Steal・26 首尾は完璧
「あーあ」苺が両手を広げる。「後戻りできなくなっちゃったわ」
「そんなにこの作戦が嫌か?」と俺。
「そりゃねぇ。ここを戦場にするわけだし」
「相手は平気で爆殺するような相手だ」啓介が言う。「あまりにも危険すぎる。オレが作戦に反対したこと、記録に残してくださいよボス」
「分かってるわ竹本捜査官。私だって心から賛成してるわけじゃないの」
「これだから公務員は……」
俺はやれやれと首を振った。
リスクを背負い込まなければ爆殺トカゲを捕まえることはできない。
「どーでもいいけど」ウリエルが言う。「ミーティングしないのか?」
ウリエルは落ち着いている。
さすが一流の犯罪者。
俺が作戦を提案した時も最初に「あ、それいいじゃん」と賛成してくれた。
「するわよ。みんな席に戻って」
言いながら、苺が最初に自分の席に戻った。
続いて俺と啓介も自分の席に座る。
ウリエルは最初から自分の席にいたので移動はしない。
「まず、作戦のおさらいをしましょう」苺は両肘を机に突いて手を組んだ。「すでに情報局内は厳戒態勢で、各所に部隊を配置しているわ。爆殺トカゲがノコノコ現れたら、逮捕もしくは射殺。確実にね。こっちにどれだけの被害が出るかはやってみないと分からないけれど」
苺はそこで一旦、言葉を切った。
「正午までに爆殺トカゲが現れなければ、作戦の第二段階へ移行。この場合、さすがの爆殺トカゲも情報局への特攻は選択しないと判断して、架空のブラッドオレンジを日本情報局の東京本局に移送するというニュースを流すわ」
つまり、情報局の外で襲える環境を提供してやるということ。
「移送チームはかなり危険な目に遭うでしょうから、私たちと特殊部隊で行うわ。街を出るまでのルートにうちのスナイパーも配置する。街を出てからはSATのスナイパーとヘリ部隊が援護してくれるわ。各自防弾チョッキとPDWを装備して任務に当たること。あ、局に残るウリエルとオレンジ役のヘイズは別」
俺だけ無防備というなんとも悲しい事態である。
まぁいいけどさ。
爆殺トカゲは銃じゃなくて爆弾を使うわけだから、防弾チョッキなんて役には立たない。
それにPDW――パーソナル・ディフェンス・ウェポンなんて俺には使えない。
いや、使うだけなら使えるのだが、訓練を受けていないから上手に扱えないという意味。
「爆殺トカゲは逮捕するのが一番だけど、無理なら射殺していいわ」
「了解ボス」
啓介は少し嬉しそうだった。
PDWを扱えるからだろうか。
人を撃てるから、という理由だったら危なすぎて一緒に仕事したくない。
まぁ啓介の性格上、好んで人を殺すとは思えないが。
「さて。それじゃあ竹本捜査官、昨日の聞き込みで何か分かったことは?」
「はい」啓介が立ち上がり、手帳を開く。「爆殺トカゲこと隅田昭夫には過去、短い期間ですが恋人がいたことが判明しました」
「ほう」
それは有意義な情報だ。
ブラッドオレンジと爆殺トカゲを結ぶ線になるかもしれない。
苺もそう思ったようで、啓介の次の発言を待っている。
「この恋人ですが、名前は有栖川希美。現在は死亡しているとのことです」
「死亡?」
苺が目を細めた。
「はい。隅田昭夫が冠婚葬祭で仕事を休んだ時に、恋人が死んでしまったと漏らしたそうです」
「なるほど。ブラッドオレンジが殺したとは思えないけれど、有力な手がかりになりそうね。ウリエル」
「はーい」
ウリエルがキーボードを操作する。
有栖川希美について調べ始めたのだろう。
しかし、有栖川希美か。
まったく聞いたことのない名前だ。
ブラッドオレンジの捜査資料にも出てこなかった。
「他には?」
「いえ。他に目新しい情報は得られませんでした」
啓介は手帳を閉じて椅子に座った。
「そう。それじゃあ、お昼までの方針だけど、ウリエルはそのまま調べ物をお願い。竹本捜査官は情報分析課のセクション2に行って、情報局の監視カメラの映像をチェック。爆殺トカゲが映ったら即座に全部隊に知らせて。私とヘイズは例の調べ物。いい?」
「あたしはオッケー」
「了解ボス。すぐに行きます」
「俺も問題ねぇ」
「よし。じゃあ掛かりましょう」
苺がパンと手を打つと同時に、啓介が席を立った。
ウリエルはパソコンのディスプレイと睨めっこ。
苺もノートパソコンを触り始めた。
たぶん最近の出所者リストを手配しているのだろう。
そして俺だが。
リストが出るまでやることがないので、休憩室に向かってコーヒーを飲んだ。
美味いんだよなぁ、情報局のコーヒー。
◇
俺がのんびり時間をかけてコーヒーを飲んでいると、苺がコピー用紙を持って休憩室にやってきた。
そして俺にコピー用紙を渡し、コーヒーを淹れ始めた。
俺はコピー用紙に目を通す。
凶悪そうな連中の顔写真と名前が印刷されている。
「出所者リスト、か」
「ええ。ここ一ヶ月のね。知り合いはいるかしら?」
俺は一人一人、キチンと目を通した。
けれどそこに知った顔はない。
首を横に振った。
「二ヶ月前まで遡る?」
「いや、たぶん無駄足だな」
コピー用紙をテーブルに置く。
「そう。どうしてそう思うの?」
「別件で忙しかったってブラッドオレンジは言った」
「ええ。別件逮捕で刑務所に入っていた、という意味の隠語でしょう?」
「あるいは、本当に別の用事をやっていたか」
「聞きましょうか」
苺はコーヒーを一口飲んで、椅子に座った。
「あー、特に思い当たることはないんだが、その、海外にいたとか、時間のかかる大きなヤマを踏んでいたとか、そういうことだ」
「前者はまだしも、後者はどうかしら。ブラッドオレンジ絡みの事件は起きていないわ。ヘイズが成りすました件以外では」
「現在も進行中、だったり?」
俺が言うと、苺は目を丸くした。
それから再びコーヒーを飲んで、ジッと俺を見詰めた。
この視線はどういう意味だ?
「ヘイズの言葉の裏を読んでいるの」
「なに?」
「現在も進行中、ね。ええ、大いに有り得るわ。ブラッドオレンジは怪盗ファントムヘイズとして私と遊んでいる、とかね」
「おいおい……。まだ俺を疑ってんのか?」
「どうかしら」
苺は小さく肩を竦め、そこからは無言でコーヒーを啜った。
俺は飲み終わったマグを洗って、棚に戻した。
ここのマグは誰が使ってもいいけど、使ったら必ず洗うルールだ。
「先に戻ってるぞ」
「どうぞ」
俺は休憩室から出てオフィスへと足を向ける。
オフィスに戻ると、ウリエルが椅子に座ったまま背伸びをしていた。
「よぉウリエル。首尾は?」
「完璧。苺ちゃんもビックリだよ、きっと」
「そうか。そりゃ最高だな」
「そっちは?」
ウリエルが俺に視線を向けたので、俺は小さく首を振った。
「ふぅん」
ウリエルは興味をなくしたように視線をディスプレイに戻す。
俺は自分の席に座って、作戦について考えた。
爆殺トカゲを捕まえる作戦ではなく、秋口苺から逃げる作戦。
ぶっちゃけ、爆殺トカゲの件と絡めて、どさくさで逃げれば割と簡単かもしれない。追跡装置の方も、準備は整っている。
けれど、それじゃあ楽しくない。
苺に一泡吹かせてやらないとな。
ブラッドオレンジのことは、ひとまず置いておく。
勝手に参加宣言をされたが、まぁ無視でいい。
チャンスがあれば正体を暴いてやろう、といったところか。
「ウリエル、どうだった?」
休憩室から戻った苺が、ウリエルに声をかけながら自分の席に戻った。
「ん。えっとね、結論から言うと、有栖川希美の死因は他殺」
「他殺……?」
苺が目を細めた。
「そ。他殺。しかも有名な事件の被害者」
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