旅行先で助けた外国人美少女が世界的有名モデルになっていた件について

恋狸

第1話 旅行で出会うは美の化身

 旅行って最高だよな。

 フランスにいる俺が発した面白味の無い感想である。

 エッフェル塔すげー、とかヴェルサイユ宮殿すげー、とかノートルダム大聖堂すげー、とかルーヴル美術館すげー、とか。


 最早すげーbotだ。日本人特有の語彙が機能していないことについては、それだけフランスに興奮している、という事実だけを理解してほしい。


佑樹ゆうき。目を点にしてないで行くよ」

「はーい。てか、フランスすごくね?」

「あんた、さっきからそればっかりじゃない」 

「フランスすげー」

「親父もかよ」


 主観的にも客観的にも、うちの家族は仲良く平和だ。そして裕福だ。だからフランス旅行なんてこともできているわけだ。


 両親からは口を酸っぱくお金について説かれているから、金に笠をつけて威張ることはしないけど。これ、常識。


「それにしても、親父がフランス語を喋れるとは驚きだよな」

「はははっ、難しそうに見えて英語ができていれば、日常会話を覚えることはそう難しくないよ」

「その英語もできないんだがな」

「「勉強しなさい」」

「うぇー……」 


 気の抜けた返事をすると二人は笑った。

 

 そうしてバザー通りを歩いている時だった。  

 ふいにトンと体に衝撃が走ると、ポケットに入っていた財布の重みが消えていることに気づく。


「スられた! 取り返してくる!」

「あ、え、ちょっと!!」 


 後ろから両親の焦る声が聞こえたが、俺はそれを無視してタタタと走るフードを被った人影を追いかけた。


 幸いなことに俺の足はそれなりに早い。

 窃盗犯が路地裏に入っていくところで追いつくことができた。

 そして窃盗犯の服を掴んで引き留める。


「おい、待てよ。財布返せ……って言ってる言葉分からないか」

『Enlevez vos mains!!!!』


 もがく窃盗犯のフードを取る。


「……めちゃくちゃ美少女じゃん」


 輝くようなブロンドの長髪に、青灰色の碧眼。所々汚れが目につくが、そんなことは些事だと言わんばかりの美貌。まだ俺と同い年くらいに見える。


 ……別に美人だから、って理由じゃないけど、警察に突き出すのは勘弁してやろう。美人だからジャナイゾ!!!!


 なにやら理由もありそうだしな。


 俺はスマホを取り出し、日本語をフランス語に、フランス語を日本語に訳すアプリを開く。今回の旅行のためにインストールしたアプリだが、こんなことに使うとは。


『ちょっと会話がしたいから、ここにフランス語を打ち込んでくれる?』


 その画面を少女に見せると、怪訝な顔をしながらも頷いた。そして少女は俺が手渡したスマホをおっかなビックリとした様子で操作していく。


『財布盗んでごめんなさい。私のことを警察に突き出さないんですか?』

『なにか理由があるんじゃないのか?』 


 少女は悲しそうな顔でスマホを操作した。


『私は孤児です。その日暮らしが精一杯で、食べ物にもしばらくありつけていなくて、盗んでしまいました』

 

 孤児か……。


 日本だとあまり無縁、とまではいかないが、そんなに聞かない単語だ。ましてやスラム街なんてのは教科書でしか見たことがない……が、事実少女の身なりは綺麗とは言えず、服越しに見たその体躯も小さく、顔も青白い。栄養が取れていない証拠だ。


『他にもそういう子たちはいるのか?』

『年上なら……。私ほどの人は近くでは見ません』 

『なるほどな……。モデルとかやれば相当売れるだろうに』

『モデル……ですか? 私が? こんな小汚ない格好をした孤児を雇う物好きがいるとは思いません』


 自嘲げに少女は笑う。


 随分皮肉った言い方だ。達観というより諦めに近いのか。


 ぶっちゃけ少女の境遇に同情してお金を渡すのは簡単な話だ。だがそれをしてどうなる? お金というのは有限だ。使えばいつかは無くなる。そうなれば少女はまた元の生活に戻るだろうし、下手な同情は互いのためにならない。


 しかし間違いなくこの少女は才能の原石と言えるだろう存在だ。磨けば光る。それなりの格好をすれば、誰もが見惚れる美少女に変身するだろう。


「よしよし、これは損得勘定だ。うん、こんな美人が路地裏で一生を終えることは世界の損失だ。そうに違いない」


 絶賛自分に言い訳中である。


『よし、その中に入ってるお金は全部やる。それで身なりを整えて大通りを歩け。そうしたら盗んだことは許す』

『どうして見ず知らずの私にそこまで……』

『原石を見つけると拾いたくなるんだよ』


 少女は首をかしげた。


 まあ、今は分からなくていい。


『ほら、貰えるものは貰っておけ。訴えないしな。ただし俺の言った条件だけは守れよ』

『……分かりました。このご恩は必ず返します』


 少女は強い決意で俺を見据えた。


 穿った環境で育ったのに随分と律儀だ。いや、苦労を知っているからこそ、なのか?

 まあ、良い。後が楽しみだ。


 少女は何度もお礼の言葉を口にして去っていった。



「あ、もしもししゅうさん? フランスにやべー美少女がいたんですけどー? は? 今からそっちに行く? いや、それはどうでも良いんですけど、今すぐフランス支部からスカウトマンを大通りの、はい、あそこに派遣してもらえますか? 一目惚れしたか? って、そんなわけないじゃないですか。言っておけば先行投資ですよ。原石を放っておかない。あなたの口癖ですよ」 


 そう言って俺は電話を切った。  

   

 これで確実に少女は職を得ることができるだろう。

 助けた、なんて言い方をするつもりは全くない。言うなればお節介であり、投資とも言える。世界にとってのな。俺への利益なんぞどうでも良いわ。


 そんなわけで俺のフランス旅行は幕を閉じた。


 ちなみに両親には、危ないことをするんじゃない! 財布よりあんたの命! と説教された。ごもっともです。

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