯はやるが食欲はないようで、食事の支度はまったくしない。サラリーマンの父が代行するにも限界があり、今は千夏が作るか外食するかだ。

 食事もだが、自分の興味が向かないことはろくに話も聞かない。千夏がカフェで働くという話は何度かしたし、店であったことの報告もしていた。けれどそれを気にしたのは働き始めて一ヶ月もして今ようやくだ。母は自分に関心が無いと言われているようで寂しくはあったが、それを騒いでどうにかなるものでは無いというのも分かっている。千夏だって累とユイに会うまでは似たような状態だったのだから。


 (……チハルに会ったら元気になるかな)


 千夏は少しずつだがチハルという存在に慣れてきて、Androdiaへ行くのが楽しみになっている。何か変わるきっかけにはなるかもしれない。

 だが千夏の脳裏によぎるのは息子を生き返らせてくれと累とユイに襲い掛かった女性の姿だった。


 (千春が死んで一年か……)


 千夏は母に気付かれないように小さなため息を吐いた。

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