Steal・18 生きてりゃ爆弾踏むこともあるさ
「ここ電波あるんだな」
「ええ。もちろんです。中継器がありますので」
なるほど。
まぁ、当然といえば当然か。
分析課に電波がないとか、あまりにもお粗末。
普通に考えて有り得ない。
「行くわよヘイズ」
電話を終えた苺が、立ち上がりながら言った。
「どこに?」
「手配中の車が見つかったわ。念のため警察に周囲を封鎖してもらって、うちの爆発物処理班も向かわせるわ」
「お、進展だな」
俺も立ち上がる。
この退屈な穴蔵から抜け出せるなんて最高だ。
ウリエルならずっと、喜んでここにいるのだろうけど。
「あなたは」苺が青年に言う。「顔認証を続けてて。ヒットしたらそのまま足取りを追って連絡してちょうだい」
「分かりました秋口捜査官。お気を付けて」
青年が右手を上げた。
「ヘイズ、お前も気を付けろよ」俺が言った。「ああ、分かった、気を付けるよ分析官の青年」
「ヘイズ、それって持ち芸なの?」
苺が微妙そうな表情で言った。
「んなわけあるか。どいつもこいつも、俺への気遣いが足りねぇんだよ」
「それってきっと、ヘイズ自身に気遣いがないからだと思うわ」
苺は勝ち誇ったような顔で言った。
発言の内容については、否定しない。
俺は人を騙すことはあっても、気遣ったりすることは希だ。
◇
爆殺トカゲの車は、海岸沿いの道にポツンと乗り捨てられていた。
現場はすでに警察が封鎖しているので、俺と苺は身分証を見せながらキープアウトのテープを潜った。
俺たちよりも爆発物処理班の連中が先に到着していたらしく、苺が彼らに状況の説明を求めた。
「車のドアを開けたらドカン、となるように設置されています」
重装備の爆発物処理班の一人が言った。
年齢は30代後半ぐらいで、のっぺりとした顔をした男。
たぶんこの人が班長なのだろう。
黒くてちょっとゴツゴツしたヘルメットに、八坂とネームが入っている。
「解除できそう?」
苺が質問すると、八坂はのっぺりとした顔でニッと笑った。
「もちろんですよ捜査官。ただし、安全のためテープの外にいてください」
「いいわ。処理できたら言って」
苺は踵を返し、手で「出るわよ」と俺に指示した。
俺は素直にその指示に従う。
処理に失敗して粉々になるのはゴメンだ。
離れることに異論はまったくない。
「なんでまたこんなところに乗り捨てたかねぇ」
テープの外に出た俺が素朴な疑問を口にした。
「分からないわ。ただ、ここなら交通監視カメラもないし、夜中なら人も少ないでしょう?」
「まぁな」
捨てるにはうってつけの場所、というほどでもないが、選択肢としては悪くない。
俺なら山の中に乗り捨てるが、それは目的が逃走だった場合だ。
再び街に戻って爆殺を続けるなら、山よりはここの方が街に近い。
さて問題は、このあとトカゲがどこに向かったのかってこと。
俺は海の方を見て、さすがに海はないなぁ、と逆側を見る。
倉庫や工場がいくつも並んでいる。海岸沿いの工業地帯。
ふむ。
「苺ちゃん、爆殺トカゲは自宅で爆弾を作ってたのか?」
「そうね、自宅で作った形跡があったわ。どうしたの?」
「いや、俺なら自宅とは別にラボを持つと思ってな」
「可能性はあるわね。自宅では簡単な爆弾だけを製作して、ラボで本格的なのを製作している。とか?」
「見ろよ、ちょうどこの辺りは倉庫が多いぜ?」
俺は両手を広げてグルリと周囲を見回しながら言った。
「爆殺トカゲの倉庫があるかも、ってこと?」
「ああ。車を捨てて徒歩で行けるだろ?」
「なるほど。ウリエルにこの辺りの倉庫の名義を調べさせるわ。それと、ヘイズ、仕草が芝居がかりすぎ」
言って、苺はスマホを出してウリエルにコールした。
◇
「本当に応援呼ばねぇの?」
車から降りた俺は、同じく車を降りた苺に言った。
俺たちの前には、小さな廃工場が建っている。
高さは二階分あるけれど、中はきっと吹き抜けになっているのだろう。
工場ってのはそういうものだ。
「確証がないもの。怪しいってだけじゃ部隊は呼べないわ」
「違法捜査のオンパレードなのに、そこは面倒なんだな」
「部隊は私たち捜査官とは違うもの」
やれやれ、という風に苺が両手を広げた。
「部隊じゃなくてもさ、下っ端みたいな連中いたろ? 爆殺トカゲのアパートにさ」
「どちらにしても直属の部下じゃないから、集めるなら許可がいるわ」
「そうかよ」応援に関しては諦める。「それより、ここが爆殺トカゲのラボだと思うか?」
この海岸地帯は新港湾と呼ばれていて、十数年前に海を埋め立てて作られた人工的な工業地帯だ。
爆殺トカゲの車が捨てられていた海岸線から、1キロも離れていない。
「どうかしら。でもここ以外はどこもキチンとした持ち主がいたわ。倉庫も工場もね」
そうなのだ。
ウリエルに付近の建造物の持ち主を調べてもらったのだが、全て身元の確認できる人物、あるいは会社の所有だった。
もちろん、その中に爆殺トカゲと関係のある人物はいない。
よって、この小さな廃工場だけが唯一怪しいと呼べる場所なのだ。
「まぁ、行ってみるか」
俺が歩き始め、苺が隣に並んだ。
工場にはシャッターが降りているが、隣に勝手口がある。
極めて普通の勝手口なので、ピッキングは簡単だ。
俺たちは勝手口の前で止まり、苺が銃を抜き、勝手口の左側へと移動した。
俺は勝手口の右側、ドアノブがある方に移動し、とりあえずドアノブを回してみる。
しかし鍵がかかっていて、回らなかった。
苺を見ると、コクンと頷いた。
俺はポケットからピッキングツールを出して、鍵穴に差し込み、3秒フラットで開錠した。
ツールを仕舞い、ノブを回し、ゆっくりと勝手口を開ける。
違和感はない。
俺は苺を見て一度頷いた。
苺も一度頷いてから、先に中に入った。
「日本情報局よ! 誰かいるなら出て来なさい!」
苺が大きな声で言った。
苺の声が工場内で反響する。
なんでわざわざ名乗るのだろう。
俺ならコッソリ入ってコッソリ調べる。
その方が安全だろう?
が、とりあえず俺も中に入った。
工場内は、作業台やよく分からない機械がいくつか残っている。
廃工場と言っても、比較的、新しい工場なので小綺麗。
もったいねぇなぁ。
苺が銃を構えたまま進んだので、俺も続く。
しばらく進むと、奥にパーテーションで区切られた部屋があった。
ドアはなく、入り口から室内が見える。
元は従業員の休憩室だろうか。
その休憩室らしき場所にも作業台といくつかの椅子が置かれている。
この工場が現役だった頃は、従業員が昼飯でも食ってたのかなぁ、と妄想した。
近づくと、作業台に使用された痕跡があった。
休憩室の入り口は、玄関のようになっている。
床が階段一段分ぐらい高くなっていて、コンクリートではなくベニヤ板だった。
なるほど。
土足禁止ってやつか。
安全靴を脱いで、スリッパを履いて休憩、って感じか。
「誰もいなさそうだけど、これ当たりね」
作業台の上には、何かしらの道具と飲みかけのペットボトルが置いてあった。
かなり新しい物のように見える。
だが確信はない。
「どうかな。鑑識呼べよ、とりあえず」
苺にも俺にも爆弾の知識はあまりない。
もしかしたら、全然違うことに使った道具かもしれないのだ。
「そうね」
苺が銃を仕舞い、土足のままで休憩室に踏み入った。
ベニヤ板に右足を乗せ、次に左足を乗せる。
そしてポケットからスマホを出して更に進むと、カチッという音がした。
苺の足元から。
瞬間、苺の表情が凍りつく。
「おい、今の何の音だ?」
俺は努めて冷静に言った。
「たぶん、あんまりハッピーな音じゃないわね……」
「……やっぱそう思うか?」
「ええ。いわゆる、感圧式の爆弾ってやつじゃないかしら……。違っていて欲しいけれど」
「動くなよ」
「分かってるわ……」
俺は逃げてもいいかな?
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