Steal・12 正義の基準なんて曖昧なもんさ


「気が合うわね。ちょっと驚いた」


「だな。まさか完璧に同じタイミングで同じ台詞を吐くなんてな。っと、それより」俺は少し真面目に言う。「爆殺トカゲは正真正銘、初犯なんだ。自分で人を吹き飛ばしたのは初めてだったんだ。そういう素質は持ち合わせていたが、今までは爆弾を作ったり売ったりしていただけで、人殺しに使ったことはなかった」


「ということは?」とウリエルが首を傾げた。


「「銀行員が爆殺トカゲ!」」


 再び、俺と苺の声が重なった。


「殺し屋の方なら、躊躇ったりしないもの。目的のためなら、あっさり殺すわ。そうでなければそもそも殺し屋になれないでしょうし」

「ああ。間違いない。あとはブラッドオレンジとの接点と、証拠だけだ」

「ひとまず話を聞きに行くのがいいわね」


 そう言って、苺は壁に掛けてある丸い時計に目をやった。

 俺も同じ時計を見る。時刻は14時45分。


「でも、遠藤由加里が来るわね。たぶん、竹本捜査官もミカリンを連れて戻る頃ね。先にそっちの2人を聴取するわ」

「俺1人で銀行員の方に行ってこようか?」

「ダメ、絶対」

「信用ねぇの」


 俺は肩を竦めた。

 なんだよ、ダメ絶対って。

 覚醒剤かなんかのポスターかよ。


「1人はダメよ。だから、竹本捜査官が戻ったら2人で行ってきて。それまでは捜査資料の見直しを続けましょう。銀行員とブラッドオレンジの接点を見つけなきゃ。ウリエルは、殺し屋はもういいから、銀行員についてもっと詳しく調査してもらえる?」


「ラジャー」


 ウリエルはキーボードを叩き、俺は「その前に目薬ないか?」と苺に聞いた。

 苺は、「総務部にどうぞ」と言った。

 俺は素直に総務部に行ったが、目薬は経費にならないと言われ、持ってた奴が貸してくれた。

 総務部の奴が持ってるから借りてこい、って意味だったのか。



 爆殺トカゲは銀行にはいなかった。

 今日は私用で休んでいると受付の女が教えてくれた。

 だから俺と啓介は啓介の車に乗り込んで、爆殺トカゲの自宅に向かっている。

 啓介の車はスバルのフォレスター。

 色は黒で、かなり綺麗に乗っているようだ。

 10円でボディに『ヘイズ参上』とか書いてみたいものだ。

 まぁ、命の危険があるけれど。


「おいヘイズ。さっきから何をしている?」


 俺がずっとスマホをいじっていたので、啓介が言った。


「支払いを代行してもらってんだよ。情報提供料。あ、ちっと駅に寄ってもらえるか?」

「駅? どこの駅だ?」

「最寄りの」

「何のために?」

「人と会う」

「犯罪者か?」

「そりゃそうだろ。俺が人に会うって言ったら、俺の被害者になる奴か、そうでなきゃ犯罪者だ。寄ってくれんのか?」

「5分で済むのか?」

「5分でいい。逃げやしねぇよ。見張っててもいいぜ」

「そのつもりだ」


 啓介がハンドルを切って、車を駅の方に向けた。

 俺はスマホをポケットに仕舞う。

 俺たちはしばらく無言だった。

 まぁ、特に話すこともないしな。

 啓介は物静かなタイプだし、俺はそういうタイプの奴と無理に話そうとは思わない。


「オレは」啓介がポツリと言う。「犯罪者をチームに入れることに前向きじゃない」


「それって俺やウリエルのことか?」

「他にいるか?」

「秋口苺。違法捜査のバーゲンセールを取り仕切ってるぜ?」

「ある程度は仕方ないことだ」

「同じように法を犯してるのに、俺やウリエルはダメで、苺ちゃんはいいってのが理解できねぇな。苺ちゃんはこっち側の人間だ。本人も自覚してると思うぜ」

「ボスは正義のためにやっているが、お前らは違う。それがオレの線引きだ」


「怖いねぇ。正義のためなら何やってもいいってか? 正義の基準が歪んでたらどうすんだよ。それに啓介、苺ちゃんは正義の味方じゃねぇよ。嘘だと思うなら本人に聞いてみな。きっとこう言うぜ? 私は正義の味方じゃないわ、ってな。表情一つ変えずに言ってのけるだろうぜ」


「それでも、ボスは犯罪者を捕まえる側にいる」

「今は俺もそうだろ。ウリエルも」

「ウリエルはまだしも、お前のことは信用できん」

「腕時計盗ったのは悪かったよ。ちゃんと返したろ? 引きずるなよ」


 俺はやれやれと肩を竦めた。

 要するに、啓介は俺が気に入らないのだ。

 正義だとか悪だとか、そういうのは言い訳にすぎない。

 単純に俺のことが嫌いなのだ。


「お前が妙な動きをしたら、少し殴りすぎるかもしれないな」


 ほぉら、正義がもう歪んでる。

 まぁ、指摘はしないけどな。


「忠告どうも。気を付けるさ。それより、トカゲの話しようぜ」

「いいだろう。話せ」

「現在、俺たちが爆殺トカゲと見ているのは35歳独身の銀行員で、名前は隅田昭夫。調達屋が教えてくれたコードネームはC7。意味は知らん」


 それにたぶん、深い意味もない。

 俺のコードネームだって特に意味はない。

 ヘイズって響きがカッコイイだろ、みたいな感じ。

 ちなみに気象用語ではヘイズは煙霧を指す。

 スモッグのことだ。身体にも視界にも悪そうだ。

 それから、画像技術系の用語ではフィルムの透明性の指標に使われているらしい。

 こっちは正直よく分からない。

 ヘイズ50%とか、ヘイズ100%とか、そういう使い方。

 まぁ、コードネームのことはいい。

 話を続けよう。


「C7こと爆殺トカゲはお手製爆弾に凝っていて、裏社会にそれを流していた。とはいえ、100%お手製爆弾しか取り扱わないってわけじゃない。既存の爆弾も商品として扱っていたらしい。で、俺の情報源は、こいつ――爆殺トカゲが、いつか自分でも爆弾を使うだろうと思っていた。だから教えてくれたわけだしな」


「そして事件が起きた今日、銀行を休んでいる」


 啓介は相変わらず無愛想な感じで言った。


「ああ。ほぼ決まりだ」俺が言う。「問題は、どうやって結びつけるか。起訴して有罪にするには証拠がいる。不正入手じゃない証拠がな」


「あるいは自白」

「そう。自白が取れりゃ最高だが、こいつは街のチンピラじゃねぇ。知能犯か、それに近い犯罪者だ。そう簡単に吐きゃしないぜ? だから今回は、探りを入れるだけ。オッケーか?」

「分かっている。駅だ」


 啓介は駅の駐車場に車を入れ、俺と一緒に降りた。

 俺は駅ビルの中に入って、啓介も真後ろに付いている。

 と、10歳前後の女の子が俺にぶつかった。

 女の子はとっても急いでいる様子で、「ごめんなさい」と言って頭を下げた。俺が「気にするな」と言うと、すぐに走り去った。


「おい。何も盗ってないだろうな?」

「マジで言ってんのか? あんな子供から盗るかよ」


 場合によっては盗ることもあるが、今回は本当に何も盗っていない。


「だが避けなかっただろう?」

「よく見てんな。あの子はどうせ、俺じゃない誰かにぶつかっただろうぜ。何があったのか知らねぇが、周囲が見えてなかった」

「だから?」

「俺にぶつかっておけば、以降は気を付けるから安心だ。妙な奴にぶつかって揉めるよりはいいだろ」


 言いながら、俺は手頃なベンチを見つけて腰を下ろした。

 啓介は立ったままで俺を見下ろしている。

 そのまましばらくベンチで待って、俺は一度だけ手を振った。

 啓介がキョロキョロと俺が手を振った相手を探したが、見つからなかったらしく、目を細めていた。

 当然だ。

 見つかるはずがない。

 俺は少し笑ってから立ち上がった。


「用は済んだ。行こうぜ」

「誰に合図をした?」

「違うだろ啓介。誰に、じゃねぇ。何の合図か、だ」

「何の合図だ?」

「とても重要な合図だ。教えない。だから自分で推理しな。捜査官ならな」

「ちっ」


 歩き出した俺を、啓介が舌打ちしてから追ってくる。

 俺たちは車に乗って隅田昭夫の自宅を目指した。

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