龍の言祝師(りゅうのことほぎし)

動明 志寿貴(どうみょう しずき)

第零章 運命の動く時

第1話 噂話

 邪龍じゃりゅうが復活する――。


 その噂が天龍国てんりゅうこく中で一気に広まったのは水元すいげん十九年師走しわすのことであった。


 邪龍が天龍に滅ぼされてから既に四百と九十九年。にもかかわらずこれほどまで噂になるのは今なお邪龍が今際いまわきわに放ったという“黒い霧の呪い”が人々を苦しめているからであろう。


 “黒い霧の呪い”こと邪瘴じゃしょうとは人に憑りつき狂い死にさせる魔の霧である。


 ここ二、三年で急激に増加しており唯一はらうことのできる言祝師ことほぎしの対処が追いつかないほどであった。噂を信じる者たちはこれを邪龍復活の前兆だと声高に叫んでいた。


 不安が不安を呼び各地で言祝師の奪い合いが起き、言祝師のいる領地や村を目指して生まれ育った家を捨てる者が続出するようになった。


 朝廷はこの事態を重く受け止め民に邪龍の噂をすることを一切禁止し出奔しゅっぽんしたものは家に帰るよう命じた。さらには人々の争いを避けるためすべての言祝師を一旦朝廷預かりとし、邪瘴出現の知らせを受けるとすぐに出向でむけるようはからった。


 だが人の口には戸が立てられぬのが世の常である。


 噂は留まることを知らず帝が言祝師を集めたのは保身のためであり民を見捨てるつもりなのだとまで言う者も現れはじめた。



 それは帝の住まう場所にしてまつりごとの中心地、内裏だいりにおいても例外ではなかった――。





みょう気配けはいがする」


 全てを切り裂くかのような鋭い月の夜であった。


 二人の少年が内裏だいりの中でも奥の奥、忘れ去られたような淑景舎しげいしゃの廊下の突き当りに闇に紛れる様に息を潜めて立っていた。



 天龍国の内裏は都にある恵水湖けいすいこという海とも見紛みまがうほど大きな湖の中央にそびえ立つ崖の上にある泉、聖麗泉せいれいせんに浮かぶように建てられていた。


 昼間であれば少年たちの目の前にある欄干らんかんあいだからも青く透き通った聖麗泉がきらきらと輝いて見えるのだろうが今は夜に呑まれ黒く染まってしまっている。


 先ほど微かな違和感を感じ取った少年は虚空の一点を見つめどうするべきか躊躇ちゅうちょしていたが、隣に立つ少年にせっつかれるとようやく宙に手を伸ばした。


 するとバチリと目の前の空間が歪み突如として朱塗しゅぬりの太鼓橋たいこばしが現れた。その先にぽつんと小さな殿舎でんしゃが見える。


「凄いぞ清正きよまさ!こんなにすぐに見つけるなんて!」


 もう一人の少年、氷牙ひょうがは声を抑えながらも興奮した様子で手甲てこうをした拳を握り締めると足早に橋を渡り始めた。


 一方の清正は実際に自分が見つけたもののどうしても信じられずしばらくその場に立ち尽くしてしまっていた。


 しかしそうこうしている内にも氷牙は一度も振り返ることなく進んで行きその背中は遠くなってゆく。


 清正は慌てて氷牙を追いかけ始めた。


「本当にこの奥に天龍が眠っているのだろうか……」


「今更何言ってんだよ。ここまで来てまだ俺のこと信じてないのか?俺たち友達ダチじゃないのかよ」


 氷牙は元々の釣り目をさらに吊り上げて清正を振り返った。


「もちろん氷牙は私の唯一の大切な友達だ」


 ただ、と清正は心の中で呟いた。


 史実しじつでは邪龍を倒し天にかえったとされている天龍が本当に今も内裏だいりのこんな場所に隠されるようにいるのだろうか、と――。


 清正が考え込んでいる内に二人は橋を渡り切り殿舎でんしゃの扉の前にたどり着いた。


 実際に目の前で見る扉は大分年季が入っているのか所々朽ちて黒ずんでおり陰気さが際立っていた。すぐ側は崖。聖麗泉の水が轟音を立てて雲海うんかいの中へと勢いよく落ちてゆくのが見えた。



「この扉、封印がされているみたいだ。俺じゃ開けられない。清正、開けてくれ」


 着いてすぐに扉を検分していた氷牙は振り返ると清正に頼んだ。


 しかし清正はどうしても扉を開ける決心がつかずその場から動くことができなかった。すると氷牙は苛立ったようにため息をついた。


「邪龍の復活の噂のせいで世が乱れているのを何とかしたいと言い出したのは清正だろう。だから俺はもう一つの噂を教えたんじゃないか」


 もう一つの噂。それは“天龍は今も内裏のどこかで眠り続けている”というものであった。


 氷牙はいにしえの文献を管理している部署の官吏かんりがそれらしい記述のある本を見つけたという話を聞いたのだと言った。


「帝と東宮とうぐうの役に立ちたいんだろ?天龍さえ目覚めさせることができれば邪瘴もあっという間に祓ってくれて、邪龍復活の噂もすぐに消えるさ」


 氷牙は安心させるように清正の肩に手をおいた。


「でも、真実ここに天龍が眠っているというのなら帝もご存じのはず。なのになぜ目覚めさせないのだろう」


「帝もこの場所を見つけられずにいるんじゃないのか?」


「まさか、私にも見つけられたのに?」


「……清正、お前は特別なんだ。


 お前は言祝師としてのたぐいまれな才能を秘めている。


 だから帝も東宮も血の繋がった家族でありながら清正を恐れうとんでいる。


 お前はまだ正式な言祝師でないにも関わらず、だ」


 その言葉を聞いて明らかに顔色が悪くなった清正に氷牙は励ますように力強く続けた。


「これは好機なんだよ。天龍を目覚めさせて邪瘴を一掃する。そうすればこの世に言祝師の力は必要無くなり清正が帝と東宮に疎まれる理由も無くなるんだ」


「でも……」


 葛藤かっとうし続ける清正に氷牙はついに表情を消した。


「……信じられないんだな。ならもういいよ。俺は自分のことを信じてくれないヤツとは一緒にいられない」


 そう言って背を向けた氷牙に清正は慌てて呼び止めた。


「待って!」


「なら、信じてくれるのか?」


「……」


 清正の煮え切らない様子に氷牙はやれやれと振り返ると清正の側に戻って優しくささやいた。


「そんなに難しく考えることはないさ。


 ほら、想像してごらんよ。


 両親、兄妹きょうだいが清正のことを憎悪ぞうお眼差まなざしで睨みつけるのではなく優しく微笑みかける様を。


 清正はずっと願っていたんじゃないのか。そんな“幸せ”を」


 清正はその言葉に苦悶に満ちた表情で呟いた。


「私もなれるのだろうか、しあわせに……」


「ああ、勿論だ」


 氷牙は微笑ほほえむと扉の前へ進み出た。



「さぁ、扉を開いて」





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 ここまでお読みいただきありがとうございます。


 小説を書くのは初めてですが、カクヨムコン9入賞目指して頑張りますので応援♥、レビュー★をよろしくお願いします!



 連載開始記念&カクヨムコン9スタートダッシュとして11月28日(火)~12月1日(金)の4日間は毎日3話(朝8時、昼12時、夕方5時に1話ずつ)更新します。


 12月2日(土)からは毎朝8時に1話ずつ更新しますのでこれからもお楽しみいただければ嬉しいです。


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