第5話 クロノアの秘密ー①
それからはあっという間であった。
少数のゴブリンは中々に骨があったのか、それとも欲望を捨てきれなかったのかは分からないが踵を返して反抗してきた者もいた。
だが、傷つき疲労していても有象無象のゴブリンなどルナとクロノアの敵ではない。
勢いづいた有志軍の協力もあり容易く蹴散らしたルナとクロノアは、一先ずはもう村は安心だと思い緊張の糸が切れてしまい、疲労と怪我の影響で二人仲良くそのまま意識を失ってしまうのだった。
「……ここは、どこ」
魔法の使い過ぎと疲労で頭が激しく痛むせいで視界がぼやけてしまい、クロノアは自分がどこにいるのか分からなかった。
深呼吸を繰り返し、痛みが治まるのと共に徐々に視界がハッキリしてきたことでようやくクロノアは自分が村での宿代わりにとモーシュが用意してくれた空き家のベッドで横になっているのが分かった。
「……全部見られちゃったんだよね」
自分が何故ベッドに居るのかを思い出そうと、記憶の糸を手繰るクロノアは思い出したく無いことまで思い出してしまう。
ルナを助けるためのだったとはいえ、オーガに掴まり、ルナに一番知られたくない秘密を知られたことを。
清廉潔白であり、嘘や不正を嫌うルナのことだから今頃きっと自分に愛想を尽かせて絶対に嫌われているに違いない。
いや、そもそも最初から好かれている訳も無い。
突然現れ、ヴァーリウスとしての人生を捨てさせ半ば強引に連れまわしている、時たま癇癪を起して大暴れするような人間、誰だって好意的に思わないだろう。
ただでさえ人間嫌いの自分だって絶対に関わり合いにはなりたくない手合いだ。
そこまで考え込んでしまったクロノアは胃から苦い物がこみ上げて来るのを感じる。
「今すぐどこか消えちゃいたいな」
ベッドから起き上がろうとすると再び頭痛に襲われ、オーガに握られたせいで体も痛むが無理やりにクロノアは起き上がると、枕元に置かれた帽子に手を伸ばす。
もうルナの元にはいられないのだったら、生きている意味など無い。
ルナにこれ以上迷惑をかけない内に、面と向かって自分を否定される前に、一刻も早くこの場から離れたいという衝動がクロノアに痛みを無視させる。
「そんなに慌ててどこへ行くきだ、クロノア。まだベッドで休んでいた方がいい」
扉が開き、クロノアが好きで好きで堪らないのにも関わらず今一番見たくない顔が現れた。
「ルナさん……」
「クロノア、少し私と話をしようか」
ルナは震えるクロノアの隣に座る。
「まずは助けてくれてありがとう。君に命を救われたのは二回目だな」
いつもならルナから礼を言われようものなら天にも昇る気持ちになれたのだが、今のクロノアはそんな最高の気分になれず、ただ俯くことしか出来ない。
「あまり私は世間を知らないのでな、ストレートな物言いになってすまないが聞かせてくれ。君は何故女装していたんだ?」
一番聞かれたくないことをズバリと聞かれたクロノアは答えに詰まり、二人の間に長い沈黙が流れる。
クロノアは絶対にこの秘密を話したくはなかったが、もはやバレてしまっているのだから、せめて理由は話すのがせめてもの誠意だと意を決したクロノアは、ぽつりぽつりと語り始めた。
「貴女に近づく為です、ルナさん。いえ、正確にはヴァーリウス様に、です」
最初に女装を始めたのは別の理由があったのだが、今もこうして女装を続けていたのはヴァーリウスに近づく為だ。
「私、スラム街の生まれで親の顔も知らずに育ったんです。そんな最底辺の人間が貴族出身の騎士様に近づくにはどうすればいいか悩みました」
ヴァーリウスにどうにしかして近づきたくて悩みに悩んだクロノアが辿り着いた答えが、側に仕えさせれば何かと便利だと思わせられる技術を身に着けることだった。
偶然にも、色々な技術を持つ師匠に巡り合えたクロノアは才能もあったお陰か魔法だけではなく、ルナのストーキングに使える技術も身に付けられた。
しかしそれだけでは何かが足らないとクロノアは考えた。
魔法士だけならば王国に仕えているしっかりとした家出身の者が既にいるのだから、わざわざスラム出身の子供を側には置いてくれないだろう。
自分を仕えさせる為のもう一押しとしてクロノアは、自分の見た目を利用することを思い至ったのだ。
女装を初めてからは一度も男とバレない、寧ろその辺の女よりも可愛い自身があった。
女装しなくても男には見られない顔で何度も人に言えない辛い目にあったこともある。
だから自分の顔なんて見たくもない程嫌いだったが、上手く利用すれば近づけるだろうと踏んだのだ。
貴族の男ならば妾の一人や二人を使用人や従者として侍らせるのはよくある話なのだから。
生真面目なヴァーリウスとて、男なのだから同性よりも異性の方が気を引けると思ったクロノアはより女装に磨きをかけたのだが、ヴァーリウスをストーキングしている内に彼が彼女であることを知ってしまった。
思わぬ誤算に女装を辞めて男に戻ろうとしたが、クロノアに天啓が降りる。
女性相手ならば異性よりも同性の方が近づきやすいのではと。
「……ちょっと待ってくれクロノア、君はもしやあの戦場で私を付け回していたのか?」
「えっと、そのですね。魔法士としての修行が終わったのが終戦間近だったんですが、ルナさんがご無事かどうしても気になってしまってですね」
常に神経を張り巡らせていたはずの戦場で付け回されていたことに気づかなかった自分にルナは飽きれてしまいそうになる。
いや、今はそれは脇に置いておいてクロノアの話を聞くべきだと思い直したルナは再び話を聞く姿勢に戻る。
「理由はなんであろうと貴女を騙したことには違いませんし、言い訳もしません。本当に申し訳ありませんでした」
帽子を取り深々と頭を下げるクロノアに、ルナはどうするべきか悩む。
嘘を付かれ、過去自分を追い回していたことに左程ルナは怒りを覚えてはいなかった。
悪意あってのことならば許せはしなかったのだろうが、あくまで自分を慕う余りの行動なのだ。
それに自分だって人を偽りヴァーリウスという男を演じていたのだから人のことを責める権利も無い。
しかし、衝動で何をしでかすか分からないクロノアから離れらる唯一のチャンスを棒に振って良いものかとルナは悩んでしまったのだ。
悩みながらクロノアを見ると、今にも泣きだしそうでこの世の終わりのような顔をしていた。
その顔を見て、ルナの心は決まった。
自分を二度も命懸けで救ってくれた恩人がこんな顔しているのが自分のせいだと、人の心の機微に疎いルナでも分かったからだ。
「我ながらなんと情けないことで悩んでしまったものだ。クロノア、君さえよければこの先も付き合ってくれないだろうか?」
きっと今ここでクロノアを突き放すのは簡単だ。
でもそれをしてしまえばきっと、ルナはクロノアと共に自分を失ってしまう。
折角ルナとして、正しい自分で生きるチャンスを得たのに、それでは何の意味もない。
だからルナはこの先もクロノアと共にいることを決めた。
もしそれがいばらの道になってしまっても、自分を失うよりも百倍マシだからだ。
「え! それって私と付き合いたいってことですか!」
クロノアの思わぬ返しにルナの思考はフリーズした。
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