第2話 強制召喚の儀式による余波

 辺りが強く発光し、視界がホワイトアウトする。

 ライトは事前に目潰し対策として、片目を閉じていたので、閃光が収まると、もう片方の目で古竜を見据えた。

 古竜は川原がただの地面になり、龍脈が消えているのに戸惑っている。

 アートは目を覆っていた片手を下げ、視界に入る石壁と空、やけに揃った服や甲冑を着た団体を見回す。

 半包囲しているローブ姿と甲冑は、魔法使いと騎士だろう。その真ん中に居る二人は貴族か。揃った私服姿は十人前後、推定一般人。その近くには戦車か装甲車輌を囲む兵士五、六人、騎士達とは違う、どこかの国の兵隊達。装備が銃。騎士は剣、魔法使いは杖。一般人はバッグか。


「良く聞い――ド、ドラゴン!?」

「姫様、お下がり下さい!」

「うわぁあああ!?」

「総員構え!」


 困惑していたが、敵意が増えた事に古竜のオーラが膨れ上がる。同時に、ライトの剣気が襲い、圧力が互いに削れていく。

 気当たりによる鍔迫り合い。アートからは見えないがライトは笑っていた。

「引っ込んでいて下さい!」

 アートは魔法使いと騎士達へ向け、発煙筒を蹴り転がす。

 状況は不明瞭だが、数が多い集団の介入はだいたい面倒に成りやすい。一般人はパニックになりやすく、伝染して収拾が付かない事もままある。兵隊は隊長格次第だが、そこまで積極的には動かないだろう。下手に介入して戦車が破損したら大変だ。

 凹凸の少ない地面、壁で囲まれている広場、城や砦らしき物も壁の奥に見える。どこの国かは分からないが、騎士が使う演習場に思える。

 見える位置の扉があまり大きくないので、戦車や兵隊も自分達と同じようにやって来たのだろう。

 ライトの斬撃を古竜は翼で払いのけ、溜めていた息吹を吐き出す。転がって回避するも火球を連続で放ち、首を動かして追跡する。更に避けようとライトが足腰に力を入れるも、魔法による土壁が腰辺りまで生え、正面と上以外を塞ぐ。

 避けるには乗り越える必要があり、刀を振るうには周囲の空間が狭いので切り崩すのも難しい。

 当てる為の魔法運用と生成速度、どう戦うかを考えているし、ライトに脅威を感じている証拠だ。

 一般人は顔を背け、端の方で煙を払っていた魔法使いと騎士の一部、兵隊達は身を強張らせる。

 だが、ライトは続けて連射された火球を、真正面から斬った。

 斬り裂いた火球は左右の土壁に直撃した事から、火球はライトの足元の地面に当たる軌道だったのだろう。

 土煙が晴れる間際、ライトは正面へと駆け出す。距離を取ると火球や魔法を使う様になった以上、刀の間合いが遠退く。

 アートは槍を保持すると消音魔法と穏形術で気配を断ち、周りの声や音、気配を増幅する認識阻害の魔法も掛け、古竜に近い壁に向かって走り出す。そして壁を地面と同じように駆ける。重力に捕まる寸前、自身の体躯を風魔法で押し上げて高度を稼ぎ、空中で最終調整をしていく。

 接近するライトに気を取られ、反応が遅れた古竜が気付いた時には遅く、両翼のど真ん中で、背骨の関節へと槍を突き立てられ、全体重と風魔法の加速により貫かれていた。

 急所への激痛で首と翼が上へと動く。その古竜の首の関節を据物すえもの切りの要領で居合い抜き、首が落ち周辺が血の海と化す。

 風魔法と歩法で血飛沫を避けたライトとアートは、目配せでどちらが周りへと対処するかを決めた。

 獲物の横取りを警戒、あと現状把握に努めるべく、納刀したライトが騎士達へと向き直る。

 その間にアートが古竜の死体を解体して、ギルドから支給されたマジック・バッグへ詰めていく。


「……問おう。ここはどこだ?」


 発煙筒の煙が消え失せ、迎撃の魔法や剣を構えた騎士達に静かに問う。

 血生臭く、死体を損壊する刃と皮と肉が剥がれる独特な音が、恐慌と緊張状態手前の騎士達の耳に届く。一般人の顔色は白と土、踞って嘔吐する者も居る。

 兵士の構えた銃は震え、魔法使いの待機させた魔法が暴走か消失かと明滅し、杖を落としている魔法使いも居る。

 高貴そうなお姫様も蒼白な顔、その隣に立つ女性は、別に顔色は悪くなく、血の臭いに迷惑そうに眉根を寄せてお姫様を支えていた。


「ここはメジロ王国の城よ。全く、召喚早々に儀式場を汚してくれるとは。異界の人間だけを喚べと、私は言ったのだが?」


 お姫様を近くの騎士へと押し退け、白いドレスコードを着ている女性が魔法使い達を睨む。


「も、申し訳ありません」

「鉄の塊二つに、ドラゴン。兵士、お爺さん、学生、狩人。ふん、ランダムでの召喚儀式なのは解るが、貴様等、何度も儀式の魔法陣を修正していたな。何故、高校生と言うジョブに絞れないんだ?」


 現在地しか答えず、魔法使い達を叱責する女性から、お姫様然とした女性へと視線を向け、視界に入る騎士や同じ境遇であろう兵士達の動きを見る。


「……ここは王都の中心にある城の、演習場になります。申し遅れました。私は第三王女のクリーク・サンデー・ステマ。こちらは神族のルナギャル・シンボリ・メジロ様です」


 神族、王女。と聞き、神族が口にした召喚儀式。メジロ王国なんて聞いた事もない。なれば、無差別の召喚という名の拉致行為だ。


いにしえの召喚魔法によって、転位された皆様方にお願いがございます。魔王を倒して下さい。元居た世界に帰るには、召喚の条件として、魔王討伐を成すまで帰る事は出来ません」


 一般人の何人かが、異世界転移キター。現代無双俺ツエーだ。と、盛り上がって息を吹き返す。隣の兵士も、ラノベ展開か。何か知っているのか。と、警戒しつつ雑談していた。


「全く、騒ぐのはそこまでだ。騎士達よ、抜剣せよ!」

 神族であるルナギャルの命令に、騎士達が剣を構え直し、魔法使い達が杖を掲げる。威圧して言う事を聞かせる腹積もりだ。


「寄らば斬る」

 ライトは半包囲して来る騎士達へ、剣気をてる。虚仮脅しでは無く、純粋な殺陣を想い描き、近寄る者全てを切り捨てるイメージでもって、相手に思い知らせてやるのだ。

 自分達が呆気なく死ぬ、そう脳裏によぎる。死をイメージして踏み留まると、二の足が踏めなくなってしまう。

 ただ、殺気や剣気、闘気による圧倒は、戦闘経験や最低限の意地がある者にしか伝わらない。

「まぁ、そんな怖い事を言わず、突発的な事で――」

 ――無警戒にライトへと近づいた、王女の首が三歩目で落ちる。

「こぉん……」

「……え?」

 四歩目の途中で血を吹き出しながら、王女だった肉塊が前のめりに倒れたのを見て、騎士の一人が現実を疑う。


「蘇生! 何をしている、王族を傷つけた不届き者だ!」

「か、掛かれ!」


 ルナギャルが蘇生魔法で王女の一命を取り留める最中、騎士五人が冑や剣ごと身体を断たれ、魔法使い達が回復魔法で斬られる端から癒すも、斬鉄による四肢欠損までは治せない。

 相手が振るう剣は速く、瞬きする間に回復魔法が止血した時には、付いていた筈の手足が取れてしまい、続いて飛んで来た魔法で断面だけが残っていく。後には四肢の内無事だった手足、または肘や膝から先が無い者のみだ。

「欠損には、再生魔法!」

 魔法使いの数人が再生魔法を使うも、肉壁だった騎士達は次第に頭が落ちていく。

 尚も近付く騎士に対し、ライトは未だに一歩も動いていない。

「まっ、魔法なら!」

 火球、風の刃、土の槍、およそ対人向けとおぼしき魔法の波状攻撃を、次々と斬って切って、斬り裂く頃には騎士はほぼ全滅していた。生き残りは魔法の巻き添えで死に、魔法使い達は同僚の騎士を殺した罪悪感と魔力切れで苦しむ。


「お、王族のみならず、国民まで手に掛けるとは、あなたは国を相手取るつもりですか!?」


 復活直後で人死に直面し、トラウマから青ざめている王女が叫ぶ。

「寄らば斬るって言ったのに、近付くから自衛しているんだがな」

「ライトさーん、初手で王手は流石に酷いですよー」

 非難しつつも弓矢を構えたままのアート。射角や射線的に、手出しが間に合わなかった。

「拉致誘拐されてるんだから、相手の立場なんて知るか。誘拐犯や盗賊が王女やら神だったら、拐われても盗まれても良いってか?」

「……自称ですから、殺されても。いや、でも、神様の存在証明は悪魔的な時間の無駄かな」

 ルナギャルがアートの発言に対し、聞き捨てならないとばかりに前へ出る。が、ライトの間合いの外で止まり、アートを睨み付ける。


「私が神族だという事を疑うか。ならば客分だと遠慮せず、現神あらがみとしてお前に天罰を降してやる!」


 ルナギャルが吠えた瞬間、ライトはアートが居る方向へと刀を振るう。

 ただそれだけで、天罰たる青天の霹靂は斬られ、アートを避けて左右の地面へと落ち、雷轟が足元で轟く。アートの鼓膜が散るも、治癒魔法で復元可能だった。

「くぅっ! ……無詠唱の雷程度、別に珍しくも……いや、超能力サイキックの類いなら珍しいか」

 魔法より超能力は発動が速い、魔力を使わず、精神力のみで魔法じみた事が出来る。

 神族の条件が超能力なら、神掛かった強さで人身掌握は容易い。と、アートは考える。


「なっ! 神の天罰を念導力等と同等に捉えるとは、信心の欠片も持ち合わせていない様だな!」


 斬られた事に驚きつつ、ターゲットをライトに変えて神罰を降す。

 しかし、ライトが前方へ袈裟切りすると、刃が空を切ると同時に神族のみが使える魔法も斬られた。

「ドラゴンも神罰も魔法も斬る、なんだその剣は……」

「刀っていう刀剣だ。神道という宗教みたいなモノの呪具が原型で、長年の研鑽により人切り包丁に特化してきた」


 手持ちの刀は竜殺しにも成っているが、刀とは護身用の武器でもある。昔は障気という目に見えないモノを切り、古流や武術が発達して人や槍を切り、現在では魔法に魔物を斬って、人間の手に余る強大で強固なドラゴンすら切り伏せる。

 デカくて硬くて重く、オマケに再生するし魔法は強烈で、人間が立ち向かう存在としては自然の次に厄介なのがドラゴンだ。

 ルナギャルがいくら神族であろうと、ドラゴンには手を焼く筈。いや、こちらのドラゴンがどの程度の強さかは知らないが、古竜クラスは自然災害と同じで、撃退出来る分、台風や地震の被害よりは少なくなる。討伐は最上級で、人の身で自然を退けたに等しい評価だ。


「手も足も出ない距離から、神族に逆らったを後悔させてやる」


 ライトはまだ動かない。いや、動けないのだろうと、ルナギャルは思ったのか、間合いの外からいたぶる様子。

 そうと知りながらも、ライトは特段焦りはしていない。連発される魔法や神罰を斬って散らす。


「……神、いや、神族だったか。魔法や魔力は見えるんだろうが、殺気は感じても、どこを狙うかは見え見え。だが、こっちの隙は見えていないし、刀しか目で追わない」


 神族は受肉した神というより、人間の世界に根付いた人種の一つなのかも知れない。

 ライトがそう思ったのは、古竜の解体が終わったアートを見ても、その付近に違和感を覚えた態度を、ルナギャルが見せなかったからだ。

 古竜は肉体が死んでも精神生命体として残る。霊体を封印しなければ、魔法でしろを作って復活し、再び動き出す。故にただ討伐しただけでは何度でも同じ個体と戦う事となり、ゆくゆくは学習されて対処出来なくなって、何度か戦った冒険者では撃退すら難しくなる。

 今回の古竜はまだ成って日が浅く、死んだのに精神生命体となって、自身の肉体を解体される様を困惑して眺めていた。

 その気になれば、土魔法で簡易的に構築した肉体へ受肉し、暴れ出す事となるが、アートが解体の最中に霊体にも効果があるお札やら、ギルドの支給品が一つの封印する為の道具で牽制して、つかの間だが黙らせている。

 天罰にビックリしていたが、元が土や岩の属性を持つ古竜なので、特にルナギャルを脅威とは見ていない。

 それよりもアート達に負け、封印されずに立ち尽くす現状がいつまで続くのか、復活したらまた解体されてしまうのかと、戦々恐々と顔色を伺う始末。


「神族如何なるモノぞ」


 刀を上段から振り降ろす。また魔法が掻き消える。と、同時に斬撃がルナギャルを掠めていく。

 刀本来の間合いの外へと飛ぶ斬撃。背後の石壁に亀裂が入り、威力は充分にある。


「……な、何だと。いや、当たらなければ……それが貴様の奥の手か、底が知れたな」


 一瞬鼻白むも、ルナギャルはプライドから煽る。

 神族すら迂闊に受けると切られ、刀本体では真っ二つになる事が容易に想像がつく。

 しかし、そんな事実は受け入れられない。何故なら、下等な人間種と神族では基礎スペックが違うからだ。

 所詮は人間、道具に頼るしか活路は見出だせない。


「ふむ、第二形態とかは無さそうだな。空中を飛ぶくらいはするだろうが、飛んで加速する程度の速度差なら、何とかなるか」


 冷静に魔法を捌き、未だに地上にいるルナギャルを見て、次の攻撃をイメージする。

 飛ぶなら落とす。近づくなら斬る。二足歩行の知的生命体は、重心移動が人間に近い。亜人だろうと、竜人だろうと、骸骨やゾンビも二足歩行なら、対人戦闘に特化した古武術や古流剣術の面目躍如と化す。

 剣士や剣術家なら、人としての情けを断ちて、神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬り、先祖に逢うては先祖を殺し、暴漢に逢うては暴漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、魔物に逢うては魔物を殺していく。

 行き着く果ては、殺すのは楽しく、死ぬのは悲しいと言う、サイコパスな思想だ。

 ルナギャルが短距離転移でライトの背後を取るも、鞘で下腹部を突かれ、ライトが振り返った瞬間、刀で水月を貫かれる。


「ルナギャル様!」

「騒ぐな、問題無い!」


 王女を一喝し、治癒魔法で傷を癒す。抜いた刀が振るわれ、魔法防壁ごと反射的防御をする左腕が断たれる。

 次いで、再生魔法で治すも、右腕が切り落とされ、再生をせずに治った直後の左手へ、召喚した剣を振るうも切っ先を浮舟で受け流され、腕と剣が僅かに泳ぐ。剣を振りながら再生していた右腕で拳を放つも、柄頭で防がれ、泳いだ剣を振るって鍔迫り合いに持ち込む。

 が、半歩踏み出して影打ちの要領でかわされ、右手を切られる。刀が小さく弧を描き、首を防ぐと、間髪入れずに左脚を斬られそうになるも、体捌きで避ける。また、首、左脚と連続で同じ場所を、燕返しの如く縦に八の字を描く太刀筋。

 しばらくの間打ち合い、呼吸を止め無酸素運動にて刀を振るうライトの顔色が悪くなる頃、ルナギャルは好機とばかりに内心で嘲笑う。

 片手とはいえ、神族の剣を人間は全力で振るわねば、まともに打ち合えない。


「真壁、一刀流、時雨」


 燕返しの変型は囮、連続して打ち込みを繰り出し続け、最終的に相手の受け損ないを誘発させる。

 短時間で膨大な数の単純動作を繰り返させる事で脳に量子的な処理のバグを発生させ、脳のスリップ現象を誘発させながら、同じく膨大な数の打ち込みという、単純な動作を脳ではなく、過大な修練によって体得し、感覚のみで行い続けることで、自らはスリップ現象による動作エラーを封じるという、いわば動作の発生源の違いを利用した剣術。

 防御一辺倒な相手を崩すが故、確かに、人間なら致命的な隙だが、神族は違う。


「神族と人間では、頭のデキが違うのよ。兜潰し!」


 剣を上段から一息に振り降ろし、相手の首を砕くと言う。人間が編み出し、防御を捨てて攻撃全てを賭けた一振り。

 示現流の蜻蛉に似た型だ。簡易に呼吸を整え、次の一手を打つ。

 

「時雨、からの、太刀ぎ」


 振り降ろされる相手の切っ先を狙って刀を打ち降ろし、弾いて相手の刃を逸らせることで敵の攻撃を封じるとともにこちらの振り降ろす刀を打ち込む、攻防一体の究極の交差法。

 太刀行き、いや剣筋がブレにくい示現流みたいな、上段からの剣術だからこそ使える技。


「くっ!」

「今のは、人間の技だろう。皮肉なモノだ、俺の知っている示現流とそっくり。異世界でも、剣術は似か寄るモノだな」


 人間を倒す為に、咄嗟とは言え人間の技を使う事となったルナギャル。プライドが残っているのか怪しい所ではある。

 今度こそは鍔迫り合い。神族のスペックでゴリ押しせんと、ルナギャルが奮起する。鍔迫り合いの最中に再生した右手で柄を握る。


「怪力、いや、ステータス差か。剣と刀で道具比べと行こう」


 徐々に鍔迫り合いの押し引きに移行し、相手の剣とこちらの刀で十字の形が出来上がっていく。無論、流石に刀が切れ味鋭いと言えど、ここまでの打ち合いでうっすらと刃零れしている。

 なので、刃筋が立つ場所で鍔迫り合いをしていくと、剣が押し引きによって半ばまで斬れてしまう。


「武器の性能なんて飾り。人間風情としては楽しめたぞ」


 半ばまで刀が食い込んだ剣が、溶接されたかの如く、刀と剣が接着してしまう。魔法で武器を縛り、刀を使えなくしたのだ。

 ルナギャルの蹴りがライトの脇腹に突き刺さるも、手応えが薄い。


消力シャオリー…………失敗」

「いや、失敗するんかい!」


 アートのツッコミに脇腹を擦りつつ、腰を落として、刀を逆袈裟切りするかの様に後ろへと向ける。

 友人に使えたら便利と言われて、なんとなくでうろ覚えなコツを得た技だ。割りと打撃に強くなれるが、打撃の瞬間に脱力するには相手の呼吸を読む必要があり、格闘家でない剣士には難しい。

 太刀筋やら型を読むのと、制空権を読むのはちょっとベクトルが違うのだ。

 しかも相手は自称神族という存在。受けや打ち込み、鍔迫り合いと時間を掛けても、成功率は半分もあれば良い方だろう。


「斬・鉄・剣!」


 迫り来るルナギャルの拳へ、剣が付いた刀を振り、巌流の虎切こせつという切り返しの技も併用して、切り上げと切り返しの太刀筋で、食い込んだ剣を空中分解させる。その間に、ルナギャルは回避しつつ間近まで接近に成功する。


「密着すれば刀剣は振るえない。間違いでは無いが、それを許す訳にはいかない。また、それすらも誘いに使うのが、古武術」


 接近戦なら拳や蹴り、密着戦なら寝技や柔術、人間の技を使う以上、繰り出す型の動きも人間に近くなる。それがどんなに速くても、見た目以上の威力を持とうとも、人間の模倣は想像以上でも予想は越えない。

 ライトはルナギャルが踏み出す右足の甲を切っ先で貫き、痛みを無視して動くも僅かに鈍った体勢を見逃さず、放たれる拳の前に手の平をかざす。向かって来る拳に合わせて手の平を引きつつ、半歩分身体をずらして伸びきった拳を包み込み、手首を捻ると相手の腕が捻り下げられ、手首、肘、肩と連動して体勢が崩れ、右足に刺さったままの切っ先が軸となって深手となる。普通の人間なら、極った関節と貫かれた痛みで戦闘不能になるものだ。通常なら捻られた方向へ回転しつつ飛ぶのだが、飛ぶと切っ先から上の刀身が足首まで抉り切る。故に縫い付けられ、昆虫の標本の様に惨めな有り様を晒す。


「ま、まだまだ。治癒魔法、軟体化、痛覚遮断」

「恐怖に繋がる痛みを捨てるか。人間から遠ざかって人間に勝てる道理は無い」


 下がっている顔を、正確には鼻を膝で蹴り上げると、軟体化の影響でか首や背骨がヤバい角度になる。突き出た胸部の真ん中にある胸骨へ回し蹴りを当てつつ、治癒魔法で足の肉が絡みつく切っ先を引き抜いて、拳を放す。


「瞬剣、斬り戻し」


 細胞を潰さない様に斬ると、見た目は繋がっていて、全く斬られていない様に見える。だが、急に動くと切断されて、手足や首が落ちて死ぬ。斬られた事に気付かない、構い太刀とは少し違う切り口でのアプローチだ。

 回復魔法や治癒魔法、再生魔法、痛覚遮断の魔法、または蘇生魔法。どれも斬られて傷付いたと言う認識が前提に発動する筈。

 では、痛覚を遮断して絶好の機会を見送ったと、勘違いしたルナギャルは果たしてどう動くのだろうか。

 取れた瞬間に再生魔法を使うなら、頭から股関迄を貫いて、人型の鞘にするか、上下に別けて峰と鞘を使った二刀流で、上下を滅多打ちにするか。

 或いは、肉体を放棄して、精神生命体になって向かって来るのか。


「……ふ、ふざぁ――」

「――あ、誰が蘇生魔法を使うんだろう。それとも勝手に蘇る?」

「魔法使い達を射抜きましょうか?」


 まず、勢い良く頭を振ったので、首が吹き飛び、肩と太腿が次々と離れていく。

 惨殺されたルナギャルを見て、王女が気を失って倒れた。

 その後、ルナギャルの死骸が発光し、時を戻したように手足と血が無くなって直立している。


「……わ、私は神族。不死身なのよ!」

「なら、デキの良い脳に、耳から矢とか突っ込んで、中身をかき混ぜてやる。どんなに種族差があっても、人間を模す以上は造りも人間と大差無いはず」


 無拍子で一歩前進し、眼窩へと掌底を打ち込み、眼球を押し込んで眼の奥にある骨を穿つ。眼球は骨よりも硬いので、奥の骨が衝撃で砕けやすく脳、ないしは視神経を損傷しやすい。


「その自尊心が散るまで、脳を壊す。痛みと暗闇がトラウマになっても知らん」

「脳の修復や再生に伴って、記憶が直前までリセットされていたら、どうします?」

「魂を斬る。破魔矢とかと同じように、刀には破魔のチカラがある。障気や霊、鬼を斬る為の道具だ。必然的に神へも届く」


 神殺し。ライトは剣士としても強いが、超常の存在たる神にも刃を向ける。

 手に持つ刀は既に竜殺し。神よりも弱いとは言え、強い竜は神にも等しい存在。そう、誇大や誇張でもなくライトの刀は届き得るのだ。

 ルナギャルをもう一度、地べたへと這いつくばらせ、アートがライトへと放った矢を掴み取ると、躊躇いなく耳の穴へと突き刺す。


「尻から串刺しでも良いが、神族という種族がどんなものかは知らないので、僅かでも付け入る隙は与えない」

「不死身相手に脳を物理で撹拌。虫の様に第二の脳や心臓を持っていたり、魚の様に痛覚が鈍くなってきたら、デタラメに暴れそうですけど……」

「神族は人間よりも上らしいから、虫や魚と同等な扱われ方は、プライドが許さないだろう。人間を模倣しておいて、中身が虫や魚と変わらないって事は、頭も虫並みなのに、人間を虫けら扱いはしないはず」


 痙攣しては光り、光っては痙攣するのを繰り返すルナギャル。最早ただの作業だ。


「王女様が起きたら、王様でも連れて来る様に頼んでくれ」

「……起きたら、また気絶しそう」

「なら、サンドロックに城でも壊させろ」

「これの、土竜の亜種の事ですね?」

土竜どりゅうだと、モグラと間違われそうだし、新しい呼称、と言うか仮の名称を付けようかと思って」

「……それで良いって、頷いてますね」


 ドラゴン改め、サンドロックと名付けられた精神生命体は、魔力操作で土煙を舞い上げ、元であるドラゴンだった容姿を形造る。

 生命活動に必要な臓器や呼吸、体温、血液は要らないが、血が出ないとアンデットと思われかねないので、疑似的な流動する砂で代用する。勿論、臓器や関節も作り、魔力の配分と強弱で生体反応を欺く。


「……グルッ」

「よし、適度に暴れて、指示する奴を狙え」

「逃げたりしたら、もう一度殺して封印しますからね」


 サンドロックは怖い狩人達に対し、従順に頷いて壁をよじ登ると、手近な尖塔に向かう。

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