第7話 生き返らせてほしい人

 今日は日曜日。休日のランチタイムもAndrodiaは盛況だ。

 十三時過ぎたばかりで数量限定の日替わりランチは完売となったが、それでも入店待機列はなくならない。


 「累君は毎日いるからいいよねー」

 「店員だとシフトでいない日あるもんね」


 どうやら目的はランチでもアンドロイドでもなくメディアで取り上げられた『イケメン双子』である女性たちを横目に、千夏は裏口からこっそりと店内に入った。

 千春のアンドロイドを作ると約束してからは、店の関係者だからお金を払う必要はないと言ってくれた。

 だがもちろん条件付きだ。


 「累さん、着替えました」

 「お、良い良い」


 カウンターキッチンに入ると、累が笑顔で迎えてくれた。

 千夏が着ているのは白いシャツと夏を迎えた新緑のような色をしたエプロン。シンプルでどこにでもあるようなスタイルだが、これは累とユイと同じAndrodiaの制服だ。


 「本当にいいんですか?僕接客ってしたことなくて」

 「うちの接客はアンドロイドがやるから大丈夫だよ」

 「それはそうなんですけど」


 条件というのは週に最低一回アルバイトに入ることだった。

 人手不足というのもあるようだが、最大の目的は千夏の行動データの収集だ。

 千春型アンドロイドは容姿だけでなく動きや表情など全てを千夏をモデルにする。そして千春はカフェのスタッフとして働くことになるため、千夏がカフェで働くデータが必要なのだ。

 最初はこんな高いアンドロイドとロボットに囲まれながら働くことに抵抗があったが、いざやり始めてみると仕事はとても少なかった。

 一番大変な接客は、そもそもここはアンドロイドとロボットに触れあうカフェのため接客は彼らの仕事だ。千夏のやることと言えば食器の片付けと洗い物、アンドロイドたちが運ぶ商品を出すことだけだった。

 平日は九時から営業のため開店準備はできないし、営業終了が二十一時のため閉店後の清掃もできない。

 調理があるのかと思えば、これは累ですらほとんど何もしない。ランチは全て冷凍された完成品を湯銭に掛けて温め盛りつけるだけで、ケーキも完成品を保冷しているためやることといえばショーケースの電源が切れないよう見守るくらいだ。

 では累は何をするのかというと、主な仕事はアンドロイドとロボットたちのシフト決めとメンテナンスだった。何でも、全ての機体にファンを付けたいので万遍なく接客にあたらせるらしいのだが、それをその場の客数に応じて臨機応変に決めていく。特に指名が多い人気の機体は適度にメンテナンス時間を挟む必要があるが、人気上位機種が一斉にメンテナンスになると客足にも影響するため、どのタイミングでどの機種を休憩させるかが難しいそうだ。

 この作業が立て込み始めるのがランチを過ぎた十三時ころ、つまりピークを乗り越えたため一斉にアンドロイドとロボットの動作チェックをする。そうなるとキッチンの洗い物は溜まるしショーケースへの補充も追い付かなくなるという。

 このランチが終わってからの数時間だけ雑務をしてくれる人間が欲しかったらしいのだが、そのためにバイト代を払うのは惜しいしアンドロイドたちに手を出されても困るので信用できない人間を招き入れることもできない。

 それを聞くと、千夏は実に良い人材といえるだろう。アルバイト代は出ないがランチとケーキを食べることができて、かつ働くのは累が落ち着くまでの二~三時間前後。お手伝い以上アルバイト未満。実に手頃だ。


 「フロア見ててくれれば十分。特にユイ」

 「危害加えられないか、ですか?」

 「触るのも。ユイは客側からの接触禁止なんだ」

 「そっか。繊細ですもんね」

 「そ。俺メンテナンスブースいるから何かあったらそこのブザー押して」

 「分かりました!」


 こうして千夏のアルバイトが始まった。

 最初は不安も多かったが、本当に仕事は少なかった。空いているロボットを愛でる余裕があるくらいだ。唯一門だがあるとすれば、累目当ての客がガッカリすることだろうか。累が出て来るまで居座るため回転率が悪くなっている。

 最初は累が対応に出たりもしたのだが、結局それも『待てば出て来てくれる』という認識をされ余計居座る時間が長くなるだけだった。

 どのみち有料機体の指名無しで居座れるのは最大四十五分だ。それ以上は有料指名が必要なので、そうなれば利益になる。ならばもう無視しようということになり、千夏がいる間は累の休憩時間になった。


 そして、Androdiaに千夏がいることが通常となって一ヶ月が経った頃事件は起きた。


 「お願いです!うちの子を生き返らせて下さい!」


 三十代の女性がそう叫びながら突撃してきたことで店内は騒然としていた。

 客席の食器を下げていた千夏を突き飛ばし、ユイが心配そうに駆け寄って来る。だが女性は気にせずカウンターの中に押し入り、累に縋りつき泣き叫んでいた。その手には一枚の写真が握られていて、そこには十歳にならない少年が写っていて必死に累に押し付けている。 


 「落ち着いて下さい。アンドロイドは死者の蘇生じゃありません」

 「嘘っ!だってあなた夏目翔太なんでしょう!あの子を生き返らせて!」

 「どんなに優れた開発者でも人間を生き返らせることはできませんよ」

 「じゃああなたの弟は何なのよ!死んだくせに!そこにいるじゃない!」

 「……何だと?」


 死んだんでしょうと女性が怒鳴ると、累の顔から表情が消えていった。

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