第19話 迷宮系アイドル

 一人の少女がダンジョンに潜っていた。

 黒いショート・ヘアーの毛先のみ白く染め、アルビノのような白い肌に黒い甘ロリドレスを着ている。目は白い部分が黒く、瞳が白い。

 手には緑色の日傘を持ち、少女の周囲を瓶詰め妖精が浮遊していた。

 この瓶詰め妖精は魔法によるコメントの表示をしたり、カメラなポジションなので、戦闘や採取には参加しない。


「こんにちは、あるいはこんばんは。マリア教の広告塔兼護衛枢機卿、ダークです。今回はアビス・ダンジョンの一層、一階? を少し見渡していきます」


 目隠れ気味の前髪に暗い声音で喋るが、視聴者の大半が教団関係者や信者なので、愛想よくはしない。

 司祭やシスターが暇潰しに見たり、とりあえず登録だけしているのが現状でもある。

 故にコメントもシスターや神兵が非番で、流し見していて呟くモノが多い。


 :あ、始まってた。

 :訓練キツい~。

 :ダーク様、今日も顔色悪いなぁ。


「あぁ、エピオン姉さんとゼロ様の犠牲が、例の戦争になった原因なので……」


 不意打ちな転位魔法による異世界追放。それが帝国二ヵ国と王国を相手にした、マリア教対三国連帯の戦争である。

 ちなみに、同盟とか約定が交わされておらず、ただの偶然で帝国と王国は、護衛枢機卿の二人を始末してしまった事が、後の家宅捜索で判明した。

 三ヵ国を結ぶ環状線と、帝国同士と王国間との小競り合いが縺れた結果、世界規模の宗教を侮り、一民間人を疑惑だけで襲ったりするが、完全敗北して今では死の星である。


「姉さん達は個別に転位されたらしいけど、私を含め護衛枢機卿は強い。伊達に教皇様を護ってはいないからね」


 :速報、教皇様脱走。


 ダークはそのコメントを見て両膝をつき、うなだれてしまう。


「エル様、何で脱走するの?」


 :まーたか。

 :明後日、慰安に赴かれるはず……。


 コメントはやや加速するも、誰も教皇やダークの心配はしない。

 信者の間でも、教皇が不意にどこかへ行くのは、有名な話しだからだ。

 ダンジョンで隙をさらすダークだが、きちんと結界を張っているので、カースなモンスターの襲撃は防いでいる。

 とはいえ、相手はただの魔物より強いモンスター。普通なら雑魚なホーン・ラビットだが、カースの恩恵により強化された存在。

 具体的に言うと、額の角を前足や後ろ足の爪先から出してくるので、突進以外にも格闘が出来る。しかも自前の角を槍にするから、基本的な槍術や二刀流ならぬ二槍流も出来るようだ。


「角が出し入れ自由、見ての通り増やせるみたい」


 両前足の槍は、元の一本角より半分程度の大きさしかない。長さはそのままに太さを削っているのだろうか。

 遂には、より細くして額にも角を出し、三槍流で結界を突き、側面で叩き、薙ぎと、連続攻撃している。

 前足では力が足りない為か、後ろ足による脚力と遠心力の多段攻撃も繰り出すが、薄くなった角の槍は耐久力も均等に分配されているのか、徐々にヒビが入っていた。


「タンクだけなら耐久戦でケリがつく。問題は数かしら?」


 ウサギなので数はそこそこ多いし、これでアビス内のヒエラルキーで一番下に位置するカース。

 ウサギと同等で数だけはいるカースなモンスターは他にも居るだろうし、こいつ等以上のカースも当然居る。

 このカース程度に手間取るなら、混成されたカースやモンスター・パニックのような状況では死ぬだけだ。

 ダークは結界を消し、前のめりになるホーン・ラビットを蹴って、聖水をかける。


「……聖水は呪いに対して、効果が薄いか。破邪のナイフでの解体は出来るみたい」


 聖水は障気から身を守る物で、悪霊を祓い、霊体を削るように接触出来る為の道具だ。

 ゴーストにかければ昇天し、剣や槍にかければ一時的に聖属性を付与させられる。

 しかし、呪いそのものをすぐに解呪する事は出来ない。カースそのものに染み付いた呪いや、ダンジョンのフィールド素材の呪いは、聖属性の魔法と様々な魔術に道具があって、ようやく人間が扱える素材となる。

 カースから剥ぎ取った素材をそのままで作ると、呪われた武具防具になるし、呪いの中身も様々なので、解呪には時間が掛かる。

 ちなみに、このアビス・ダンジョンはややゲームチックな部分があり、解体や採取の下処理が簡単になる。一々ナメシたり、血抜きしたり、土を落としたりしなくても、アイテムとして保存が可能なのだ。

 内臓も軽く埋めてしまえば、忽然と消えてしまうし、不要と判断されたカースの素材も、地面に落とすと勝手に消える。

 カースやフィールドの素材はリポップするし、野営地の設営も一度済ませれば、ダンジョン内では完成形のホログラムを動かして微調整も設置も容易く終わる。

 料理もダンジョン内で作った事がある物なら、時短が可能だし、食事に睡眠もスキップして、次の朝を迎える事が出来る。

 ただ、夜間にカースから襲われた事に気付くと戦闘になるし、警戒が甘いと見張りを残して死んでしまう。

 その様に設定したと、ダンジョンに関わっているネイビーと言うカースから、保護や監察、取引の証言として聞いている。

 その裏取りも兼ねて、ダークがダンジョンに潜っていた。

 アイテムや素材の破損も可能、破邪のナイフや破魔のチカラがある刀で、倒したカースから剥ぎ取る事も出来る。


「モザイクやポリゴンにはならない。カメラはどうかしら?」


 :すごく……グロいです。

 :ウサギの金の玉を、握り潰すのはやめて下さい……。

 :オス、メスの区別があるのか。カースも生物に準拠すると。


 雌雄の判別は、普通のモンスターには当然ある。しかしながら、カースは両性や中性の存在が多い。家具や人形のカース、刀剣類のカース、所謂憑喪神な存在だ。船は女性型が多いが、生殖器は無い。どんなに交尾をしても、妊娠や射精はしないので、中性のカースは刀剣なら刀剣を作り、人形なら人形に呪術やら呪力をこめて、時間を加速させつつ自我の芽生えを待つ。

 両性は単体でも増えるし、他のカースとつがいになってもいい。


「次、状態異常の有無を調べます。バフ・デバフは勿論、呪力やら魔力やらの喪失、空腹からの餓死や病気に、カースはかかるのか?」


 :デバフならダーク様の十八番ですよね。

 :脱毛症や皮膚疾患はテロ行為!

 :髪の話しはヤメロォ!!


 別のウサギがダークの前に現れたので、影魔法で拘束して、毒や麻痺といった神経系の疼痛、内臓のガン化に盲腸といった血液循環の阻害、排尿や下痢による脱水症状の重篤化を試す。

 ウサギなカースは全身の毛が抜け落ち、ガンが全身に転移し、脱水による血圧不足と血中濃度の塩分濃縮で、腎臓と心臓と脳が深刻なダメージを負うも、錆び付いたように緩慢だが、ダークを殺そうともがいている。

 生き物のように振る舞うが、カースはカースと言う事だ。

 このままだと、上級の個体とかは肉片になっても、その身に宿す呪いが牙を剥くのだろう。解体や素材の加工も難しくなるし、生産職や鍛冶職人でも戦闘力と対応力が求められる。

 まだ浅いから大丈夫。なんてダンジョンの難易度ではない。

 踏み込んですぐのカースで、国で言うと百人隊長やら大佐やらの実力者、冒険者ならC級の前衛、教団なら神兵隊長クラスのモンスターと戦う事となった。

 ダークは護衛枢機卿、教皇を守る為なら教皇すら囮にするし、教皇ごと敵を殴る。しかしてその本質は、耐久力と持久力に秀でた戦闘力である。

 堅くて、強くて、スタミナが尽きない。そんな肉壁が脳筋スタイルで教皇を守り抜く。

 無論、護衛であっても攻撃に秀でていたりしていい。火力で敵を葬り、最後に教皇が立っているなら、デバフ魔法でも回避盾でも、護衛枢機卿の戦闘スタイルは何でもいいのだ。

 その点、ダークは状態異常を得意としているので、火力が足りないものの、継戦能力は高い。


「出血死無し、カース同士の攻撃は通る。複数体の集団戦で仲間割れが起こる。……何で?」


 :ウサギ三体なら上下関係とかがあるんじゃね?

 :ゴブリンと狼、ウサギの混成チームは狩りの途中だったが、ダーク様を見つけたから共闘した?


 ダンジョン内のカースは、侵入者を見かけると弱肉強食よりも、ダンジョンの防衛や迎撃を優先するようだ。

 虫や鳥のカースは飛べるが、こちらは跳躍も出来ない。片足や片手を地面に着いている必要があるのだ。


 圧倒的に不利だが、ダークは焦らない。外部指南役のライトから剣術や小太刀術、摺り足等の歩法、迂闊な跳躍の危険性、身体や骨の効率的な使い方を習っている。

 魔法が使えるからといっても、魔力が尽きればただの人間。ただでさえ魔法使いは後衛で接近戦に弱いのなら、弱点を補う必要がある。


 確かに、魔法は才能の一種であり、貴族や王族は魔法が使える者が多いし、選民思想で傲慢になりやすい。

 逆説的に魔法が使えないと平民にも劣る身体能力だ。金持ちの貴族や商人は太っている。贅沢が出来るから金で食や武力を賄える。太っている事がステータスとなるし、見た目でも成功者だと分かりやすい。

 だが、金持ちで太っていて魔法が使えるのは、宗教団体の上役も同じ。


 ぶっちゃけ、護衛枢機卿以外の枢機卿はデブである。お布施の金も横領している。貴族や商人と癒着しているし、シスターを取っ替え引っ替えしている奴もいる。

 基本的に多少のセクハラやモラハラは見逃されるのだが、信者に不満が溜まっているようなら、容赦なく異端審問で、ハゲデブ全員を吊し上げ、信者達から石や火を着けた薪を投げ込まれる。

 護衛枢機卿と知らずに、ダークへセクハラした枢機卿もいたが、その日の夜に病死した。

 態度が悪い司祭、おつぼね様なシスターもダークと会話した数時間後に精神崩壊で、引退や療養している。


「剣術や魔法剣、属性武器を使う」


 十字架に魔力を具現化させた剣を纏い、ダークは摺り足気味の歩法でゴブリンなカースを切りつける。

 草原で足元が見えないので、窪みや大きめな石に脚を取られると、体勢を崩してしまう。摺り足なら半円を描くように歩く事も出来るので、好きな時に足を止められる。


 剣道の摺り足は直線的、剣術の摺り足は曲線的になり、間合いも違う。武器の構えや有効打も違う。

 剣道は面、胴、小手が主に狙われて、試合だと掛け声も審判の対象となる。

 剣術はどこでもいいから切られるとそこまで、納刀も抜刀も体勢も関係ない。気迫や大声で威嚇しつつ切ってもいいし、無表情で抜刀した刀を投げつけてもいい。

 刀で斬られると、浅くても腕が上がらないとかがざらにあるし、刃こぼれした破片が体内に残る事もある。


 混同されやすいが根本的には武道と武術は違う。


 ルールや武器が規格化され、ほぼ平等な一対一。剣道二段以上は希少でもある。

 武道経験者は、一対一なら何とでもなるが、モンスターには通用しない。ドラゴンと一対一で勝てる冒険者も傭兵も居ないのだから。

 武術、とりわけ古武術経験者はモンスターの集団にも、そこそこ対応出来る。乱取りで五人抜き出来るなら、冒険者や傭兵としても戦力となるだろう。

 あらゆる状況、あらゆる武器の間合い、あらゆる格闘技の利点、それを踏まえると人型モンスターにおくれを取る可能性は減る。


 それでも、槍対刀では刀が不利なので、射程や間合いを考えるなら、武器も魔法も使える拳闘士が理想的だ。

 魔法剣士や魔法弓士は武器に依存的なので、素手でも戦える格闘家、あるいは癒しの魔法が使える僧侶に、古武術の効率的な身体の使い方や間合いを教えて、接近戦も遠距離戦も可能なモンクが次点で理想的な戦力となり得る。

 そこでマリア教の自衛的武装集団たる神兵を鍛え、冒険者や傭兵に貸し出す事で、お布施やリース代、治療費、自衛出来る為護衛費用の削減と実戦経験を積ませる等、かなりの利点があった。


 ヒーラーでモンク、棍棒でも素手でも戦えるし、回復しながら肉壁にもなるーー体力と防御力は本職よりかなり落ちる為ーー回避タンク。聖属性の攻撃魔法も使えるし、魔力回復と魔力譲渡という高等技能を持つ一部のモンクは、救出要員としても活躍する。

 そんな割りと魔力と聖魔法頼みな魔法職よりなモンクの理想形が、耐久力や持久力も備えた護衛枢機卿だ。

 魔力、持久力、耐久力、体力、使える属性魔法や補助魔法の多さ、扱える武器は選ばないので、間合いも当然自由自在。

 ダークのようにデバフと結界魔法が主体の護衛枢機卿も居るが、そんなオールマイティーな護衛枢機卿とタッグを組むので、神兵達はよく配信を見る。

 ダーク、エピオン、ゼロにライトの三対一の模擬戦は今でも再生数が伸びており、ライトが魔法を斬ったり、投げ技に寝技に気当たりと、容赦なく護衛枢機卿をボコボコにしていくのだ。

 万能と特化の違いがよく分かる試合で、ハマれば強いを地でいくのがライトである。


 神兵が何千何万と居ても、護衛枢機卿は倒れないが、指南役一人にも勝てない。

 口さがない連中は不様を晒した放送事故と言うが、実力者はライトと枢機卿達の技量の差に戸惑う。

 数的有利で技量もほぼ同等、なれど勝てない。負けない立ち回り、崩すタイミング、枢機卿の同士打ちを誘い、一対一に近い一対多にする戦術や多彩な格闘技、剣術の冥利を惜し気もなく見せる度量。

 枢機卿が他の指南役と戦う動画もあるが、ライト以上に強い指南役は居ない。

 古武術には幾つかの流派があり、流派の数だけ奥義やら特長がある。なので、剣や刀を持たなくても間合いを調節すれば、投げ、打ち、払い、突き、蹴り技の延長線上たる武器術でリーチを稼げる。

 武器持ちと素手で戦う場合、武器の分リーチが広くなり、一手ほど有利となるので、その一手分の距離が、最終的に立っていられる者を決めると言っても過言ではない。

 相手はカース。魔法も武器も効きにくいが、生物を模したカースならば、重心や可動域はそれに準ずる。

 しかしながら、その前提条件に固執すると死ぬ可能性があるので、先入観に囚われすぎず、柔軟で状況に合わせて動く事が重要となってくるだろう。

 場当たり的な対応やその場しのぎ、焦らずに臨機応変で、出たとこ勝負かつ柔軟な思考によって、常在戦場と残心が肉体に留まる。

 最終的には考えず、反射的に殴る様な行動を取れる。無意識のうちに身体が動くと、戦闘が始まる前に終わらせられるからだ。


「次、異能を使う」


 :お、ダンジョンの検証も終盤かな?

 :カースにダーク様の異能が効くのかどうかで、属性魔法によるゴリ押しの可否が決まるよね。

 :効かないと、定期的な神兵の派遣もあり得るよな。

 :カースのスタン・ピードは洒落にならんのだが!?


 コメントを無視しつつ、上へと視線を向けると、小型の鳥のカースが、ダークの頭上を旋回している。

 次に地面を見て、草原の草で分かりにくいが、鳥の影と自分の影がある事を認識する。

 下を見ているダークの隙を突くべく、頭上から急降下する鳥。が、ダークの影が鳥の影を捕らえるように伸びて、嘴を掴むとそのまま地面へと叩きつける。

 これはダーク固有のモノで、実像を遮る影そのものを自由に動かせる異能だ。

 影に合わせて実像たる身体も動くし、実像とは異なる形の影を動かして、相手の影を掴んだり、影で影を串刺しにすると、実像も串刺しにされたように傷付く。

 剣での突きか、槍での突きかはダークの想像力によるが、概ね防御力も耐久力も無視した挙動と攻撃になる。

 普段は使わないが故に、ダークは影の実力者とも呼ばれたり、容姿がゴシック・ロリータでまとまり、顔色はともかく造形は良い為、影のアイドルという人やそのファンクラブもある。


 異能は先天的能力、魔法は後天的能力と呼称され、どちらか片方、或いは両方使える人を能力者と呼ぶ。

 経験則は後天的、刀の破魔は先天的、超能力は先天的、気功は後天的能力と分類され、一般的に魔法より異能、異能より道具、道具より魔法と三竦みな状態が基本だ。

 火を出す魔法は詠唱が隙となり、詠唱が無い異能は早いが、融通が効かない。マッチやライターは嵩張るが、魔法より早いし、精神力も消耗しない。ただ、使い捨てや紛失すれば、火が点けられない。

 こうした効率面で三竦みは説明出来る。モノによっては入れ替えがあるものの、先天的、後天的、どちらも使えない一般人は科学やら道具で武装と戦略を駆使し、能力者に対抗していく。


 検証を続け、ダークの陰影操シャドウ・作能力コントローラーはカースにも通用する事が分かった。

 とはいえここは序盤にあたる場所なので、中ボスや強めのカース、奥のボスにも効く可能性は低いだろう。


「こんなところかな。……ネイビー、見ているんでしょう。出てきなさい!」


 一区切り着いたのも束の間、ダークが虚空へと呼び掛けると、赤黒い穴とオーラを纏い、淡い紺色の長髪を三つ編みにした女性が現れる。

 貴族や王族が主催する夜会に着ていくような、レースや刺繍がされた黒いナイト・ドレス、ピンヒールがモチーフの踵が厚底なブーツ、右手は白と左手は黒の肘まで覆う薄手の手袋、表情を隠す鉄扇は閉じたまま白い手袋で握り、黒い手袋にはワイングラスを持っていた。中身はメロンソーダの如き緑色の液体のようだ。目元を隠す為か、パピヨン・マスクと口元を覆う鉄仮面をつけ、口元の仮面の表面には紺天碧地の四文字。

 恐らくは適当な漢字か、ヤンキーの使う漢字とかで、鉄仮面に相手の視線を集中させ、自身の視線は相手を見つめやすくする事で、魔眼系の魔法や異能を通りやすくするのだろう。

 魔眼は、目と目が合う事で発動するモノと、自分の視界に入れば発動させられるモノ、他者の目を借りるような偵察タイプとがある。

 ネイビーは見ただけで相手を殺せるし、視界を乗っ取って自分の姿を消す事も出来る。それは光学迷彩や熱光学迷彩、監視カメラのハッキングよりも高度なモノだ。

 相手からすれば見えない透明人間と戦いつつ、錯覚や欺瞞情報を直感で見破る必要がある。まさにクソボス。


「はい、見てましたよ。どうも、ダンジョン・マスターのネイビー・ブルー・カーミラです。この地下世界の管理とラスト・ボスを務めてます。まぁ、ラスボスは分身体ですけどね。戦いながら全体の管理なんて、縛りプレイにも程があるので」

「私の影を見つつ、自己紹介してもいいけど、カメラはこっちよ」

「おっと、影に隠れてるんじゃないのかー」


 ネイビーはダークの頭上を飛ぶ、瓶詰め妖精を見る。

 ダークは下方向に視線を向けて説明したりしていたので、そちらが主力のカメラだと思っていたが、ただ単に、ダークが下を向いているのがデフォルトなようだった。

 陰キャ特有の他人と視線を合わせられない、と言うより、魔眼対策と足元の動きで相手の体全体の動きを察知するモノだろう。


「影のはサブ。ロー・アングルのも需要があるから」

「ガチ恋勢の餌ですか。ストーカーとか沸きそう」

「そういう奴等は、影で没シュートする」

「あぁ、見せパンか。ほれほれ、ドロワーズですよ。カボチャ・パンツに、ドレスをふっくらさせるギミックです。針金と布に欲情する変態どもめ!」


 :偏見ですよ。

 :あぁ~、変態は助かる~。

 :丁度いいね、ダーク様以外のロー・アングルが欲しかったんです。


「えぇ……」

「視聴者はツヨイ」


 ドン引きしたネイビーは、たくし上げたドレスの裾を下ろし、腰から抜いた鉄扇で顔全体を隠す。

 鉄扇ごとたくし上げてもいいが、横着しすぎると変な印象になるので、一旦は鉄扇を腰に差し、わざわざ手ずから裾を上げたのだが、視聴者の変態度数を見誤っていた。

 ちなみに、パピヨン・マスクや鉄仮面をしているのに、鉄扇で顔を隠したのは、照れていると思わせる為である。

 ダークのコメントでは実際に、ラスボスが照れている、と書かれていたので、視聴者を手のひらで転がす事は出来た。

 また、ダークはネイビーの意図に気付いており、視聴者に転がされ、逆に転がすのが配信者だと思っていたりもする。


「おふざけはこのくらいにして、本日最後の検証をしよう」

「ネイビー、推して参ります!」


 唐突にダンジョン・マスターとダークがキャット・ファイトを始めた。

 これにはきちんと理由があり、野生のラスボスが現れた状態だ。小手調べとしての格闘で、次に魔法と武器有り、魔法と異能に、武器を混ぜた強者特有の総力戦をする。

 ダークの真の狙いはネイビーの強さを信者達に見せる事であり、ダンジョン・マスターすら教団の庇護下に入るし、対価としてそのチカラを融通して貰える。

 指南役の弟子、ダンジョン・マスター、カースの代表と手札は多いに越した事は無い。


 戦い続けて半日後、ダークは戦闘時に学習して最適化し、強くなり続けるネイビーを、何とか経験則にて叩きのめした。

 護衛枢機卿が辛勝、次も勝てるかは分からない、それがネイビーの戦闘力。

 ラスボスにまだ挑めない神兵の隊長達が、いざその時が来たら、と思うと震えてしまうのは、些細な事である。

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