第12話 サルベージ・ログ |兵《つわもの》どもが|夢幻《ゆめ》の痕

 カウル付きレース用大型バイクとサイドカー付きモトクロッサーが、足元が藪で見えない森の中を木々を挟んで並走する。

 レース用のバイクを駆るは混沌、後部には暗黒。モトクロッサーはブラックが運転し、サイドカーには白が乗っていた。


 混沌が乗るバイクは前後両方が駆動輪なので、前進しながらの急な後退も出来る。


 別の地点を疾走するバイクには虹と彩がタンデム二人乗りで乗り、その後ろを濃淡と灯が、別々のモンキーバイクで追い掛けていた。馬力が違う上に視界の悪い森の中では、離されないようにするのが精一杯である。


 まず、虹や混沌達が接触し、すれ違い様に銃撃を行うも、ドライバーは後部の者が守った。更に後輪同士をぶつけ合う。


 バランスを互いに崩すも、混沌のバイクの方が立て直すのが早く、背後に回り込まれてしまった。


 虹はクラッチ操作を彩に代わって貰いつつ、アクセルを捻り、ギアを一速上げて切り株に前輪が乗り上げながらも、ミラーを見つつ背面撃ちを行って宙を舞う。目の前に迫る木の側面へ前輪が着くと、息の合った体重移動で車体を斜めにして木の側面へ後輪を着け、木の側面を削るように再び加速し、三角飛びの応用で衝撃を抑えて着地する。


 スラロームしながら木々を避け、尚も迫る混沌はバイクへ内蔵した車載型の機銃を起動させて撃つ。が、虹達もスラロームし、木々を楯代わりにして避けて行く。




 それらに多少遅れつつも、灯とブラック達が会敵する。


 小回りの利くモンキーでモトクロッサーを翻弄するも、馬力が違うので、直ぐに離されかけてしまう。


 しかし、森の中ではサイドカーが通れるルートが限られているので、地形を利用して何とか灯と濃淡は足止めしていた。


 ひっきりなしにナイフや魔法を撃ってくるも、ブラックが旋回しつつソードオフを撃ち、白が二挺短機関銃で弾幕を張って防いでいるので、容易には近づけない。


 そこで濃淡はアクセルをフルスロットルに分回すと、モンキーの車体を用いて体当たりさせるべく、離脱しつつモンキーを後ろから追い掛ける。


 灯が援護するべく、倒木を踏み台にして飛び上がると、ブラック達の真上へと放物線を描いて飛ぶよう、飛翔中に軌道上の木々へ飛ぶ斬撃を放ち、道を文字通り切り開く。銃弾に向かって放たないのは、殺気を具現化させた斬撃は物理法則の延長線上に位置しているため、可能性の塊は弾く事すら出来ないからだ。


 落下してくる灯の駆動する後輪と、モトクロッサーの前輪がぶつかり合うよりも前に、白はブラックの後部へ移り、身体を傾けた体重移動でサイドカーとモトクロッサーを斜めに傾け、濃淡の車体による体当たりをウィリー状態から回転させて受け流しつつ、灯のモンキーをも捌く。


 後続の濃淡は機杖を剣に変形させて降り下ろすも、白が回転の途中であるモトクロッサーの上にも関わらず、剣の腹を殴って軌道を逸らしてしまう。だが、濃淡は剣から杖に戻すと、即座に小さく振り替えして軌道を斜め上へと描き変え、鎌に変形させつつ切り上げる。これをブラックが元に戻したモトクロッサーを、前進させる事によって回避した。


 灯は弾かれて藪の中に突っ込むも、素早く体勢を立て直す。濃淡へ手を伸ばしながら進み、掴むと左側のステップへ濃淡の足を乗せ、自分は右側のステップに移る。クラッチ操作とギア・チェンジを濃淡に任せ、後輪ブレーキとアクセル操作、前輪ブレーキを灯が担当するという、曲芸乗り状態で旋回した。


 タンクを膝で挟めない事もないが、二人掛かりではろくに衝撃や振動を抑えられないので、素早く濃淡のモンキーを回収する必要がある。しかし、体当たりの際に損傷してしまった可能性もあるので、灯のモンキーを潰す覚悟で酷使する事も考えておく。


 元は双子であり、今は主人と使い魔でもあるので、モンキーを二人で動かすのに、アイ・コンタクトや掛け声は不要だ。


 阿吽の呼吸で回り込むと、ブラックの背後を取った。だが、サイドカーが損傷したのか、後部に乗っていた白は後ろを警戒していたようで、RPG-7を構えている。無情にも射ち出されたタマを、濃淡がしゃがみ込んで車体を傾けつつ、灯がすれ違い様に推進器から切断して真っ二つにすると、弾頭を推進器が渦を描きながら追い越して行き、一拍遅れて弾頭が緩やかに落下し、藪で覆われた地面を跳び跳ね、後方の樹に当たり爆発した。


 爆風と衝撃に煽られるも、お返しとばかりに身を起こした濃淡が魔砲をぶっ放す。


 しかし、迫り来る魔力の砲弾へと白が身を踊らせ、身体を張って威力を封じ込めた。避けても余波で車体が吹き飛ぶし、単に防いでも地形が変わるだけでなく、動ける逃げ道を無くす事となるのだ。高濃度の魔力が身体中にへばりつくも、白は闘気とチャクラを融合させたかんか法にて吹き飛ばす。


 そのまま地面を何度かバウンドするも、サイドカーをパージしたブラックが手を伸ばして回収した。バランスが崩れて挙動や重心が安定しないが、曲芸乗りと比べれば遥かにマシである。


 灯は手持ちの仕込み杖を鞘に納刀し、アクセルを握る手に持つと、端末機から取り出した大きい籠を背負い、中身の幾つも束ねてある刀をばら蒔いた。鞘に巻き付けてあるキープ・アウトの黄と黒のテープが舞い、そこらじゅうの藪の中に次々と刺さっていく。


 同時に灯を基点として、その場で互いに体重移動しての旋回を行い、濃淡がブラック達の方向へと飛ぶ。白は二挺短機関銃で迎撃するも、角度をつけた楯モードの機杖はピンホール・ショットでも貫けなかった。


 ブラックは濃淡が間合いに入ると、体重移動で後輪を浮かせるノーズマニュアルからの、旋回による後輪で直接打撃を喰らわせる。


 弾かれる楯に防御体勢の濃淡が腕を掴んだ白は、旋回した車体の勢いをそのまま利用して、灯の駆るモンキーへと投げ飛ばす。だが、ブレーキで減速しながら浮かせるノーズウィリーを行いつつ旋回し、灯は濃淡を回収する。


 今度は肩車しながらの運転だ。とはいえ、濃淡は重さをゼロにし、足で固定しているので、灯の負担は無いに等しい。


 仕込み杖で近くのテープを引っ掛け、ブラック達に刀の雨を降らせる。宙を回転する刀へ再び接近した濃淡が追いつき、柄や鞘を殴って落下速度を加速させ、槍へと変型させた機杖で突きに行く。


 ブラックがソードオフを撃って刀の雨を逸らし、銃身で払いのけ、白がブラックの肩越しに正拳突きを放ち、濃淡の槍が穂先を止めてしまう。けれども、濃淡は更に槍から機杖へ戻して引き、前方宙返りしつつ斧へ変型させ、白が止めに動いた瞬間、剣へ切り替えてきた。濃淡は斬ったと思ったが、ブラックが車体を剣の軌道に合わせて傾け、惜しくもくうを斬る。


 が、体勢を崩したところへ、灯が飛ばして来た第二波の刀の雨が降り注ぐ。全能兵器の一部なので、当たるだけでも痛い。


 転倒してしまうが、モトクロッサーも混沌の全能兵器が一部なので、アクセル・ターンで再び車体を起こしつつ、濃淡を白がドロップ・キックによって引き離し、ブラックが灯へと突っ込む。


 ドロップ・キックを受けて濃淡は地面を転がるも、瞬間的加速を行い姿勢を立て直す。また、白が着地して構え直すのは同時であった。


 濃淡は杖モードのまま鳩尾へと突きを放ち、白は途中で可変されるのを警戒して、衝突するその瞬間まで粘って避ける。


 人間と変わりない亜人と言えど、二本の腕を使い、二本の足で立って歩いている以上、どんな相手でも動ける速度や反応、関節の稼働領域には限界があるモノだ。今回濃淡が考案した連係技を使うと、接近戦において理屈の上では人型の存在であれば、ほとんどが避けきれないだろう。


 だが、それも初手のみに限られる。思いもよらぬ奇襲が通じるのは、たった一度きりだ。一回でも仕掛けが知れれば、手練れの相手にはそれ以降、凡庸な技の一つに成り下がる。しかも、今回の技は半分程先の戦闘に使ってしまった。


 必殺の機会にも関わらず、ブラックによってかわされたのは思いの外痛い。


 全ての勝機は、技の入る機会が読めるかどうか、計れるかどうか、創り出せるかどうかに掛かっている。


 そう、読めたつもりでいたのだ。


 しかし、まだ全部を見せていないので、相手が隙を作れば仕掛ける事も出来る。その一瞬のさえあればいい。


 白は杖を後退して避けている。その刹那に濃淡は、スティックモードからポールモードに変型させての、打撃から更なる打突だとつを繰り出した。


 回避行動の最中を狙われては、対処法等ほとんど存在しない。


 それにも関わらず、白は第六感とはいえ合気道の手刀で反射的に受け流す。


 目にも止まらぬ攻防だが、濃淡は更に踏み込みつつデスサイズモードに変型させ、魔女狩りからの魔人狩りという大技の連係を行い、白を容赦無く切り刻んだ。


 至近距離から退魔の波長、及び妖精達との魂の連鎖共鳴による共振する振動刃は、チェーン・ソーもかくやというべき切れ味を発揮する。


 如何なる格闘技や古武術でも、受け流すのは元より防御すら難しい。


 白は危うく出血多量と痛みによるショック死を受け入れ掛け、寸でのところで反魂術と蘇生術、回復魔法を並列行使され、しかも天国から入場拒否までされて蘇った。


 別名が神様の食べ残し、それが創造神の使徒であり破壊神の使徒同様に、天国から入るのをお断りされている。




 ブラックは灯に向かって行きつつ、ソードオフを連射した。剣士にとって、狙撃銃の次に散弾銃は相手にしたくない武器なので、とても有利となる。殺気に反応出来れば狙撃手の位置も分かるが、散弾銃の撃ち出す装弾は粒状なため、基本的に斬り落とす事は出来ない。


 接近して銃口を逸らし、射角から完全に己の身体を外さなければ、例え近距離でも被弾は免れないだろう。中距離から遠距離ならまず蜂の巣である。


 手持ちの剃刀かみそり――仕込み杖――や、ばら蒔いた戦場刀では、恐らく太刀打ちそのものが難しい。


 なので、自分の流儀を曲げて対処する他無かった。


 刀剣の全能兵器オール・マイティー・ウェポンを本来のーー三角柱のような合体剣フュージョン・ソードで、各面が二つに分かれて、六本の個別な刀身にもなる。刀身の真ん中には先端が三角垂の鎖付き分銅で、鍔と柄に繋がる。柄頭にも三角錐が付いているーー姿に戻すと、更に分離させてビット兵器の如く操作し、刀身によって散弾を残らず弾く。


 まさかの挙動にブラックは動揺してしまい、灯の放った刀身への対応が遅れ、車体もろとも地面に縫い止められてしまった。


 あの剣鬼が武器を変え、流儀すら曲げて来るとは思っても見なかったのだ。


 ソードオフを向けるも、銃身が縦に切り裂かれていたので発砲すら出来ない。


 直ぐ様予備を取り出すが、銃口に合わせた短剣を入り込まされ、予備も使えないようにされた。


 そうこうしている内に、喉元へ剣を突き付けられたので、無駄な抵抗を止め、大人しく降参するブラック。


 破壊神の使徒はやはり強かった。



 虹と混沌達は森を抜け、海岸の真っ只中にて立ち回りをしながら切り結ぶ。


 虹達はお互いに八の字を描き、接触時は暗黒がバタフライ・ナイフで彩の苦無を捌く。虹の自動拳銃の弾丸を混沌が、肩から生やした鋼鉄の腕で弾いた。勿論、すれ違い様には後輪をぶつけ合う事も忘れない。


 しかしながら、混沌のバイクは前輪も駆動輪なので、虹が駆るバイクの車軸が、変形したりして損傷してしまうと走れなくなる。


 数回の接触から、虹はウィリーしその場で進行方向を反転させた。だが、混沌もノーズマニュアルのまま前輪をバックさせ、虹の前輪に自身の後輪をぶつけて見せる。この時、後輪は前進しようと全速力で駆動していたため、当たり負けした虹のバイクが後退し前輪が下へと下がった。


 迫り来る混沌の後輪へ、彩が槍の柄を挟み込ませ、後輪のタイヤがグリップを咬ませて走らせる。


 すると、後輪は前進しようとし、前輪は後退しようとしてしまう。つまり、ノーブレーキにも関わらず止まってしまうのだが、ハンドルが少しだけ傾いていたので、戦車のように超信地旋回モドキとなり、惰性で前進していた虹の前輪が、混沌の駆るバイクのボディへ当たる。


 反射的に虹は発砲したが、暗黒のバタフライ・ナイフが弾丸を切り裂く。とはいえ、バタフライ・ナイフは付け根部分が脆いので、銃弾の全能兵器と刃物の全能兵器では、武器の種類も加味されているため、通常の武器と同様に破損してしまう。


 時間が経てば修復されるが、元々が壊れない事が前提として存在するので、その全能兵器に認められた保持者が持つ権限や、別の全能兵器を応用しなければ、直ぐには直せない。


 傾きを立て直しつつ混沌は反撃に、自身の腕へ鋼鉄の腕を籠手の如く装着させ、虹の顔面を殴りつける。虹は自動拳銃の銃身を使って逸らすも、仕込み靴による蹴りで前輪がタイヤのゴムが切り抜かれてしまう。しかし、彩の槍が混沌の前輪と後輪のホイールに空けてある穴へと、槍を通して来たので駆動そのものを阻止される。同時に、暗黒が虹の後輪を自動拳銃で撃ち抜く。


 これで混沌のバイクは行動不能、虹のバイクは動けない事もないが、満足に走れもしない。良くて徐行が精々であろう。


 しかしながら此処は砂浜である。防衛しながらハンドルを何度も切り返しつつ、前後輪を少しずつ前後に駆動させて行けば、つっかい棒である槍の柄は外れてしまう。


 更には前輪は後退、後輪を前進のギアへ入れ、ブレーキを掛けながら両方のアクセルを捻ると、その場で跳躍も出来る。体重移動しつつアクセルを噴かせば、前後の宙返りも可能だ。常軌を逸したバイクの運転方法なので、先入観のみでは対応すら儘ならない。


 混沌達が脱出する最中に虹達は新しいバイクへ乗り換え、旋回しつつ後輪を持ち上げ混沌の前輪を弾く。そのまま虹はスラロームしながら距離を取る。機銃からの銃弾が虚しくも空を切って行った。


 虹は運転を彩に代わって貰いつつ、端末機を操作してWR――ウイング・リボーンという、戦闘機と戦車に変形する変態駆動な人型のロボット――を上空へ転送させ、無人運転にて低空飛行ののちに、後部から飛び上がって機体の手へ移り、伝って搭乗席に乗り込む。


 混沌も運転を暗黒に代わって貰い、飛び上がってマルチフォーム・スーツを一瞬で着込み、ブースターを噴かして高度を上げ、視線の位置をWRのコックピット部分たる胸部に合わせた。


 それを分かりやすく言うならば、IS対MSの対決である。


 手に持つ銃器や刀剣、バーニアの類いにエネルギー系統の動力源、大きさは違えど兵装の大部分はほとんど同じモノと言えよう。


 ヘルメットやライダー・スーツで運転手を守る二輪車と、金属のフレームで運転手を守る自動車だ。


 混沌のマルチフォーム・スーツはその攻撃力、防御力、機動力が非常に高い機動兵器であり、特に防御機能は全能兵器の特性もあって、突出して優れている。能力によって得た熱エネルギーを変換させてあるシールドバリアーと、機械によるシールド発生を能力に組み込ませた流動的な防御などによって、あらゆる攻撃に対処できる。その為、操縦者が生命の危機にさらされることはほとんどない。また、操縦者の生体維持機能も付いているので、宇宙空間でも活動出来る上、単体で大気圏への突入もこなす。格好は核となるコアを守る装甲と、腕や脚などの部分的な装甲であるプロテクト・アーマーに、肩部や背部に浮遊する非固定装備アンロック・ユニットから形成されている。シールドバリアーという存在から余計な装甲が必要ないため、搭乗者の姿がほぼ丸見えだ。


 端末機から取り出す銃器や刀剣も、取り出した時点で全能兵器の一部となるので、全能兵器以外では武器も壊れない。


 けれども、対峙するWRも全能兵器の一部となっている。


 混沌が乗り物の全能兵器として許可した為であるが、戦う以上は手持ちの武器で、相手の装甲は壊せるが故に問題は無い。


 ただ、大きさはそのまま性能面に直結する場合もあるので、回避行動を取られると、混沌はWRを追いかけながら攻撃する事となる。


 幾ら小銃で射撃しようとも相手の装甲は硬いので、火力が高い兵器を使わなければいけない。鉛弾では関節部分を狙っても破壊には時間が掛かるからだ。使うとなると反動で一瞬だけ停止するか、僅かでも後退してしまう。当たれば相手の装甲にダメージを与える事が可能とは言え、外せば徐々に引き離されて行く事となるだろう。


 虹の駆るWRも使用する武器を制限される。


 MSに合わせた拳銃とは言え、人一人を正確に狙えはしないのだ。エネルギー系統の武器による余波でダメージを与えるか、単純な接近戦で斬るなり突くなりする事となるだろう。


 もしくはビット兵器等の遠隔操作による、多角的な射撃で追い詰めるしかない。


 MS同士の戦闘でさえも、コックピット部分を正確に狙えるのは難しいので、これが人間大となるとかなり厳しい。


 小回りや取り回しの利く兵器とは、そのほとんどが人間が使う事を前提としているので、MSに人間が扱えるサイズの、銃器を操作させる事は非効率極まりないのだ。


 その為、針等の暗器や両手の掌に追加装備した、隠し武器とも言えるビーム砲を使うしかない。この兵装により銃器を構える動作無しに攻撃を行うことが可能で、取っ組み合っての接近戦闘などの密着した状態から相手の意表を突ける。


 この通常は有り得ない零距離での、格闘戦から射撃を想定した兵装は、多くの起動戦士の中でも一際異彩を放っている。


 細かい関節が集中しているマニピュレーターで拳を作って殴りつけることについては、あまり推奨されない緊急戦闘手段であり、相手に格闘攻撃を仕掛けた際、サーボ機構等に負担がかかるため普通は止められているのだ。それを無視しての零距離射撃は、イカれているとしか言い様がない。


 特に全能兵器同士での戦闘は、ナノマシンでも組み込んで置かないと、戦闘中はまともに修理すら出来ないので必須となる。


 壊れて破棄したとしても特性を切っていなければ、経年劣化すらしないオーパーツは、例え太陽に放り込んでも熔けたりはしない。


 しかし、そんな暗器であろうとも、混沌は止められないと虹は考えていた。


 あまりの加速に、分身しているようにすら見える混沌が、虹の機体を翻弄している。


 混沌が着ているスーツのコアに搭載されたバイオコンピューターは、マルチプル・コンストラクション・アーマーで構成された装甲を着けている操縦者を、統括するためのコンピューターの一つである。本来は障害者向けのインターフェイスが軍事転用されたもので、装甲そのものが得た情報を操縦者の脳に直接伝え、思考をスーツに反映させる事が出来る。また、バイオセンサーやサイコフレームとの同調を調整する働きも担っている。


 超能力のサブ増幅器が、操縦者のスーツにある背部に組み込まれており、操縦者の手足に使われている装甲型サイコフレームが主増幅器となっている。


 コンピューターチップ以外の電子回路も鋳込んだMCAのお蔭で、回路の取り回しが内部構造そのもので兼任出来る為、高い機動が可能となった。また損傷や故障も想定して装甲ごとにフェイル・セイフ・システムが織り込まれている為、他の装甲で補い一部の故障で作動不能になる事はない。


 速度のリミッターを解除し、本来の性能を発揮できる状態が最大稼働モードだ。最大稼動モードの一番の特徴は、ずば抜けた機動性と運動性を発揮するところにある。ただしそのために、操縦者と装甲の周辺がおびただしい熱を持つ。通常の冷却が追い付かなくなるので、金属剥離効果にて装甲を強制冷却しており、あくまでもその冷却機能の副産物が質量を持った残像である。


 MCAによって、単一の部材に複数の機能を盛り込む事が可能になった。その一つが金属剥離効果だ。最大稼働時において装甲の表面が上昇する為、装甲自体に冷却を行わせ、操縦者の能力行使やシールドバリアーだけでなく、装甲各所で強制冷却が始まる。その際、装甲表面にあるコーティング等の特殊な金属粒子を剥離させる。


 最大稼働モードの際には質量を持った残像現象が起こり、金属剥離効果によって剥離した金属片が、相手のセンサーに認識されるため、操縦者があたかも分身しているかのように見える。とは言え、実際は金属片によるセンサーの誤作動だ。この残像はレーダーやセンサーのみならず、他者の肉眼すらも欺瞞ぎまんする。


 虹は混沌の分身を見極める事へ疲れを覚え、早々に無人操縦プログラムを起動させた。


 それはMDモビルドールプログラムとも呼ばれ、虹達の戦闘データを元に作られた戦闘アルゴリズムが組み込まれており、完全な自立行動がとれる。人間を遥かに超える反応速度、人体が耐え得る以上の高G機動が可能であり、精密無比な攻撃力を併せ持つ。しかしながらエース級の熟練者を相手にすると、機械的な動きが読まれやすいためか、ほとんど通用しない。洗練された戦術プログラムにより有効な戦力となるということは、裏を返せばプログラム通りにしか動けず、それを読まれればただの人形であることを意味するからだ。


 パイロットが居るのにMDプログラムを起動させる理由は、励起れいきされるゼロシステムの身代りでもある。また、機械の判断力から零れるであろう、相手の微かな挙動に対して起動修正を行う補佐役でもあるのだ。


 とは言っても、自立での戦闘能力が高いため、主にパイロットはクラッキング等の電脳戦や先天的能力での機体支援に回る事が多い。なので、MDプログラムとは必然的に、パイロットの手や思考を空ける目的で使われる。


 が、混沌の機動力はゼロシステムの予測を上回っているのか、中々捕捉する事が出来ないでいた。


 残像には惑わされないとは言えども、混沌も予測魔法で対抗しているがために、手を伸ばす端から空を切り、その後に小銃で関節部分を狙ってくる。


 電脳戦でもファイアウォールの厚さに苦戦したが、人機一体となって戦闘をする混沌と、電脳戦に思考を割いた虹とでは、混沌の勝機は薄いので辛くも押し負け、遂に捕まった。


 しかし、ただでは転ばない。


 コアを無人操作させてスーツを脱ぎつつ、WRの手の中より脱出し、コックピット部分へと肉薄する。同時に虹もコックピット部分を開放し、迫りくる混沌へと二挺拳銃を構えていた。


 交錯する拳と銃弾。全く同時に動いたが故に、発砲音と打撃音が互いの攻撃に被り、コックピット部分のハッチにて立ち位置が入れ替わる。


 その一拍遅れでWRの自爆装置が作動し、スーツや二人もろとも爆光に包み込む。



 彩と暗黒はバイクそのものをお互いへと突っ込ませ、盛大に乗り捨てる。


 爆煙を上げる車体を挟んで向かい合うと、暗黒が先に魔法へ重ねるよう細菌をばら蒔く。彩は魔法を反射させ、太陽道にて太陽光を収束しつつ、空間ごと焼き払う。収束させた太陽光を擬似的な槍に見立ててあり、擬似的全能兵器として機能するため、細菌の威力や効果を半減出来た。


 暗黒は内心で驚きつつも、彩の後ろへ回り込みライト・セイバーを降り下ろす。だが、彩は太陽道を纏わせた腕で受け流し、多節棍にて更に暗黒の背後を強襲する。


 しかし、暗黒は咄嗟にしゃがみ込み、彩へ足払いを仕掛けた。彩は跳躍して持ち手にある多節棍で、暗黒の軸足を突きに行く。それを暗黒は後ろへ転がってかわす。


 掛かった。


 彩は暗黒が張った細菌やウイルスが漂う地点に降り立つ。如何に太陽道を使おうと、壊れない以上は能力での干渉が出来ないので、呼吸とともに吸い込まれる。吸い込まれれば感染する事だろう。


 しかし、暗黒は怪訝そうな顔をしつつ立ち上がる。吸い込まれた細菌やウイルスが、一向に増殖しないのだ。


 それもその筈、彩の体内を流れる血中にはナノマシン・サイズの針が駆け巡っていた。槍の保持者なので傷つく事が無いからこそ可能である。針は赤血球や血小板、白血球にホルモンの類いに至るまで付いており、細菌やウイルスを物理的に破壊していく。破壊された細菌やウイルスはナノ以下のサイズとなるので、腎臓で濾過ろかされ、自然と体外へ排出される。


 更に、彩は巻物を取り出して親指の腹を噛みきると、巻物に押しつけて横へ動かした。すると、もう一人の彩が落下した巻物の上へ現れる。本人と瓜二つの容姿をしている全身義体である。


 これはとある世界におけるサイボーグ技術の結晶だった。義手、義足、人工臓器の概念を全身に拡張した存在で、今回はクローンの脳と基幹神経系だけを残して、ほぼ全身を人工物に置換した完全義体だ。


 クローンとはいっても自我や意識は赤子同然なので、彩が超能力で遠隔操作したり、脳へ埋め込んであるAIが戦闘を行う。


 忍術は使えないが、格闘を始めとした近接戦闘はオリジナルにも引けを取らない。また、脳を入れてある為に乗り物扱いと言う詭弁が、一応は成立するので全能兵器の特性が発揮される。


 対する暗黒は小さな黒い宝玉を取り出し、軽く口づけすると閃光を放った。光の中で、暗黒は回転しながら着ている衣服を次々に着替え、ゴスロリから魔法少女のような防御よりも外見を意識した、黒色の衣装を着込む。その隣にはクローンの暗黒が立ち、白い衣装を身に纏っていた。


 白い衣装の暗黒は食べ物の全能兵器を改良して造られた、汎用人型兵器な人造人間である。暗黒の等身大なエヴァとも言えるが、暴走や覚醒機能は無い。


 人造とはいえ一応は生きているので、呼吸や発汗もする。この時の呼吸等にウイルスや細菌を混ぜているので、歩く生物兵器でもあった。


 一瞬後に交錯する彩と暗黒、義体と人造。戦闘分野が違うからか、暗黒と人造は押され気味である。


 次に暗黒は義体と、彩は人造と戦う。使徒本人と比べれば幾分か弱いが、それでも暗黒の拳を止める義体に、彩の蹴りを受け流す人造だった。


 が、双方ともにオリジナルとレプリカである。


 全能兵器にあらゆる技術を注ぎ込もうと、所詮は人間が造ったモノに変わりは無い。故にレプリカ達はオリジナルに大敗してしまう。


 義体は打撃の最中に感染したコンピューター・ウイルスでバグり、人造は再生能力が追いつく暇も無い刺突を受けたのだ。


 再び向き合って接近戦を数回行うと、彩の苦無が暗黒の繰り出した掌底に突き刺さる。暗黒は苦無を深々と掌へ突き刺さしつつ、彩の苦無を持つ手を掴む。これで彩は逃げられ無い。


 しかし、彩は不敵に微笑むと引き寄せられながら、膝蹴りを叩き込む。が、暗黒も同様に膝で防いだ。反対の手が動けば、手や肘で防ぐ。


 密着しての戦闘は稀な為、如何に彩の戦闘能力が高くとも十全には発揮出来ない。首相撲を行いつつ膝や肘の連打をしても、暗黒は彩の手を起点に共生しているので、のらりくらりとダメージを抑えていた。太陽道で弾こうにも、共生能力が上回っているから、暗黒にも太陽道が発現してしまう。


 ならばと、彩は自分で自身の腕を掴み、握力でへし折った。けれども、暗黒は意図を察して共生能力を部分的に解除し、逆に彩の自傷を治してしまう。

 こうなると短時間での打破は難しい。諦めて降参しようかしら、そう思った彩の隣に虹が、暗黒の隣に混沌が転位して現れた。


 虹と混沌は彩と暗黒に状況を説明すると、二人を強引に引き離す。暗黒が不満げな表情で混沌を見るも、混沌は謝る仕草を繰り返すだけだった。彩は安堵した顔で虹を見て、危なかったな、と苦笑いされてしまう。


 機動兵器や強化したクローン兵士の戦いなんぞ、使徒本人達の前では余興にしか成らない。


 そこで、次は使徒同士を用いて戦う事にする。


 まず、虹と彩はシンメトリカル・ドッキングを行い、左右対称で一つの存在となった。合体前に、虹は自分の性別を女性に置き換え、遺伝子パターンを彩に合わせて調整し、男性としての弱点を生物学的に消す。


 対する混沌と暗黒はドライブ・チェンジを行い、共生した暗黒を主体に体幹とし、混沌の四肢と能力が発現する。混沌の顔は暗黒と融合してしまうものの、感覚は個別にあるので見えなくなる訳ではない。


 両者の雄叫び、もとい雌叫めたけびが砂浜に轟き、拳と蹴りが交錯する。


 全能兵器や後天的、先天的能力は導引するだけ戦闘が助長してしまう。故に単純な格闘によって決着ケリを着ける事となった。


 パートナーとの信頼性や相性もあるが、そこは破壊神と創造神という仕える神魔の違いが、そのまま地力となって表れてくる。より具体的には、仕える神魔がどれだけ使徒を頼っているか、または使徒に仕事を押しつけているかで、戦闘能力に差が生まれてくるのだ。


 防御に徹して、相手の攻め疲れを誘発させる事こそ最大の攻撃。それが創造神の使徒としての信条ならば、攻撃を叩き込んでこそ最大の防御である。破壊神の使徒は伊達ではない。


 蹴って蹴って蹴りまくって、待ったの声すら聞かずに相手の意識を狩りとり、ボロ雑巾と化すまで徹底的に連打を決める虹達。


 混沌達はクリティカル・ヒットを何度も受け、既に虫の息だった。

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