第二章 余意識半年宣告と二度目の手術

第17話 病院変えるか変えないか

——ヤバイ。


さしものへっぽこも奈落の底に落ちた。


寝たきりの意識不明って、それはへっぽこ的には生きてるに入らない。勿論、事故とか色々な事情でそういう方がいらっしゃるのは知ってるし、だからこんなこと考えること自体がひどく不遜だと思うのだが、でも一時的に意識を失い、いつか目覚めるかも知れないという希望があるのに比べ、その希望がない意識不明の家族を抱えるって、それは家族にとっては地獄ではないだろうか?そんなの申し訳無さ過ぎて死ぬに死に切れない。って、そんな状態になろうとしてるのか。


日本って確か尊厳死はまだ認められてないんだよね。



そんなことをひっそりと考える。





どうすべ?海外に行って尊厳死を選びたい。お金があって選べるものなら。そう真剣に考えた。


それにしても、何でK田先生は追い出されちゃったんだろう?U村先生は沈黙のままだし。



「とにかく、家族で一度話し合います」


ダンさんがそう切ってくれて、その場は終わる。Eらい先生もホッとした顔をした。


家族で話し合うって言っても何を?だって選択肢ないんでしょ?


 やさぐれへっぽこはそう考えつつも、その場に残ることも出来ずに立ち上がる。病室に戻るのか。戻って何を話し合うというのか。余生について?耳をそばだてている人たちの中で?


どこまでもマイナス思考に陥ってるへっぽこを呼び止めてくれたのはU村先生だった。


「良かったらお部屋を用意しますから、そこでご家族でゆっくり話し合われてみてください」


 あれ?さっきまで黙っていたのに。もしかして、口を挟んではいけない状況にあったのだろうか?でもとりあえず有り難くその申し出を受ける。


 小部屋に案内されて家族三人、椅子に腰掛ける。暫くは無言が続く。


「余命半年ってことか」


呟いたら、

「違うよ、手術したら意識を失わないで済むんだよ」


力強く言う息子。そうだ、初めに意識を失ったへっぽこを発見して救急車を呼んでくれたのは息子だった。テストが終わって学校から帰って来てピンポンを押しても誰も出ない。持っていた鍵で中に入れば母親が倒れてる。呼びかけても反応しない。


そんなひどい状況の第一発見者にさせてしまった。


思い出す。


「救急車が来るまで、ものすごい時間がかかった」


 それが、へっぽこが意識回復した直後の息子の言葉だったことを。


その時住んでたマンションのすぐ斜め裏には消防署があり、マンションのゲートを出て1分も歩けば、オレンジのつなぎ服の隊員さんたちの訓練風景が朝夕に見られるくらい近所にあった消防署。サイレンの音を聞かない日はないくらい身近にあったのに、その日は全て出払っていてなかなか到着しなかったという。



どんな気持ちで救急車のサイレンの音を待っていたかと思うとやりきれない。


もう倒れたらいけない。息子の前では。


へっぽこは二度目の手術を受けることにする。


U村先生にそう伝えたら、U村先生はホッとした顔をした。


「ええ。それがいいと思います。私が息子さんの立場でも、絶対それを勧めてます」


それから、ふと続けた。


「医者なんて無力なんですよ。よかれと思ってやったことでも、それが正しい選択とは限らない。どんなに手を尽くしても伝わらないことも限りもある。医者に出来ることなんて本当に小さいんです」


若くてイケメンで研修中のU村先生のこの言葉にはすごく重みを感じた。



実はその少し前、何かの機械を付けるか付けないかで、患者を説得するよう家族に電話をしている場面に洗面に行く途中のへっぽこはゆきあっていた。順風満帆、将来が薔薇色なように見えてもその内には様々な葛藤があるのだ。医者ってやはりすごく大変なんだ、と考えてみれば当たり前なことを改めて感じた。


U村先生は続いて尋ねてきた。


「手術はこちらの病院でなさいますか?」


——え?


言われて気付く。そうか、別の病院という選択肢もあるのかと。正直悩む。生き残る可能性は、そりゃ高い方がいいに決まってる。腕のいい、成功率の高いお医者さんを探すという手もあるのか。スマホを手に取るへっぽこ。


でもダンさんはここでの手術を希望した。理由は家から自転車で通える範囲にあること。元々保守派で大きく環境が変わることが苦手なダンさん。それも鬱の薬を服用している現在の状況で、環境を大きく変えるのは難しかった。ただ、どうしても病院を変えたいなら、と提案されたのはダンさんの実家近くの大病院なら、ということだった。


——え。


正直、その提案にへっぽこは引いた。ダンさんの実家では、義母が数年前に亡くなり、義父が一人で暮らしていた。


結婚して以来、年末年始にはほぼ毎年必ず長男の嫁として泊まりに行き、義母とはざっくばらんな話もたくさんして、男兄弟二人を産んで娘のなかった義母には娘のように可愛がって貰った。義母となら将来二世帯とか同居もありかも、と思ったこともある。ま、それは義母の方が嫌がったかもしれないけど。


それはともかく、だから義母が亡くなった時はとても悲しかった。それ以来、義父が一人で暮らしているダンさんの実家。そこに、入退院挟んで厄介になろうって?それはどう考えたって、気が張るばかりで療養なんか出来そうにない。別に義父と仲が悪いわけではない。色々お世話になってるし、義母が亡くなった後には家族皆で一緒に沖縄に旅行に行ったりもした。でも、病んでる時にそれは勘弁してください。ダンさんは実の親だからそりゃ楽だろうけど、逆の立場で考えてみて欲しい。勿論、ダンさんに悪気がないのは分かってる。察するのが苦手な人なのだ。だからちゃんと口にする。


「有難いお話だけど、それはちょっとごめんなさい。息子くんも学校変わるの大変だし」


言い訳に息子を使わせて貰う。ごめんねと心の中で謝りながら。


「でも、近くにいい学校あるよ」


いやいや、そういう問題じゃないのですよ。でも多くは語らず、流す。


それからK田先生を呼んで貰って病院を変えることについて相談をしてみる。


「出来ればここで、前回と同じメンバーでやった方がいいと思います」


そう言われる。


ま、確かに一度手術してるし、他でまたもう一回検査をやり直すのは御免被りたい。


ただ問題は、治療計画だった。見せられたそれでは、抗ガン剤と放射線治療がセットになってたのだ。


放射線!?


それも百回も!

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