第3話 ぷれぜんとふぉーゆー

 暗い夜の街を、重いマイバッグ片手に歩く。


 ……帰ったら、お姉さんが美味しい料理作ってくれてないかな?


 突然お姉さんが覚醒して、外面通りの完璧お姉さんになって、美味しい料理作ってくれてるとかないかな。


 そんな事が起こったら、僕はめちゃめちゃに……いや、絶対に起こらない未来を考えるのはやめよう。


 どうせ帰ったら、赤い顔とお酒と鮭とばで「うえーい、あき君おかえりー!」ってハイテンションで出迎えてくれるんだろうな。


 右手にビール、左手に鮭とばで「うえーい!」って、元気よく呑気そうに。



 ……なんでお姉さんあんなんなの?

 もっとかっこかわいくあってよ、今も可愛いんだけどさ。




 ☆


「うえーい、あき君おかえりー! 今日のおつまみは鮭とばデース! 夜ご飯は~、な~んですか~? 聖花お姉さん的には~、エビチリが食べたい気分!」


 ドアを開けると、ぺちぺち左手を叩きながら予想通りの赤い顔とビールで部屋着に着替えたお姉さんが出迎えてくれた。


 予想と違ったのは今日の夜ご飯をリクエストしてくるちょっと図々しいところ……この鮭とばおばけめ。


「はいはい、帰りましたよ。残念ですが今日のご飯はカレーですよ」


「えー、エビチリが食べたいのに! ぶーぶーぶーぶー! カレーでもお酒は進むけど! やっぱりエビチリ的な辛さが恋しいでありんす! ……ぷはっ!」


「お姉さん辛いもの食べられないじゃないですか、カレーも甘口だし。鮭とばあるし我慢せいやいです」


 ぶーぶー文句を言いながら、お酒を飲み干すお姉さんに憐みの視線を送りながら、キッチンに立って料理を始める。



「ぶーぶー、エビチリ食べたかったなぁ⋯⋯あー、そうだ! 今日はね、あき君にプレゼントがあるんだった!」

 手を洗って包丁を握ったタイミングで、お姉さんがふにゃふにゃ立ち上がる。


 ……プレゼント、ってどうせあれでしょ、あれ。


「プレゼントって何ですか? でっかい鮭とばですか?」


「ちゃうわい! そんなもんあき君に送らんわい!」


「誕生日に巨大手作り鮭とばくれたの誰でしたっけ?」


「むくー⋯⋯でもでも! あれ意外と大変だったんだよ! めっちゃ大変だったんだよ!」

 ぷくぷく怒りながら、ぺちぺちと机を叩く。


 でもお姉さん鮭とば以外能がないじゃん、鮭とばお化けじゃん。


「誰が鮭とば妖怪だ! もっと可愛い妖怪にしろ、あまびえ! あまびえがいい! ……そうじゃなくて、本当にプレゼントがあるの、ちょっと待ってて」


 妖怪じゃないし、アマビエ可愛いか? ってツッコミを聞いたか聞かないか、お姉さんはゴソゴソと鞄をいじくり始める。


「あ、あった、あった!」

 カバンから取り上げたのは、ピンク色に黒いリボンをつけた可愛い箱。


 それを持って、てちてち歩きながら僕の方に歩いてくる。


「はい、いつものお礼! ありがとう! ぷれぜんとふぉーゆー!」

 そう言って、ニッコリキレイな外面スマイルで僕の方にそれを手渡してくる。


 ……怪しい。

 お姉さんがこんなに素直なんておかしい。


 絶対に中に何か入ってる、飛び出すびっくり箱になってると思う。


「……もう、なんで受け取ってくれないの? 私からのプレゼントよ、可愛いお姉さんからのプレゼントだよ?」

 ぷくーっとほっぺを膨らませながら、ほれほれと僕の方にそれを押し付けてくる。


 ⋯⋯いやー、怖いな!

 絶対に碌なもんじゃないだろうし。


「もー、違う! 今回は普通のプレゼント! 素直に受け取ればいいの!」


「⋯⋯えー、でも」


「でもじゃない! ほれ、受け取れ受け取れ! ほれほれ!」


「……わかりましたよ、受け取ればいいんでしょ」

 ぺちぺち顔にそれを押し付けるお姉さんに観念して、プレゼントを受け取る。


「ほらほら開けて、ワクワクわくわく!」

 ふんすふんすしながら僕の方をきゅっとまっすぐ見てくるお姉さん。


 ……はあ、仕方ない。

 一か八か、鬼が出るか蛇が出るか……


「……あれ?」

 警戒しながらスルスル開けた中に入っていたのは……黒いエプロン?


「じゃんじゃかじゃーん!!! お姉さんからのプレゼントはー、エプロンでーす! エプロンだよー!」

 じゃじゃーん、と大きく手を広げて、楽しそうにタンタカステップを踏むお姉さん。


 ……えっと。

「え、その……これ、本当に貰っていいんですか? えっと、エプロンなんて、その……」


 何というか普通のプレゼント過ぎて、少し困惑してしまう。


 え、その……え?

 どうせしょうもないイタズラだと思ってたのに……噓でしょ?


「嘘じゃないもん、本当だもん! 本当に貰ってほしーの! あき君にはいつもお世話になってるもん! ほらほら、広げてみて、着けてみて! お腹に付いている猫ちゃんの刺繍がすごくキュートなんだから!」

 ぱーん、と手を叩いて笑顔で僕の方を促すように見てきて。



 ……もう、急にずるいよ、お姉さん。


 急にこんな優しくされると……その、もっと……もう、嬉しい、お姉さん!


 こんなに良いもの貰っちゃ、こんなに急に貰ったら……もう、いつもの事なんて忘れちゃうじゃん。


 その、別にいつものことだって、そんなに……


「……ありがと、お姉さん。その……すごく嬉しい」


「えへへー、お礼は良いよ。それより早くエプロンつけてよ、私にエプロン姿見せてよー! わくわく、わくわく!」

 ぎゅっぎゅと手を揉みながら、期待を込めたまなざしで僕の方を見てきて。


 分かってます、お姉さんのプレゼントだもん。

 ちゃんと今つけますよ。


 箱の中から黒いエプロンを取り出して、それを着ける。


 少し大きめだけど、それでも僕の体にフィットして……うん、実質ピッタリ!


 本当にありがとうございます、お姉さん……嬉しいなぁ、えへへ。


「うーん、ちょっと大きかったかな? あき君にはもうちょっと小さめだったかな?」


「ううん、これくらいで良いですよ。ありがとうございます、お姉さん……その、本当に嬉しいです。本当に、本当に……ありがとうございます、嬉しい」


 感謝の言葉がつらつら口から出てくる。

 本当に嬉しいから。

 お姉さんからのプレゼント、本当に嬉しくて、すごく……あれだから。


「そんなに喜んでもらえるなんて本当に嬉しいや。ふふふ、良かった」

 真っ赤になって、へにょへにょする僕を見て、お姉さんはふふーん、鼻をこする。


 ……本当に、僕お姉さんが、やっぱり……


「お姉さん、今日のごは「それでそれで! そのエプロンつけてくれたってことは、もうそう言う事でいいんだよね!」


 手によりをかけて全力で作りますんで、お酒飲んで待っててください! と言いかけた僕の言葉を遮って、ワクワクした顔のお姉さんが詰め寄ってくる。


 でも、このワクワクはさっきとは違う……なんというか悪いワクワク。


 ……なんか嫌な予感がする。


「……その、そう言う事って何ですか?」

 でも、今日はお姉さんを信じて。

 この嬉しさとか、感動とか忘れたくないから。


「お手伝いさんだよ、お手伝いさん!」

 そう言って楽しそうに手をパンと叩く。


「⋯⋯なんですか?」

 ⋯⋯信じたくないから聞き直す。嫌だ、今日のお姉さんは良いお姉さんなんだ!



 ……でも、お姉さんの顔はやっぱりニヤニヤしていて。


「もう、あき君何度も言わさないで! もちろん、お手伝いさんだよ、お手伝いさん! お手伝いさんにはエプロン必須だからね! 私のプレゼントのエプロンをつけてくれた⋯⋯もうこれは私のお手伝いさんになってくれる、ってことだよね! 私をお世話してくれるんだよね!」

 そう言って、「ね?」って可愛くウインク。



 ……そうだった。

 この人は普通じゃないんだ。


 頭がお酒と鮭とばでやられちゃってる、外だけ完璧お姉さんなんだ。


 お酒と鮭とばしかない頭に、まともなプレゼントなんて求めるのが馬鹿だったんだ。



「……ああ、ちょっとなんでエプロン外すの! 気に入ったんでしょ、お手伝いさんのあき君!」


「お手伝いさんじゃありません、お姉さんのバカ!」


「あ、バカって言った! あき君がお姉さんに言っちゃいけないこと言った!」


「うるさい、バカ! バカバカ! お姉さんのバカぁぁぁぁ!!!」

 貰ったエプロンをくしゃくしゃにして投げつける。


 僕の喜びと感動返せ!


 お姉さんのバカ!



 ☆☆☆

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