第3話 ルナの初仕事ー③


 翌朝、日の出と共に独特な声で鳴く鳥の大きな鳴き声を目覚まし代わりにルナとクロノアは飛び起きた。


「……魔獣でも出たのかと思ったぞ」


「普通のよりだいぶ大きな鳴き声でしたね」


「とても発育が良いようだな」


 寝起きにも関わらず驚き飛び起きたおかげでスッキリと目覚めた顔を見合わせ、二人は鳥に負けない声で笑い出した。


 どうやら昨夜はよく眠れたらしく、クロノアの深いくまは綺麗に解消されたようだ。


 そこでふと、ルナはクロノアがローブを着たままなのに気づく。


「クロノア、ローブのまま寝たら皴になるんじゃないか?」


「私寒がりなんですよ。気にしないでください」


 ルナは平気だったが、確かに昨夜は少し冷えたし細身のクロノアには少々堪えたのだろう。


 野営用に買った毛布を使えば良かったのにと思いながらも納得したルナは身支度を始めるが、彼女はクロノアが出会ってから一度もローブを脱いだところを見ていないことに気づいてはいなかった。


 二人はモーシュの家に向かい改めてゴブリンの調査を始めることを伝え、森へ入る許可を得るとそのまま森へと向かう。


 村周辺での目撃情報もあるにはあるのだが、数としては圧倒的に森での方が多く、本当にゴブリンがいた場合は森のどこかに巣を作って繁殖している可能性もある。


 だからこそ森での調査は必須なのだ。


 森に一歩足を踏み入れた途端にルナは万が一に備えて臨戦態勢に入り、神経を研ぎ澄ます。


 クロノアもそれに倣うがルナの集中し、キリっとした顔に見惚れてしまい直ぐに緊張感が緩んでしまう。


 いや、気が緩むどころか顔すら緩んで口の端から涎が垂れて人には見せない方がいい顔になっている。


 真面目に依頼に取り組むルナと、真面目になり切れないクロノアの二人は警戒しながら森をしばらくゆっくりと進む。


 しかし、出会ったのは野兎や鳥に鹿といった野生動物がせいぜいで肝心のゴブリンの姿は一向に見えないどころか、足跡のような痕跡すら見つからなかった。


 やがて少し開けた場所までたどり着いた二人は、一息入れることにした。


 辺りに切り倒された木が数本、それに切り株に斧も刺さっているので木こり達が仕事場にしている場所なのだろう。


 二人は警戒を解くと、椅子代わりに丸太へ腰掛ける


「やはりそう簡単には見つかる訳が無いか」


「元々いない方が確率としてはかなり高いですしね」


 出発前にモーシュの奥さんからお昼にどうぞと貰った、バスケットに入っていたハムと野菜のサンドイッチを齧りながら二人揃ってため息を漏らす。


 この依頼、ゴブリンがいなければ危険も無く、ただ調査するだけで報酬が貰える楽な依頼だと二人は思っていたのだが、思わぬ盲点があった。


 それはゴブリンが本当にいない場合、何をゴブリンとして村人達が勘違いしたのかを特定しなければならないことだ。


 ただ調査して「調査の結果ゴブリンはいませんでしたのでご安心ください」と言ったところで、確実にいないという証拠が無ければ誰も信用してくれる訳が無い。


 ギルドへ達成報告をしてもこれでは依頼に手を抜いたと納得してもらえず、依頼未達成とされて報酬が支払われることは無いだろう。


 つまり、正体が定かではないものを探しだし、何故それを村人達がゴブリンと勘違いしてしまったのかまでを調べ上げ、依頼主とギルド双方を納得させる調査結果を報告しなければ依頼を達成したとは言えないのだ。


「すみません、ルナさん。私が浅慮でした」


「気にしないでくれクロノア。例えどんなに手間がかかろうともそれが人々の為になるのならば良いことではないか」


 座ったまま深々と頭を下げ謝罪してくるクロノアの頭をルナは上げさせる。


 自分に気を使ってくれての言葉とクロノアは喜び、悶え始めるが、ルナは気遣い半分本音半分で言ったので何故クロノアがここまで喜んでいるのか理解できずに二つ目のサンドイッチを頬張り始めた。


 暖かな日差しの下でのんびりと味わうサンドイッチの味は格別なのか、ルナは嬉しそうに食べている。


「午後からは少し道を外れたところも見て回ってみよう。何か発見があるかもしれない」


 朝からは目撃情報に従って、村人達が森に入りやすいようにと軽く整備をした獣道に毛が生えた程度の道を真っすぐに進んできたのだが、ここまで何も無ければ作戦を変える必要があるとルナは思ったのだ。


「それが良いですね。もしかしたらどこかにゴブリンに見間違えそうな生き物の巣か何かあるかもしれませんし」


 新たな方針を決めたことで、冷静になって面倒な依頼を選んでしまった罪悪感からか少し暗くなっていたクロノアの顔が明るくなる。


 落ち込んでいたクロノアを元気になったのを喜びながら三つ目のサンドイッチに手を伸ばそうとしたルナは何者かの気配を感じ取り立ち上がる。


 野生動物とは明らかに違う気配に、ルナは剣を抜いた。


「茂みの向こうから五体くらいこちらを何かが見ていますね。人間ではなさそうですが」


 同じく杖を手に警戒するクロノアの、戦場帰りの自分以上に鋭い感知能力にルナは驚く。


 だが、直ぐにそれ以上の驚きがルナを襲った。


「ギャギャギャ、メシノニオイシタカラキタラオンナガイタ!」


「ヒサシブリノニンゲンノオンナダ! モウヨツアシにコドモヲウマスノハアキタ! オソッテオカソウ!」


 下卑た聞くだけで不快な笑い声と共に茂みから出てきたのは、緑色の肌に尖った耳を持つ喋る猿。


 いや、もう王国内には一匹もいない、かつて滅ぼされたはずのゴブリンだった。

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